中国の強みは社会実装のスピードにあり? ――現代中国・イノベーションの最前線
「楽観世界一」の中国社会
中国のイノベーションが話題だ。ついこの間までは「経済は成長しても、技術面ではまだまだ」と見られていたのが、今では製造・物流・流通と各分野でイノベーションが進んでいる。中国企業の新たな試みは日本企業にとっても貴重な教科書だ。今や中国視察は日本のビジネスパーソンの間で静かなブームになっている。以前には米国から最新ビジネスモデルを導入するタイムマシン経営が流行したこともあったが、今や中国からビジネスを輸入する中国版タイムマシン経営が摸索されている。
本連載では中国のビジネス、サプライチェーンの最前線を紹介していく。中国企業の取り組みをとおして、日本企業にとってなんらかのヒントをもたらしたいと考えている。第1回にあたる今回は、具体的な事例ではなく、中国でなぜイノベーションが生まれているのか、その土壌ともいえる中国社会のあり方について紹介したい。
中国の人々と話していて驚くのは国の未来をきわめて楽観的に見ている点だ。マーケティング企業のイプソス株式会社は、2018年4月に世界27カ国で自国の将来をどう見ているかを問うアンケート調査を実施した。将来はポジティブとの回答が最多だったのは92%の中国だ。40%の日本と比べると、ダブルスコア以上の大差をつけている。
高齢化、地方政府の債務、公害、年金財源の不足……個々の社会問題を数え上げていくと、中国の置かれた状況とて楽観視できるものではない。それでも「楽観世界一」の座を保持しているのはなぜだろうか? 経済成長が続いているから、それだけが理由ではない。
中国を取材していて強く感じるのは、さまざまな課題があってもテクノロジーで克服可能だとの信念だ。
日中で真逆のテクノロジー信奉
テクノロジーへの態度は日中で鮮明な対比を描いている。AIというと、まず人間の仕事が失われるのではないかとの不安ばかりがクローズアップされる。顔認証の技術が向上すると、プライバシーが危ない、監視社会になるのではと危惧される。それが日本だ。
一方、中国ではテクノロジーによる変化を積極的にとらえるムードが強い。それもそのはず、中国社会の利便性はテクノロジーによって大きく向上している。特にモバイルインターネットが普及した2010年代になってからの変化は目覚ましいものがある。
それまで半日仕事だった手続きやら申込みやらがあっという間に完結するようになった。日本でもスマホは便利なツールだが、それ以前からパソコンでのインターネットや電話でも一定レベルのサービスは享受できた。何もないところから一気に便利になっただけに、中国のほうが飛躍的な進歩が感じられる。
例えばタクシーだ。中国では電話で配車を頼めるサービスが原則的になかった。車通りの少ない住宅街でタクシーを見つけるのは一苦労。日本はなんと先進的なのかと羨ましく感じていた。ところが今では配車アプリが普及し、日本以上に簡便に手配することができる。
しかもサービスの充実度も日本以上だ。タクシー、ハイヤー、ライドシェアと業種を選べるほか、料金を安くあげたければ相乗りサービスを選択することもできる。丸一日のチャーターもスマホの操作だけで完了する。
【用語解説】
ライドシェア
専門のタクシーではなく、一般市民が自家用車を利用してタクシー業務を提供するもの。シェアリングエコノミーの一ジャンル。
中国のイノベーションは「社会実装型」
日本でこうしたサービスが提供されていないのは法律が壁となっているためだ。世界的にライドシェアが普及した今も、日本ではいまだにサービス開始の見込みはない。
実は中国も日本同様のタクシー規制があり、一般市民がタクシー業務を行うライドシェアは違法行為だった。ところが中国企業は違法行為、少なくとも濃い目のグレーゾーンであることは承知の上でサービスを開始。
中国のタクシー運転手はストライキを行って抗議したが、中国政府も世界的なシェアリングエコノミーの隆盛を鑑みて黙殺した。結果、中国ではライドシェアはなくてはならないサービスとして定着している。法律も改正され、現実を後追いする形でライドシェアは合法化された。
「社会実装」という言葉がある。新たなテクノロジーが開発されても、研究室での実験にとどまっている間は、社会を変えることはできない。どのようにして社会で利用するかは技術開発と同じく重要な課題だ。
東京大学の伊藤亜聖准教授(中国経済)は「社会実装型イノベーション」という概念を提案している。近年、注目を集める中国のイノベーションだが、新たな技術を開発するだけではなく、いかに速やかに社会実装を実現するかという面において、目を見張る取り組みを行っているとの指摘だ。
拙速を恐れずに果敢に導入する。国全体が社会実験に取り組むことで、中国は社会実装型イノベーションで他国をリードする存在となった。
決められた駐輪ステーションがなく、好きな場所に乗り捨てできるドックレス型のシェアサイクル、IoT機器によりユーザーの血圧、脈拍、血糖値などを把握し薬を配送する遠隔医療ベンチャーなどがその代表格だ。
さらにドローンによる出前配送(店から中継地点までをドローンが担当、最終的な配送は人間が担当)や郵便配送(山間部の郵便局までドローンで輸送、最終的な個別配送は人間)が導入されたほか、各地で公道での自動運転車実験が認可されるなど、社会実験のペースは加速している。
現場への実装方法を中国に学ぶ
近年では日本企業の間にも中国のイノベーションに対する評価が高まり、そのビジネスモデルを輸入できないか摸索する動きが広がっている。この点について、ある大手IT企業関係者と意見交換をしたが、有力に見えるビジネスでも日本では規制が強固なだけに輸入できないことが多いとこぼしていた。
製造業や物流の現場でも新しいテクノロジーの社会実装は盛んだ。安価な労働力を大量動員するだけの時代はすでに終わり、AI、ロボット、IoT、クラウド、ブロックチェーンなどの技術に積極的に投資し、テクノロジーによって生産性を引き上げる競争が始まっている。
本記事を皮切りに今後、中国でどのような新しいテクノロジーが社会実装、すなわち現場に投入されているかを連載形式で取り上げていく。
その時、どのような技術が投入されたかだけではなく、政治と社会がどのように受け入れたかも、同等の比重で紹介するつもりだ。企業のみならず、社会全体にとっても多くの学びが中国から得られるのではないか。そう考えている。
高口康太
フリージャーナリスト、翻訳家
フリージャーナリスト、翻訳家。1976年、千葉県生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。二度の中国留学経験を持つ。中国をメインフィールドに、多数の雑誌・ウェブメディアに、政治・経済・社会・文化など幅広い分野で寄稿している。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『現代中国経営者列伝』(星海社新書)など。