自動化で人の価値を高める!スマートレストランがもたらす未来――現代中国・イノベーションの最前線
中国外食産業に押し寄せる「無人化」の波
製造、小売、金融、医療……中国ではさまざまな分野でデジタルトランスフォーメーションが進展している。外食産業も例外ではない。モバイルインターネット、AI、IoTなどの新たなテクノロジーの活用によって、変革の波が押し寄せている。
2015年、中国の李克強(リー・クーチャン)首相は「インターネット+」戦略を発表した。「インターネット+金融」「インターネット+小売」「インターネット+物流」など、さまざまな産業分野におけるデジタルトランスフォーメーションを加速させる戦略だ。
その波が外食産業に押し寄せてきたのは2017年ごろからだろうか。「無人レストラン」「スマートレストラン」の新しいソリューションが続々登場している。
「無人レストラン」のソリューションをいち早く発表したのが、広東省の仏山市創商匯電子商務有限公司。同社が手がけるF5未来商店はコンビニのイートインを無人化したようなスタイルだ。利用者が、タッチパネルか自分のスマートフォンを使って食品を注文。すると受け渡し口から食事が出てくるという仕組みだ。麺やおでんなどコンビニで販売されているような軽食とソフトドリンクぐらいしか扱っていないが、筆者が深圳市の店舗を訪問した時は客入りが多かった。
IT企業が多い立地に出店したこともあり、深夜まで残業しているギークたちが集まるのだとか。「人と会話しなくていいのが楽です」と、ある利用者は話していた。もっともこのコンセプトを受け入れられる人はごく少数なのか、広州市と深圳市にモデル店舗を開いたきりで、それ以上の店舗拡大はできないのが現状だ。
より現実的なのがスマートレストランだろうか。中国ならではのソリューションを開発したのが、EC(電子商取引)大手のアリババグループ。2018年5月、浙江省杭州市にある五芳齋を訪問した。五芳齋は中国トップの中華ちまきメーカー。そのファストフード店をアリババグループと共同で「スマート化」した。
店内に入ると、目につくのがずらりと並んだ銀色の棚だ。スマートフォンで注文しておくと、指定した時刻には調理を終えて棚に入っている。到着時刻を指定しておくと、待ち時間ゼロで食べられるという寸法だ。
この事前注文の手法はマクドナルドなどのファストフードチェーンでも導入されて広がっている。社会主義国・中国ではかつてどこにいっても行列ばかりだった。それだけに解決のニーズも高いようで、行列をなくすソリューションが次々と導入されている。
無人化で熟練従業員に頼らない店舗運営が可能に
そして日本企業であるパナソニックとタッグを組んで、このスマート化、無人化にチャレンジしたのが中国火鍋チェーンの巨頭・海底撈(ハイディーラオ)だ。海底撈は1994年創業の火鍋企業。待ち時間には女性にネイルの手入れサービスを提供するなど徹底した顧客サービスが人気を呼び、業績を伸ばしていった。
現在では中国、シンガポール、アメリカ、韓国、そして日本などに360店舗以上を展開。2018年9月には香港証券取引所に上場し、中国を代表する外食チェーンとしての地位を確固たるものにしている。
その海底撈とパナソニックがジョイントベンチャーのYing Hai Holding Pte. Ltd. を2018年3月に設立した。海底撈店舗の一部自動化、物流センター自動化が主要業務となる。満を持して10月28日に北京市の自動化店舗1号店がオープン。自動化といっても無人店舗になるわけではない。従来は火鍋の具材、肉や野菜などを店舗内のバックヤードで切り分け提供していた。この処理を物流センターで行い、店舗に配送するという仕組みだ。客から注文が入ると、倉庫からロボットアームが具材を盛り付けられた皿を取り出し、配膳する。
物流センターで輸送容器に入れられた後は配膳直前まで密封されているため、衛生面の改善が見込めること。調理用バックヤードが不要となるため、店の営業面積を増やせること。RFIDタグで具材を管理しているため賞味期限切れや間違った具材を提供するといったミスが防げることなどさまざまなメリットがあるが、最大のポイントは熟練従業員に頼らない店舗運営が可能になる点だという。
火鍋の具材は数十種類と豊富。そのすべての処理を覚え、間違えないようにすばやく配膳できるようになるには時間がかかる。海底撈は現在の約360店舗から、世界5000店舗を目指して拡大を続けている。人件費高騰で人の長期的確保が難しくなるなか、バックヤードの自動化が必要だったという。
レストランは製造・物流業とサービス業の融合
海底撈の張勇(ジャン・ヨン)董事長は言う。
「24年前に起業して気づきましたが、中国の外食産業は数千年前からほとんど進化していません。非効率をどう変えるかは悩みの種でしたが、2000年代に入り、テクノロジーの進歩で外食産業を変えられるとの期待が持てるようになりました」
レストランはサービス業だが、その前段階は製造業であり、また物流産業でもある。張董事長の友人であるアリババグループの創業者、馬雲(ジャック・マー)氏にそう諭されたという。かくして製造や物流などBtoBソリューション分野で定評のあるパナソニックと提携する運びとなった。
今回はパナソニックにとっても大きなチャレンジとなる。パナソニックでBtoB事業を担当するコネクティッドソリューションズ社の樋口泰行社長は「パナソニックは遅い遅いと言われてきた。我が社だけではなく、中国スピードに比べれば日本全体が遅いのでしょう。ですが、我が社のルールや社内手続きを変更してでも、中国スピードに食らいついていかなければ生き延びていけない。海底撈に声をかけられたことをチャンスとして、必死に頑張った」と、パナソニックにとって、重要な意義を持つプロジェクトであると強調している。
無人コンビニ、無人レストランなど、2017年の中国は「無人」をキーワードとしたビジネスが注目を集めていた。その波が一段落した今、地に足が着いたソリューションが求められるようにトレンドが変わってきている。
海底撈の自動化も物流とバックヤードの自動化を志向するものであり、店舗の無人化は目標としていない。張董事長は、一部の業務を機械に任せられれば人間が顧客対応に割ける時間が増えてサービスを向上できる、効率をあげればそれだけ従業員の待遇を改善できると指摘する。自動化=人減らしではなく、必要な場所にマンパワーを導入できるようにするための改革であるという点が強調されていた。
自動化は人間の仕事を奪うものではない。むしろ人間しかできない仕事に注力するための支援者だ。従業員による真摯なサービスで今の地位を築いた海底撈だが、ロボットを導入すれば、さらにサービスをよくできると張董事長は確信している。
人件費削減のためではなく、サービス向上のために。海底撈とパナソニックが目指す“攻め”の自動化は外食産業のみならず、すべてのサービス産業の未来を予言するものではないだろうか。
高口康太
フリージャーナリスト、翻訳家
フリージャーナリスト、翻訳家。1976年、千葉県生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。二度の中国留学経験を持つ。中国をメインフィールドに、多数の雑誌・ウェブメディアに、政治・経済・社会・文化など幅広い分野で寄稿している。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『現代中国経営者列伝』(星海社新書)など。