物流崩壊を乗り越えた「菜鳥」のデジタル革命とは ――現代中国・イノベーションの最前線

物流崩壊を乗り越えた「菜鳥」のデジタル革命とは ――現代中国・イノベーションの最前線
文・写真:高口康太

中国はいかにして物流崩壊を乗り越えたのか

紙、羅針盤、火薬、印刷技術。これらは古代中国が生み出した四大発明だが、2017年には現代中国の「新・四大発明」が話題となった。中国に住む外国人留学生のアンケートによって、「高速鉄道、シェアサイクル、モバイル決済、EC(電子商取引)」が選ばれた。高速鉄道など中国が“発明”したと言われると首をかしげるところがあるが、きわめて便利な形で普及、発展させたことは間違いない。

「ECの発明ってなんだ? ネットショッピングなんか昔からあるじゃないか」と不思議に思う読者もいるだろうが、実は中国のECは独自に大きな進歩を遂げている。ストリーミング動画から直接購入できるライブコマース、誰でも個人ネットショップが開けるSNSのショップ機能、大都市圏では生鮮食品や薬品の30分配送が普及……と新たなサービスが続々と導入されている。

こうしたサービスに支えられ、ECの活用も日本以上だ。EC化率(すべての商取引に占める電子商取引の比率)は15%超。日本の5.79%(経済産業省「平成29年度我が国におけるデータ駆動型社会に係る基盤整備(電子商取引に関する市場調査)を参照)よりも、2.5倍もネットショッピングを使っている計算だ。

となると、ECを支える中国の物流がどうなっているかが気になるところではないだろうか。近年、日本では“物流崩壊”というキーワードが注目されている。ECの成長に伴う宅配便取り扱い量の増加で、物流がパンクするとの懸念が浮上した。中国はそうした難題とどう向き合ったのか?

実はEC先進国・中国では日本より先に物流崩壊を経験している。特に深刻化するのはセールの時期だ。毎年11月11日は「独身の日」と呼ばれるネットセールが開催されるが、昨年はEC最大手のアリババだけで1682億元の売り上げを記録。8億1200万件もの商品が配達されることとなった。

毎年セールがあると、爆発的な業務量の増大によって末端の配達所は荷物でいっぱいになって整理するスペースすらなくなった、あまりの仕事量に従業員が逃げ出したなど、物流崩壊エピソードが流れるのが常だった。

ところが2016年以後は、そうしたエピソードは消えた。独身の日セールの商品は到着まで10日以上かかるのが当たり前だったが、今では3~4日にまで短縮されている。さらに生鮮食品の30分配送、全国24時間配送など新たな目標に向けて邁進している。

興味深いのは、日本と中国で宅配便の利用状況がほぼ同水準という点だ。2017年、中国の宅配便利用数は1人当たり28.8個なのに対して日本は33.5個と、平均利用数がほぼ同じ(*)にもかかわらず、物流崩壊を乗り越えた中国に対して、日本は現在進行形で苦しんでいる。

*2017年、中国の宅配便取り扱い量は401億個。人口は13億8000万人。日本の宅配便取り扱い量は42億5000万個。人口は1億2700万人。

物流をデジタル化し、国に代わり住所データベースを構築する「菜鳥」

では、中国はいかにして物流崩壊を乗り越えたのだろうか。難関を乗り越える切り札となったのは、やはりテクノロジーだ。ドローンや無人配送車などについては、日本メディアでも取りあげられる機会が増えてきたが、それらは未来のソリューションとして実証実験を進めているのが現状だ。

民間物流大手のSFエクスプレス、EC大手のJDドットコム、トラックマッチングプラットフォームの運満満など、ハイレベルな物流サービスを展開する有力企業がいくつも存在するが、今回はその中でも特にユニークな取り組みをしている菜鳥を紹介したい。

菜鳥網路科技有限公司は2013年5月に成立したばかりの、まだ新しい会社だ。中国EC最大手のアリババグループと申通、圓通、中通、韵達など物流大手企業などが共同出資して設立された。増資を経て、現在はアリババグループの子会社となっている。

「物流企業がやらないことをやる」

菜鳥の国際広報責任者キャリー・ヤン氏が明かした菜鳥のポリシーだ。2018年5月、筆者は浙江省杭州市のアリババグループ本部を訪問した。菜鳥は物流企業でありながら、トラックや船での輸送自体は手がけない。ソフトウェアやデータ、倉庫や集配所などの関連分野で既存の物流企業をサポートする役どころだ。

「最初に手がけた事業はトレーサビリティの確立でした」と振り返るヤン氏。手書きで行っていた宛名書きをデジタル化し、物流会社ごとに異なるデータを標準化。荷物の現在地がどこか一目瞭然となったほか、どのルートで運べばいいのか、どの荷物をセットで発想すれば効率的なのかをコンピューターで簡単に判断できるようになり、物流を最適化した。

現在では国際物流においても、書類の電子化などの取り組みを進めている。その先行事例となったマレーシアでは、アリババが掲げる「eWTP(世界電子貿易プラットフォーム)計画」の一環として、通関書類の電子化を実施。通関期間の短縮に成功した。

また、住所データベースの構築にも力を入れている。建築ラッシュが続く中国では住所が頻繁に更新され、国が手がける住所データベースは実態に即していないケースが目立つ。しかし、菜鳥が独自に構築したデータベースを使えば、目的地の住所はデータベースから選択する形式を取るため正確だ。

また、宅配員の効率的な配送ルートもコンピューターで算出可能になる。現在は建物の位置まで特定する「4級データベース」が完成しているが、さらに建物内のどこに目的の部屋があるかまで把握する「5級データベース」の構築を始めている。 アリババグループ傘下の地図サービス「高徳地図」もこのプロジェクトに参加しているが、同社の地図アプリではすでに主要百貨店の店内図まで閲覧できるようになっている。今後、すべてのオフィスビル、マンション、商業施設で同様の地図を作成できれば、すべて機械任せのルーティングが可能となる。

同じくルーティングに関わる分野としては「農村物流」がある。道が未整備で入り組む農村で、どのような経路で移動すれば効率的なのか。道路の情報を集め、AIにより効率的なルート設定を行えるソリューションの提供プロジェクトも始まっている。「緑色物流2020」と名付けられたこの計画では、2020年までに、農村における物流トラックの移動距離を30%削減することを目指している。

物流の要となる“川上”と“川下”の集積拠点

菜鳥が行う物流ハードウェアの投資は、倉庫と宅配所という、いわば“川上”と“川下”の集積拠点に集中的に行われている。まず倉庫だが、主に中小業者を対象として在庫を保管する業務を担っている。しかも、ただの倉庫ではない。発注から出庫がシステム的に統合されており、ネットショッピングの輸送時間を短縮できるのだ。

さらに商品の大きさ、形を入力しておくことで、複数の商品を詰める時でも最適な大きさのダンボール箱を自動的に判断し、効率性を高めている。これにより、中小事業者であっても、大企業と同レベルの倉庫サービスを展開できる。

川下の拠点が「菜鳥ステーション」だ。日本の物流崩壊問題においても、課題とされたのは宅配便の再配達だった。しかし、このステーションでは宅配所として、家に届けてもらうかわりに荷物を預かってもらうことができる。利用者にとっては、家で荷物を待ったり再配達を依頼したりする手間が省ける。

菜鳥ステーションは大学や団地に設けられた有人施設だが、オフィスビルや商業施設には無人のスマート宅配ロッカーも展開している。コインロッカーのような外見をしているが、宅配員がロッカー内に荷物を届けてユーザーが取りに行くという仕組みになっており、ユーザーは希望に合わせて自宅への配送、菜鳥ステーション、宅配ロッカーと選択できる。

このように、ローテクなインフラ建設からハイテクの活用と、ありとあらゆる手段、テクノロジーを使って物流サービスの向上に取り組むことで物流崩壊をクリアした菜鳥だが、さらに高度なサービス提供に向けて走り出している。

物流の要となる“川上”と“川下”の集積拠点
物流の要となる“川上”と“川下”の集積拠点
アリババグループの実店舗
アリババグループの実店舗。上から最短30分で商品を配送する生鮮スーパー「盒馬鮮生」、全世界の商品を72時間以内に中国へ輸入することを目指している「天猫国際」のショールーム、フランチャイズ形式の小店舗「天猫小店」

これからの物流は体力労働から脳力労働へ

2018年5月、菜鳥設立5周年を記念して世界スマート物流サミットが開催された。席上、アリババグループの創業者、董事長(とうじちょう、法人の責任者)にして、菜鳥の董事長も兼任する馬雲(ジャック・マー)氏が物流の展望を次のように語った。

「宅配便取り扱い量が今の10倍にあたる1日10億個となる時代に備え、未来感、大局観を持った対策を打ち出さなければならない。以前の物流業界は『体力労働』だったが、今後は『脳力労働』になる」

AIなどの最新技術を使った物流革命のため、今後2年間で最低でも1000億元(約1兆6200億円)を投資すると明言。物量勝負の伝統的物流から、テクノロジー主導の新しい物流への転換を加速させる姿勢を示している。

インターネットを取り入れた社会変革が進めば、どこかにひずみがでるのは当然だ。ECの場合、物流がボトルネックとなっている。困難な課題に直面しても、テクノロジーの力で乗り越えられるはずとの楽観、そしていち早く乗り越えたプレイヤーこそマーケットを牽引する存在になるとの確信から、アリババグループをはじめとする中国企業は研究開発と実用化に多額の資金を投じている。この前のめりの姿勢こそが中国流イノベーションを引き起こす源泉だ。

高口康太

フリージャーナリスト、翻訳家

フリージャーナリスト、翻訳家。1976年、千葉県生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。二度の中国留学経験を持つ。中国をメインフィールドに、多数の雑誌・ウェブメディアに、政治・経済・社会・文化など幅広い分野で寄稿している。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『現代中国経営者列伝』(星海社新書)など。