差別化を諦めた「垂直分裂」のバリューチェーンで実現した異端のものづくり――現代中国・イノベーションの最前線

差別化を諦めた「垂直分裂」のバリューチェーンで実現した異端のものづくり――現代中国・イノベーションの最前線
文・写真:高口康太

中国製造業を支える「垂直分裂」という仕組み

渡邉真理子編『中国の産業はどのように発展してきたか』(勁草書房、2013年)は、日本の研究者が解明してきた中国産業発展の性質を、次のように指摘している。産業のバリューチェーンを1つの企業が抱え込まず、複数の企業の分業によって担われることが多い。プラットフォーム的な技術や仕組みを使うことに積極的。そして外注する傾向が強い。

これを私なりに言い換えるならば、「分業やアウトソーシングが“極度”に発展している」「ノウハウがなくてもメーカーになれる」といったところか。これは、エレクトロニクス製品、衣料品、食品などさまざまなジャンルに共通する特徴だ。

ひとつ例をあげよう。中国ではインフルエンサーがアパレル、食料品などのブランドを立ち上げることが多い。代表格が元モデルの張大奕(ジャン・ダーイー)。彼女の女性向けアパレルネットショップ「iFashion」は、アリババグループのネットセール「独身の日」で、女性向け衣料品ショップのランキングでトップ5に入るほどの人気だ。

元モデルの張大奕さん
元モデルの張大奕さん

彼女に「中国のインフルエンサーの特徴とは?」と質問したところ、その答えは「強力なサプライチェーンがあること」というものだった。中国ではアパレルブランドを立ち上げるのは容易だ。受注を受ける下請け工場はごまんとあり、しかも販売チャネルのEC(電子商取引)も発展している。デザインとて、外注を受けるデザイナーはごまんといる。モノは容易に準備できるわけだ。後は宣伝能力だが、そこはインフルエンサーの十八番だ。

購買物流、製造、出荷物流、マーケティング・販売、サービスという一連のバリューチェーンが1つの企業で完結せず、別々の企業によって担われていること。この中国企業によく見られる体制を、中国経済が専門の東京大学社会科学研究所 丸川知雄教授は「垂直分裂」と名付けた。1社ですべてを担う垂直統合とは真逆の構造だ。

バリューチェーンの工程ごとにアウトソーシングを受ける企業が大量に存在する。そうした企業をつなぎあわせると、新しい「ブランド」「メーカー」がざっくりとできてしまうのが中国だ。その容易さゆえに、儲かるホットな分野にはニューカマーが殺到する。

もっとも有名な事例は山寨(さんさい)携帯だろう。山寨とは山の中にある砦の意。転じて政府の規制を受けないノンブランド携帯を意味する。2000年代半ばから2010年代初頭にかけ、中国・広東省深圳市には2000社を超える山寨携帯メーカーが乱立し、年2億台近くが生産された。

広東省深圳市の電気街で販売されている山寨携帯
広東省深圳市の電気街で販売されている山寨携帯

この2000社のメーカーはほとんどが技術的ノウハウを持っていない。それなのに、なぜ彼らは製品を世に出すことができたのだろうか。それを可能にしているのが、IDH(Individual Design House、独立設計事務所)と呼ばれる企業に基板設計を外注し、EMS(電子機器受託製造サービス)工場に組み立ててもらうという形式だ。携帯電話産業が儲かると思えば嵐のように参入し、利益がでなくなるとほとんどが消えていった。

こうみると、垂直分裂は信頼できない零細メーカーを量産するだけの仕組みのように見えるかもしれない。途上国・中国の遅れた社会ならではの代物ではないか、と。

中国スマホ業界全体の底上げに貢献した「IDH」

「徹底した分業によって、中国スマートフォン業界のサプライチェーンは淘汰され、鍛え上げられました」

中国スマートフォンIDH最大手ウイングテックの張学政(ジャン・シュエジョン)董事長は、筆者の取材に上記のように答えている。張董事長は中国通信機器大手ZTE(中興通訊)の携帯電話端末開発部門に勤務後、2006年に独立し、スマートフォンIDHのウイングテックを創業した。それから10年あまりが過ぎた今、設計したスマホの出荷台数は8370万台(2017年実績)という業界トップ企業にまで成長している。

ウイングテックの張学政董事長
ウイングテックの張学政董事長

IDHの業務は本来ならば基板の設計だけだが、動作を保証するためどの部品ならば相性問題をクリアしているかを確認する仕事も担っている。つまり、その製品全体でどのような部品が使われるかを実質的に決定する権限を持っているわけだ。その意味ではバラバラのバリューチェーンを組み合わせる司令塔とも言える。

垂直統合された企業はもちろん、日本企業のようにグループ会社内で分業している状況ではサプライヤーなどバリューチェーンを変更することは難しいが、中国では各事業者は常に競わされている状況だ。より高品質でより安価な製品、サービスを提供する企業だけが生き残る。これが張董事長の言う「淘汰」の意味だ。

また、あるサプライヤーが革新的な製品を生み出した場合、系列などのしばりがないため、その技術は瞬く間に多くの企業で共有されることになるという。近年の中国スマートフォン・トレンドを見ると、その意味はよくわかる。セラミックボディ、全面ディスプレイ、ディスプレイ内指紋認証などの最新トレンドはほぼ同時に複数の企業によって採用される。

革新的な技術を独占できずに同質化してしまうという問題はあるが、一方で中国携帯電話業界全体が同時にグレードアップしたとの見方もできる。その進化は世界スマートフォン市場のシェアに投影されている。今やトップ10のうち7社は中国勢だ。

TrendForceのデータを元に図版化
TrendForceのデータを元に図版化

「IDH」は大手企業の豊富なラインナップを支える要

もう1つ、中国スマートフォン業界とIDHについて興味深いポイントがある。それは大手企業によるIDHの活用だ。

ファーウェイ:38%、シャオミ:80%、レノボ:70%、ZTE:10%、TCL:25%、Meizu:95%……。これは中国大手スマートフォンメーカーが発売した機種のうち、IDHに設計を委託した比率だ(IHS Markit調べ)。出荷台数で世界3位のファーウェイ、第7位のシャオミを含め、大企業であっても、かなりの割合で設計を外注している。

中国大手スマートフォンメーカーがIDHへ設計を委託した比率
IHS Markitのデータ(2017年)を元に図版化

彼らに技術力がないわけではない。ファーウェイは2018年8月に日本市場でシェア2位(IDC調べ)の座につくなど、日本でもおなじみのメーカーとなった。その他のメーカーも資金力、技術力ともに十分なグローバル企業である。

それでも彼らがIDHを使うのには理由がある。中国メーカーは製品ラインナップがきわめて豊富だ。10万円を超えるようなハイエンド機から1万円代のローエンド機まで。しかも海外での販売や大画面モデルなどバリエーションも多い。膨大な開発スタッフを抱えていたとしても、豊富なバリエーションのすべてを自社開発しようとすれば、リソースは分割されてしまう。

最新鋭のフラッグシップ機の開発に全力を注ぎつつも、無数に存在するミドルレンジ機、ローエンド機もスピーディーに開発しなければならない。この矛盾を解決する方策が、IDHの活用だ。

IDHは複数のメーカーと取引しているため、1社で年間に数十機種、数百機種を設計することも珍しくないという。それだけのノウハウが蓄積しているため、ミドルレンジ以下の機種ならば大手企業以上に効率よく開発できるわけだ。

IDHを使うデメリットもある。他の企業も同じIDHに注文できるだけに、自社と瓜二つの製品が世の中に出回ってしまう点だ。日本的な感覚では差別化できないのは問題のように思えるが、中国企業の発想は異なる。

差別化はハイエンドでやること、ローエンドは同質化しても仕方がないという割り切りだ。他社と同じようなものになってもいい、それよりもハイエンドからローエンドまでの豊富な製品ラインナップを持つことを優先されるという発想だ。

異端の戦略をとる中国製造業から何を学ぶか

他人に真似されないオリジナルな製品を作って差別化する。これはビジネスの王道、常識だろう。だが、差別化をあきらめた、徹底したアウトソーシングによって生まれるビジネスが中国にはある。

同質化は価格競争につながる悪手とされてきたが、インフルエンサーの影響力やフラッグシップ機で作るブランドイメージなど別の部分で違いを生み出せれば、一部で同質化しようが気にしないという割り切りが、中国企業にはある。

そして彼らの手法が成功を収めていることも事実だ。王道に反した異端の戦略は、日本企業にとっても学ぶべき価値があるのではないか。

高口康太

フリージャーナリスト、翻訳家

フリージャーナリスト、翻訳家。1976年、千葉県生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。二度の中国留学経験を持つ。中国をメインフィールドに、多数の雑誌・ウェブメディアに、政治・経済・社会・文化など幅広い分野で寄稿している。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『現代中国経営者列伝』(星海社新書)など。