COVID-19を契機に加速するグローバリゼーションの再定義――サプライチェーン戦略再考

COVID-19を契機に加速するグローバリゼーションの再定義――サプライチェーン戦略再考
文:内田康介、イラスト:田中英樹

COVID-19を契機にこれまでの「グローバリゼーション」のあり方を見直す動きが広がっている。経営者はこの流れを一過性のものととらえるべきではない。以前からサプライチェーンは大きな構造変化の渦中にあり、今こそ重要な経営課題である「サプライチェーン・マネジメント(SCM)」について再考するチャンスだ。

本稿を皮切りに、製造業を中心にサプライチェーン改革などのプロジェクトを手掛けるコンサルタントである筆者が、トップダウンで組織を変革しサプライチェーンの競争力を高めるための戦略を連載形式で論じていく。その第一弾である本稿で、まずはサプライチェーンを取り巻く本質的な構造変化の要因を掴んでほしい。

コロナ禍が引き金となりSCM全体の再考が進んでいる

今日の世界規模のサプライチェーンの多くは、1980年代後半から2010年までの、貿易障壁や輸送費の低減により国際通商の摩擦が解消されていったグローバリゼーション全盛期に構築された。従来、サプライチェーンは主として「コスト効率」と「最適なサービス水準」という2つの包括的目標を達成できるよう設計されていた。

しかし、COVID-19の感染拡大よりかなり前に、地政学的変化、テクノロジーの進化、経済的潮流によりグローバリゼーションは再定義され始めていた。企業は、生産コスト構造の変化や先進的生産テクノロジーの発展、関税戦争、保護主義の台頭に対応して、グローバル・サプライチェーンを再編成していた。多くのグローバル企業が生産や調達を最終市場に近い所で行えるようにするために、地域内生産・調達への移行を進めつつあった。

地域内生産・調達への移行
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たとえば、米国と中国との両国間の貿易額は2019年には16%減少した。自動車部品では、米国の中国からの輸入は17%減少した一方、トルコからの輸入は10%、東南アジアからの輸入は24%増加した。そして、米国の耐久消費財の中国からの輸入は19%減少した一方、日本、韓国、インド、ブラジル、東南アジアからの輸入が急増した。個社事例でみると、サムスンはスマートフォンの製造を中国からインドやベトナムへ、LGエレクトロニクスは米国市場向け冷蔵庫の生産を韓国に移転した。

そして、パンデミック以降、さらに大規模な生産移転が発表されている。たとえば、世界最大のシリコンウエハー・ファウンドリーである台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング(TSMC)は、米国の多くの顧客企業に製品を提供するためにアリゾナ州に120億ドルを投資して工場を建設する計画を表明した。また、マツダは一部の自動車部品の生産を中国からメキシコに移した。

同時に、各国政府は自国内での生産を促進するためにより積極的な介入を行い始めた。ドイツのペーター・アルトマイヤー経済・エネルギー大臣は医薬品の生産を同国内で行うよう要請し、米国政府はワクチンや医療用品を開発する企業に1億3,800万ドルを投資している。また、インドは主要経済セクターをより自立可能にすることをめざす「自立したインド」という構想を打ち出した。※1

このように、地政学的潮流・経済的変化、カーボン・環境対応、テクノロジーの進化に加えて、パンデミックのようなショックもあいまって、「レジリエンス(回復力、抵抗力)向上」と「きわめて重要なサプライヤーや市場へのアクセス」が、サプライチェーンにおける優先度の高い課題として浮上している。COVID-19はある種の「目覚まし時計」として、サプライチェーン見直しのトリガーとなったが、本質的には、その前から対応すべき構造課題は存在していた。従って、COVID-19のみを一過性のインシデント(事件)ととらえて「嵐が過ぎるのを待つ」態度は間違いであり、サプライチェーンの構造課題に腰を据えて取り組んでいくべきだと筆者は考えている。

以下、本質的な構造変化要因を挙げていく。

カーボン・環境要因が経済、企業経営そのもののパラダイムシフトを促す

投資家、消費者、規制機関などのステークホルダーからの圧力の高まりを受けて、2020年にはますます多くの企業が自社ビジネスの環境への影響を精査するようになっている。実際、世界最大の資産運用会社であるブラックロックのラリー・フィンク会長兼CEOは、2020年1月に投資先企業のCEOに宛てた書簡の中で、投資家をはじめとするステークホルダーが、環境・社会・ガバナンスに関する企業のパフォーマンスについて完全な情報開示を期待していると通知した。

こうした動きを背景に、企業はサプライチェーンのレジリエンス強化だけでなく、温室効果ガス(greenhouse gas、GHG)排出量を削減する等、サプライチェーン(およびサプライチェーンパートナー)の持続可能性の向上にも取り組んでいる。企業にとって、エンドツーエンドのサプライチェーンのGHG排出量は、自社の事業からの直接排出量よりもはるかに多くなっている。そのため、エンドツーエンドでのネット・ゼロ・サプライチェーンを実現することが重要となる。

産業別にエンドツーエンドでみると、8つのグローバル・サプライチェーンが年間GHG排出量の50%以上を占めており、それらの多くは最終製品の製造過程ではなく、サプライチェーン上で排出される。(図表1を参照)

排出削減策は比較的高コストなものが多いため、これらの材料の生産者や貨物輸送業者の多くにとって、野心的な脱炭素化は非常に困難となる。しかし、サプライチェーン全体では、大幅な効率化と材料の再利用により、より低コストで排出量を削減できる可能性がある。さらに、排出量の大部分は従来型の電力に起因しており、比較的安価に再生可能エネルギーに置き換えることで削減が可能である。

こうした排出削減策を実施しても、排出量の多い原材料が最終消費者の価格に占める割合はわずかであるため、サプライチェーンの末端に位置する企業にとっては、脱炭素化のコストははるかに低くなる。実際、BCGが分析したすべてのサプライチェーンにおいて、完全な脱炭素化による最終消費者価格の上昇は4%以下にとどまった。※2

このように、サプライチェーン全体でみると、最終消費者の負担を抑えた形で環境への悪影響の低減を実現できる。今後、投資家、消費者、規制機関、その他のステークホルダーからの圧力が強まることはあっても弱まることはないという潮流を踏まえると、企業には収益性の追求と環境への配慮を両立させる「グリーン・サプライチェーン」の構築が迫られる。

地政学的な変化・経済的潮流がサプライチェーンの組み換えを加速

トップラインの数字がいつ完全に回復するかにかかわらず、企業がパンデミックとの戦いからコロナ後の世界における企業間競争に焦点を移すにつれて、世界の貿易情勢は依然として劇的な変化を続ける。それは経済を不安定にし、地政学的摩擦を強め、現在の世界的な製造および供給ネットワークのリスクを露呈することにつながる。

そこで、貿易情勢の変化を視覚化するために2つの地図を用意した。1つは、2015年から2019年までの貿易額の実変化量を示している。もう1つは、ベースシナリオにおける2019年から2023年までの想定変化量を示す(図表3および4を参照)。

2023年の米国と中国の間の双方向貿易は、2019年の水準から約15%、つまり約1,280億ドル縮小するだろう。米国とEUの間の貿易は成長を続けるが、2015年から2019年までに見られた1,350億ドルの急増よりも大幅に低いスピードになると見込まれる。

EUの中国との貿易は、2015年から2019年の間に1,240億ドル増加したが、2019年から2023年にかけては約300億ドル減少すると予想される。EUのインドや南米との貿易は横ばいになると見られる。東南アジアの貿易は、2023年末までに対EUで約220億ドル、対米国で260億ドル、対中国で410億ドルに増加すると推定されるが、他の諸国間の貿易に比べ成長のペースはゆるやかとなる。

このような変化に対応するため、企業は製品ポートフォリオの入れ替えとグローバル・サプライチェーンの再設計を余儀なくされる。その際には、マクロ経済環境と地政学的摩擦の観点からの見直しが必要になる。

  • マクロ経済環境 : BCGのモデルで予測された2023年までの貿易フローの低下は、主に深刻な不況と構造的な経済的損害の結果による貿易財の需要減少に起因している。需要が減少すると、特に商品の価格に影響を及ぼす。
  • 地政学的摩擦 : コロナ危機は、国際貿易における保護主義の台頭に拍車をかけた。たとえば、2020年4月中旬までに、80か国以上がCOVID-19の蔓延と戦うために必要な医療機器と個人用保護具の輸出禁止を課している。さらに、供給リスクを低減するために、ドイツではより多くのサプライチェーンを国内に回帰させる検討が進んでいる。※3

テクノロジーの発展とデータの級数的な蓄積でSCMの意思決定が複雑化

また、ソフトウェアと工場や物流拠点におけるセンサーなどの技術が進化し、企業が見なければならないデータが級数的に増加してきている。これには、「企業間をまたがる情報連携のニーズの増加」という横の広がりの観点と、「ERPなどのハイレベルな経営管理データから、デバイスなどのリアルタイムの現場データ増加へのシフト」という縦方向の進化の双方がある。

つまり、経営層が見なければいけないデータ全体の面積と意思決定のパターンが劇的に増えているとも言える。ここに前述の地政学的な変化やCOVID-19のようなパンデミックによるサプライチェーンの分断・変化がリアルタイムで発生することで、意思決定の難易度が極めて高くなってきており、経営層の大きな悩みとなっている。これが、2000年代のSCMブーム以来の大きな取り組みが製造業、小売業、物流業の各業界で起こりつつある理由の1つである。

意思決定の難易度が上がっている
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サプライチェーンの全てが電子部品化、ソフトウエア化

こういった取り組みの中で特に企業間のより強い連携を加速させている要因が、ものづくりそのものが電子化、ソフトウェア化しているという事実である。自動車産業ではかなり前から半導体や電子部品が部品のかなりの割合を占め、OS、アプリケーションを含めたソフトウエアが極めて重要な位置づけとなっている。製薬などの産業でも、治療用電子デバイスや顧客向けのデジタルサービスなどが競争優位性の源泉となり、産業をまたがる部品やデータの共有が常識的な世界となった。

同種の電子部品の供給キャパシティを多様な産業の企業が取り合い、より多くのデータを活用し早く意思決定する企業が生き残る、そういう時代になってきている。パンデミック時の安定供給や、今後伸び続ける海外市場での成功のためには、これまでのハードウェア起点のものづくりやSCMを超えた発想で大きな改革を行っていく必要があるのではないか。

ここまで見てきたように、サプライチェーンは大きな構造変化への対応が必要な局面となっている。今回のCOVID-19をトリガーとして、自社のサプライチェーン戦略を抜本的に見直す機会とすることができれば、ピンチを切り抜けるだけでなく、競争力向上のチャンスに変えることもできるだろう。次回は、この変化に対して、何を考え、どんな姿を目指すべきか、について考えていく。

  1. ボストン コンサルティング グループ「グローバル・サプライチェーンのレジリエンスを高める」(2020年9月)に基づく。
  2. ボストン コンサルティング グループ「サプライチェーンの脱炭素化が気候変動との戦い方を変える 」(2021年4月)に基づく。
  3. ボストン コンサルティング グループ「Redrawing the Map of Global Trade」(2020年7月)に基づく。

内田 康介(うちだ・こうすけ)

ボストン コンサルティング グループ(BCG) マネージング・ディレクター&パートナー

京都大学文学部卒業、コーネル大学経営学修士(MBA)。NTTコミュニケーションズ株式会社を経て現在に至る。BCGオペレーショングループの北東アジア地区リーダー。製造業を中心に、サプライチェーン改革、調達改革、オペレーション改善、大規模プログラム/プロジェクトマネジメントなど、特にデジタルによるトランスフォーメーションのプロジェクトを数多く手掛けている。