パナソニック アビオニクス CEOが見据える空の旅の未来 「第3のデジタルチャネル」が機内体験をシームレスにつなぐ

パナソニック アビオニクス CEOが見据える空の旅の未来 「第3のデジタルチャネル」が機内体験をシームレスにつなぐ
取材・文:末岡洋子

「現場から 社会を動かし 未来へつなぐ」をパーパスに掲げ、日々それぞれの現場を探求するパナソニック コネクトのリーダーたちが原体験や行動原理を語る「現場の探求者たち」。今回は、パナソニック コネクトのグループ会社であり、飛行機に設置されている座席前のモニターやアプリ、その他コネクティビティサービスを含む機内エンターテインメント(エンゲージメント)システム(IFE)というカテゴリの創出者として航空業界をリードするパナソニック アビオニクス CEO ケン・セーンのインタビューをお届けします。

20年近く航空業界に携わってきた経験と知見を生かして、顧客である航空会社の変革を支援するセーンがめざすのは、エンターテインメントを超えたエンゲージメントの提供。座席前のモニターは「退屈しのぎのエンターテインメント」から「第3のデジタルチャネル」になると考えています。セーンが見据える、機内体験の未来について語りました。

Ken Sain(ケン・セーン)

パナソニック アビオニクス株式会社 CEO
1997年、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院修了。A.T.カーニーでマネージャー職を務めたのち、ボーイング社で戦略/ビジネス開発を担当、2008年に同社ディレクター・マネージングディレクター、2016年に同社グループ企業のCOO、ヴァイス・プレジデントを歴任し、2019年パナソニック アビオニクス株式会社 CEOに就任。

AI記事要約 by ConnectAI

※ConnectAIは、パナソニック コネクトが社内で活用している生成AIサービスです。

  1. 革新的な顧客体験の創造
    パナソニック アビオニクスは、年間4000億分(約76万年相当)のIFE利用時間を活用し、単なるエンターテインメントを超えた、パーソナライズされた没入型体験を提供。200社以上の航空会社と協力し、顧客満足度向上を実現する。

  2. 環境配慮型の次世代システム開発
    パナソニック アビオニクスの新システム「Astrova」は、モジュラー設計により部品交換を容易にし、従来比30%の軽量化を実現。環境負荷を低減しながら、4K OLED画質や高速充電などの最新技術を提供し、2050年までの排出量実質ゼロに貢献する。

  3. デジタルトランスフォーメーションの推進
    IFEを航空会社のデジタルエコシステムに統合し、Webサイトやモバイルアプリと連携した「第3のデジタルチャネル」確立をビジョンに掲げる。乗客との接点を強化し、航空会社のブランド価値向上に貢献する。

セーンはアメリカ在住のため、取材はオンラインで実施。また、本記事は英語でインタビューを行ったのち、日本語に翻訳して編集を加えています。

年間30億人超の乗客に「エンターテインメントを超えたエンゲージメント」を届けたい

パナソニック アビオニクスのビジョンについて教えてください。

セーン:パナソニック アビオニクスは「エンターテインメントを超えたエンゲージメント」というビジョンを掲げ、およそ200社以上の航空会社に、座席背面のモニターをはじめとした機内エンターテインメントシステム(以下、IFE)や機内通信サービス、メンテナンスなどのソリューションを提供しています。

われわれのミッションは、これらのソリューションを通じて、差別化された機内体験を提供し、パートナーである航空会社の価値・魅力を最大限まで高めることです。

パナソニック アビオニクス CEOが見据える空の旅の未来 「第3のデジタルチャネル」が機内体験をシームレスにつなぐ
パナソニック アビオニクスの4つの主要事業

われわれはプレミアムプロバイダーとして、40年以上にわたって年間30億人を超える航空旅客のニーズに応え続けてきました。世界中に50以上のサポート拠点があり、システムが常に最高の状態性能で動作できるようメンテナンスを行っています。

ケンさんのご経歴について教えてください

セーン:キャリアの多くを航空業界で送ってきました。プライベートでも飛行機が大好きで、実はパイロットの免許も取得しているので、今でも時間があればフライトを楽しんでいます。

航空機メーカーに勤務していたときは、パイロット向けのソリューションを担当していました。コックピットにいるのはパイロットと副パイロットの2人ですが、現在、私が担当しているのは航空会社を利用する乗客と航空会社のつながりをより良いものにすることです。客席に座る乗客は200人、つまりパイロットの100倍の数です。その一人ひとりの機内体験に貢献できることは、この上ない喜びです。

現職に就いてからはまもなく5年を迎えますが、長年のキャリアを通じてこの分野に携わってきました。パナソニック アビオニクスには優秀なエンジニアがたくさんいますが、航空会社での勤務は経験したことがない人がほとんど。一方で、私は航空会社が日々直面している課題をよく理解しています。航空会社としての視点をチームに与えることで、よりスピーディかつ的確に、課題を解決したいと考えています。

乗客の機内体験をシームレスにつなげる「第3のデジタルチャンネル」をめざして パナソニック アビオニクス CEOが見据える、未来の空の旅とは
ケン・セーンCEO(一番左)

航空会社が抱えている課題とはどのようなものでしょうか?

セーン:一つは、航空機内と外に生まれてしまうテクノロジーのギャップです。航空会社には厳格な規制要件があり、航空機および機内のシステムは基本的なメンテナンスをしつつ、10年以上継続して使用します。一方で、コンシューマー向けのテクノロジーは日進月歩で進化しています。航空機内と外でのテクノロジーのギャップは、乗客に理想の機内体験を提供する航空会社にとって、解決したい課題の一つです。

もう一つは、多様化する航空需要への対応の遅れです。コロナ禍を経た現在、航空交通の需要は回復傾向にあり、新たな航空機や機内体験のニーズも多様化しています。しかし、航空機の納入が遅れることはままありますし、大手航空機メーカーが販売している航空機のほとんどが、今後10年は売り切れという状態なのです。新たな航空機と技術のニーズがあるのに、すぐに応えることができないという現状が続いています。

そのような課題があるのですね。どのような手段で、それらに対処しているのでしょうか?

セーン:次世代IFEシステム「Astrova」を開発、提供しています。これは、われわれの歴史において最も成功した製品となりました。「Astrova」はモジュラー型デザインを採用し、USB、Bluetoothなどの通信規格がアップグレードされた際にも、シートバックモニターを丸ごと変えることなく、一部の部品を変えるだけで対応できます。

製品のライフサイクルを大きく改善し、10年ごとにIFEシステムの機器を丸ごと廃棄する必要がなくなるので、環境負荷を低減できるというメリットもあります。同時に「Astrova」は従来のシステムより30%軽量なので、航空機のCO2排出量削減につながります。航空会社の国際業界団体である国際航空運送協会(IATA)が設定している「2050年内の温室効果ガス排出量を実質ゼロ」という目標実現に貢献できるのです。

乗客の機内体験をシームレスにつなげる「第3のデジタルチャンネル」をめざして パナソニック アビオニクス CEOが見据える、未来の空の旅とは
次世代IFEシステム「Astrova」

また、Astrovaは乗客にとってもプレミアムな体験をお届けします。例えば、高ダイナミックレンジ、コントラスト比を備える4K OLED(有機EL)ディスプレイは主要スタジオが制作する高品質なコンテンツに適しており、まるでホームシアターにいるかのような体験が可能ですし、超高速充電に対応した端子に接続すれば、乗客が使用するデバイスをわずか30分で0%から50%まで充電できます。モジュールを入れ替えることで世の中のトレンドに合わせて機器を最新規格に対応させることも容易です。

さらに、私たちの機内通信サービスおよびプログラム可能なLEDと組み合わせることで、航空会社が乗客の機内体験をパーソナライズすることも可能です。つまり、パナソニック アビオニクスの機器を搭載する航空機で、お客様は高品質の映像を楽しむだけでなく、おすすめのコンテンツ、機内ショッピングなどのサービスを通じて自分の好みに応じた没入型の体験ができるのです。このようなパーソナライゼーションを、例えば食事の好み、旅行履歴、ロイヤルティプログラムなどにも連携させることで、座席のモニターは顧客の満足度を高めるための強力なツールとなります。

これは、航空会社にとっても大きなメリットです。「Astrova」から得られるデータの洞察に基づいて、機内体験をカスタマイズし、空の上での買い物や動く4K地図などのユニークなブランド体験の提供が可能になります。変化する環境の中でも乗客との関係をより強固にし、NPS(ネットプロモータースコア)やブランドロイヤルティの向上、競争優位性の確立が期待できるでしょう。

パイオニアであり続けるために最も重要な、家電で培ったノウハウ

パナソニック アビオニクスの事業には、どのような歴史があるのでしょうか? 

セーン:約40年前、われわれは業界で初めてIFEシステムを納入しました。それ以来、この分野の創出者として新しい挑戦を続けています。その間、機内エンターテインメントシステムは、プロジェクター、座席の上の荷物棚の下に設置するオーバーヘッドディスプレイ、そして現在の座席背面のモニターへと進化してきました。先ほどご紹介した「Astrova」のOLEDも、業界で初めて導入しています。

このようにパイオニアであり続けることができるのは、絶え間ない「技術革新」に挑戦し続けているからです。われわれが持つノウハウはもちろん、航空会社やメーカー各社の要件を理解し、より価値のあるものを顧客に提供したいという姿勢が、イノベーションに結実していると考えています。

競合他社と比較して、優位性はどこにあると分析していますか?

セーン:コンシューマー向け事業をもつパナソニックグループの一員であることは、もっとも大きな優位性です。家電などのコンシューマー向けの技術の進化はめざましく、そうした知見と技術を積極的に取り入れてわれわれの製品に反映させています。

パナソニック コネクトとの関係はどうでしょうか?

セーン:パナソニック コネクトの経営陣からは、非常に大きなサポートを受けています。私は2019年11月に入社、CEO就任後まもなくコロナ禍に入り、需要は一夜にしてなくなりました。飛行機がまったく空を飛ばなくなったのです。コロナ禍は、航空会社がこれまで経験したことのない危機でした。その後の半導体不足の状況においても、半導体素子を購入しているパナソニック コネクトの他部門と連携して部材を融通してもらうことで切り抜けることができました。

パナソニック コネクトのサポートがあったからこそ、コロナ禍からの回復期にわれわれは航空会社の需要にすぐに応えることができたのです。あの時の支援には心から感謝しています。

乗客がIFEの前で過ごす時間を、もっと価値あるものに

今後の計画について教えてください。どのようなことに注力していくのでしょうか?

セーン:まずはAstrovaの製造生産のスケールアップを進めていきます。2〜3年もすれば、生産の約80%が「Astrova」になると考えています。

今年は、新世代のビジネスクラス向けモニター「Astrova Curve」も発表しました。ディスプレイのアスペクト比は業界初の21:9で、一般的なビジネスクラスのスクリーンの約3倍です。乗客の皆さんは映画館のような没入感を体験できるでしょう。航空会社向けの展示会などを通じて、お客様にわれわれがいかにブランドそしてビジネス面で貢献できるかをご紹介しています。

パナソニック アビオニクス CEOが見据える空の旅の未来 「第3のデジタルチャネル」が機内体験をシームレスにつなぐ
45インチの曲面OLED(有機EL)ディスプレイを搭載した、新世代のビジネスクラス向けモニター「Astrova Curve」

「Astrova Curve」を搭載するビジネスクラススイートのデモ「MAYA(Most Advanced Yet Achievableの略語)」も、近い将来飛行機に搭載されるでしょう。次世代テクノロジーに精通した乗客向けに再考し、最新のテクノロジーを搭載したシートとIFEが一体化した座席空間です。(参照:RTXのCollins Aerospace社とパナソニック アビオニクスがプレミアムな空の旅の未来「MAYA」を発表

パナソニック アビオニクス CEOが見据える空の旅の未来 「第3のデジタルチャネル」が機内体験をシームレスにつなぐ
RTXのCollins Aerospace社と共同開発した次世代のビジネスクラススイート「MAYA」

ケンさんが今後実現したいフライトの形とは? 

セーン:乗客が座席前のモニター(シートバック)を、PCやスマートフォンと同じように、利用する未来を実現したいです。かつてインターネット回線・モバイル回線が航空業界に大きなトランスフォーメーションをもたらしたように、われわれはシートバックの価値を最大限に高めたいのです。

航空会社各社それぞれアプリやWebサイトがありますが、そのほとんどが同じクラウドをプラットフォームとしています。しかし、IFEは別です。われわれが提供する「コネクテッドモニター」は、機内システムも航空会社のアプリやWebサイトと同じエコシステムに組み込むことで、「第3のデジタルチャネル」になることをめざしています。

パナソニック アビオニクス CEOが見据える空の旅の未来 「第3のデジタルチャネル」が機内体験をシームレスにつなぐ
Web、スマートフォンと同様のシームレスかつパーソナライズされたデジタル体験を実現する「コネクテッドモニター」

乗客がWebやモバイルアプリを使用する場面は、フライト予約や前日のオンラインチェックインなどが主で、その時間はそれぞれおおよそ10分でしょう。それに対し、フライト中の時間は最短でも1〜3時間、長時間なら9時間を上回るものもあります。事実、われわれのパートナーのフライトを利用する乗客は、われわれのIFEの前で毎年4000億分、つまり約76万年に相当する時間を過ごしているのです。

もし、この時間をWebサイトやモバイルアプリとつながった途切れない体験として過ごせたら、航空会社と乗客にとって大きな価値転換となるでしょう。IFEは、“退屈しのぎ”のエンターテインメントを提供するモニターではなく、航空会社と乗客がつながる重要な接点に変わるのです。私は、乗客のエンゲージメントと機内エンターテインメントのビジネス価値を向上させることに、大きな可能性を感じています。

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