パナソニック コネクトを「AIの会社」に!――Blue Yonderとの融合がもたらした変化とは
2021年9月、パナソニック ホールディングスがアメリカのソフトウエア企業 Blue Yonderを総額約8600億円で買収し、パナソニック コネクトの傘下に加えました。当時、その規模の大きさから注目を集めましたが、その後、パナソニック コネクトとBlue Yonderのシナジーで開発の「現場」はどう変化したのでしょうか。
パナソニック コネクトが挑んでいるのは、「AI研究」の領域です。その最前線として設立された技術研究開発本部「知能システム研究所」を率いるのはフェリックス・ウィック。元Blue Yonderで創業期からSCMソリューションの予測アルゴリズムの開発に関わるなど、現在のAIブーム以前からこの分野に関わってきた人物です。そんなウィックを中心に、「パナソニック コネクトをAIの会社にする」というミッションを掲げる研究所メンバーに話を聞きました。
フェリックス・ウィック
パナソニック コネクト株式会社 技術研究開発本部 知能システム研究所 所長
ドイツのカールスルーエ工科大学に在学時に、Blue Yonderの立ち上げに参画、データサイエンスを担当。2021年のBlue Yonder買収を機にパナソニック コネクトに移籍。機械学習などのAI関連を専門分野として、2023年より現職に。
ウルフ・メルテンス
パナソニック コネクト株式会社 技術研究開発本部 知能システム研究所 リサーチサイエンティスト
2019年にデータサイエンティストとしてBlue Yonderに入社。その後、2024年1月から現職になり、Tabular foundation model(表形式基盤モデル)の開発を担当。
大坪 紹二
パナソニック コネクト株式会社 技術研究開発本部 知能システム研究所 シニアマネージャー
大学卒業後、松下電器産業(当時)に入社。ブルーレイ・DVDレコーダー「DIGA」の組み込みソフトウェア開発プロジェクトのメンバーとして、新しいファイルシステムとデータベースの構築などを手掛ける。その後、AI・データ分析技術の応用開発・社会実装を推進してきた経験を生かし現職に。
知能システム研究所は、ドイツのフランクフルト、横浜、大阪など数カ所を拠点にしています。普段はオンラインでコミュニケーションしながら研究開発に取り組んでいますが、日本のメンバーがドイツに数ヶ月赴き、一緒に研究することもあるそうです。
ウィックとメルテンスはドイツ在住、大坪は日本在住のため、取材はオンラインで実施。また、本記事は英語でインタビューを行ったのち、日本語に翻訳して編集を加えています。
技術力とカルチャーが融合する、グローバルな開発環境
ーー知能システム研究所は、2022年4月に設立された技術研究開発本部のなかで、AIを中心とした開発を担っています。ウィックさんを含め、元Blue Yonderの方も在籍しているそうですが、パナソニック コネクトの一員となって3年経った今、どのような進歩があるのでしょうか?
ウィック:私たちは、パナソニックのエッジ技術(=ハードウェアでの強み)とBlue Yonderのサプライチェーンソフトウェアを活用し、物理的なコンポーネントを持つ自律的なサプライチェーンの実現を目指しています。
2社の融合により、CPS(Cyber-Physical System)技術の実現が可能になったのです。お客様の現場と、クラウド上のAIを用いたシミュレーションとを統合することで、問題を予見し解決する。そして、それらのデータをBlue Yonderのシステムで統合・全体最適化しています。
ーー大坪さんは、Blue Yonderのメンバーが合流する以前からサプライチェーンの現場に関わる研究開発を進めていたと思いますが、どんな変化を感じていますか。
大坪:ウィックさんを中心としたBlue Yonder出身のメンバーと開発を進めていくことで、多くのメンバーが日々刺激を受けています。3年経った今では、部門全体で「自律的に学び行動する」という意識が当たり前に浸透している気がしますね。
思い返すと、初めてドイツにあるBlue Yonderを訪問した時は衝撃でした。卓越した知識のある人たちが集まって、わいわいと好きなことをやっているという活気に圧倒されましたね。それと同時に、Blue Yonderと一緒ならパナソニック コネクトはソフトウェア企業に生まれ変われると確信しました。
ウィック:パナソニック、ひいてはパナソニック コネクトはハードウェアの世界で誕生し、成長した企業です。急にソフトウェア技術を中核に据えることは簡単ではありません。とりわけ、この規模の大企業になると、ハードルはさらに高くなります。
Blue Yonder出身の我々は、AIやソフトウェアの技術を持ち込むのはもちろんですが、社内におけるマインドセットの変革も促進しています。
社内のメンバー1人1人がAIを使う経験を積みながら、意識を変えていく支援をすること。また、それを可能にするトレーニングなど教育活動の体制も整えています。
ーーカルチャーの変化も促進しているんですね。技術的には、どんなテーマを研究し、成果につなげているのでしょうか?
ウィック:さきほど申し上げたように、重点分野の1つに「サプライチェーン」があります。知能システム研究所はAI研究の最前線で、機械学習の成果をサプライチェーン領域に適用することを重要なテーマとしています。
一例ですが、センシングとロボティクスの世界と、世の中にあるクレバーな学習アルゴリズムとをつなげるにはどうすればいいか、といったことを研究しています。新しい学習アルゴリズムの基礎的な研究も重要ですが、革新的な方法で適用することをより重視し、我々のビジネスにイノベーションをもたらすために研究に励んでいます。
大坪:お客様の現場にAI技術を適用するためには、ドメイン知識(業界・業種に特化した事業知見)とプロセスを分析する力も重要です。技術面の研究と開発を進めながら、特定分野のお客様向けにソリューションを構築する場合はその分野の知識が求められます。
例えば、「倉庫のピッキング」を効率化するために、在庫の配置を最適化するとします。いわゆる「倉庫スロッティング」と呼ばれるこの業務ではピッキングの距離を短くすることが重要です。ソリューションを構築するにあたっては、現場における一人の作業者、一台のフォークリフトが一度に扱うことができる量などの制約を調べなければなりません。
ウィック:大坪さんが話した倉庫スロッティングは、実際に米国のBlue Yonderの開発チームと我々のラボで進んでいるコラボレーションの好例といえます。
Blue Yonderには倉庫管理のソリューションがあり、お客様と共同で研究開発をするジョイントソリューションのような取り組みが始まっています。実装にあたっては、パナソニック コネクトの他の研究チームも加わって、実にグローバルなコラボレーションが展開されているんです。
最先端研究を社会につなぐ、知能システム研究所の挑戦
ーー最先端のAI技術を、現実世界の課題に対応できるソリューションに昇華させていくための戦略と、それぞれの専門について教えてください。
ウィック:知能システム研究所(Intelligent Systems Lab)では、大きく4つの注力領域を定めています。①生成AI、②予測AI、③最適化、④ドメイン知識デジタルツインです。
大坪:「①生成AI」カテゴリでは、一例として自律ロボット制御技術の研究開発をしています。
従来のロボットはルールベースで、単純な状況下で単純な動きをすることができます。しかし、実際のお客様の現場では、設備、作業、進め方、対象物など、環境はそれぞれ異なります。そこで、大規模言語モデル(LLM)と世界モデル(World Model)を組み合わせて対応できないか、というのが我々の研究テーマです。
大規模言語モデルは文章やプログラムの生成能力を持っていますが、ロボット制御には物理的な画像形式が必要です。そこで、物理シミュレーターに似た機械学習ベースの世界モデル(World Model)を使用します。世界モデル(World Model)はAIモジュールの1種で、物理データから学習する機械学習ベースの技術です。次世代のAIという点では、注目の領域だと感じています。
メルテンス:私は、主に「②予測AI」関連で、Tabular Foundation Model(表形式基盤モデル)の開発に取り組んでいます。
現在、言語や画像認識の分野には、大規模なデータセットを使って事前に学習を済ませている基盤モデルがあります。GPTなどが良い例ですね。
ある意味で完成されたモデルといえ、これを直接使うこともできれば、特定の用途に合わせてファインチューニング(※)することもできます。そのメリットとして、モデルが事前学習済みなので、たくさんのデータを使って学習する必要がなく、既存の成果の上に素早くモデルを構築できることが挙げられます。
※ファインチューニング:既に公開されている機械学習モデルに、独自のデータを追加で学習させ、特定のタスクやデータセットへの最適化をするプロセスのこと
メルテンス:一方で、デメリットもあります。これらのモデルは、画像やテキストなど非構造化データと呼ばれるものには機能しますが、スプレッドシートのような表形式の構造化データやテーブルに対しては機能しません。そこで、テーブル用の基盤モデルを構築しようというのが今進めているプロジェクトです。
表形式の構造化データでは、各列が異なる種類のデータを持ちます。価格の列もあれば、製品種別の列もあるといったように、全く異なるものが含まれているのです。これに対して、テーブルの各行を文として扱うことで既存の言語モデルを活用するという考え方です。
例えば、食料品店が特定の商品について1日の売り上げを予測するといったように、データをたくさん持っていない顧客が何らかの予測を得たいというケースがあります。こういった課題対して、Tabular Foundation Model(表形式基盤モデル)を用いることですぐに予測ができるようになるのです。
ウィック:既存の大規模言語モデルを使いながらニッチな問題やお客様が関連するビジネスに適用するというアプローチですね。現在、Tabular Foundation Model(表形式基盤モデル)の研究は初期段階にありますが、ゆくゆくはプロトタイプを開発し、その後ビジネスチームなどとの連携を進めながら、お客様の現場に適用していくことを考えています。
パナソニック コネクトは「AIの会社」だと知ってほしい
ーーみなさん、プライベートでは子育て中だそうですが、人間の成長過程を見守ることがAIの研究に影響を与えているようなことはあるのでしょうか?
ウィック:AIの研究をしながら、改めて子どもを見ると人間の能力は実に優れていると痛感しますね。
子どもの観察力に驚かされますし、実に高速に学んでいくんです。高性能なsupervised learning system(教師あり学習システム)と比較しても、格段に速い。学習する範囲の広さも、機械は人間には遠く及びません。なにより、人間は物事を一般化する能力を持っているので、実に効果的に学んでいるのだな、と実感します。
メルテンス:14ヶ月の息子がいますが、ウィックさんの意見に全く同感です。お菓子を入れた場所を一回見せただけで、そこに行こうとしますから(笑)。
機械は何回も学習しなければなりませんが、子どもは1回で学び、一般化もできる。人間は素晴らしい、と息子を通じて感じますね。
大坪:AIの研究には、人間の脳の働きを模倣するというバイオミミクリ(生物模倣)の側面があります。赤ちゃんや小さな子どもを見ていると、そういった人間の知能のメカニズムに驚かされますよね。
ーー最後に、今後のAI研究についての意気込みを教えてください。
ウィック:これからも次々と登場する新しい技術を、理解し続けることは重要だと思います。今後は、「生涯学習」のマインドセットを持って、新しい技術を使ってみよう、試してみようという意志が、より大切になっていくでしょう。
現在、AIの研究は、非常にエキサイティングな時期ですが、同時に難しさもあります。毎日のように新しいモデルが生まれ、2〜3ヶ月自分の研究に没頭しているうちに、周囲の状況が大きく変わってしまうということは容易に考えられます。研究をしながら最新の技術についていくことは大変ですが、前に進むためにはそれしか道はありません。
メルテンス:また、学術書や記事を読むだけでなく、自分で小さな研究プロジェクトに取り組むことは大切ですよね。実際に技術を使ってみることで、理解が深まりますし、学びの解像度が変わってきます。
大坪:パナソニック コネクトにはグローバルで優れた研究者がたくさん揃っています。世界をもっとより良い場所にするために、我々の技術ができることがあると信じています。なによりここには、最適な研究環境があるので、社会課題を技術で解決したいと考える人に、ぜひ仲間に加わってほしいですね。
ウィック:AIは一過的なものではなく、今後数十年にわたって存在するはずです。だからこそ、すべての企業がAIを使う時代がくると考えています。
技術の本質と使い方を理解している私たちだからこそできる支援を続けていきたい。そういった地道な活動を積み重ねて、パナソニック コネクトが「AIの会社」と認知されるよう、これからも挑戦していきます。
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