サプライチェーンマネジメントを進化させるカギは 「見える化」と「ゴール設定」――サプライチェーン戦略再考

サプライチェーンマネジメントを進化させるカギは 「見える化」と「ゴール設定」――サプライチェーン戦略再考
文:内田康介、イラスト:田中英樹

前回は、企業およびそのサプライチェーンをとりまく環境変化やクライシスリスクについて俯瞰した。サプライチェーン改革を手掛けるコンサルタントである筆者は、「サプライチェーンを適切にマネジメントすることは、今や重要な経営アジェンダである」と考える。経営層は現場任せにせず、ハンズオンでこの課題に取り組む必要がある。

今回は、サプライチェーンマネジメント(SCM)の課題に対応するために、何から取り組むべきなのかについて述べる。カギは、一言で言うと、「見える化」である。

まず自社のSCMにおける課題(ゴール)の設定を行う

サプライチェーンの問題解決には、多くのアプローチが存在する。たとえば、サプライヤーからのリードタイムを短くする、物流コストを下げる、生産効率を上げるなど。しかし、個別の最適化がサプライチェーン全体のパフォーマンスを高めるとは限らない。

いや、そもそも「サプライチェーンのパフォーマンス」とは何を指して言っているのか。それについて社内でコンセンサスをとれていないまま、個別のソリューションに走るケースも散見される。はっきり言うと、それは時間とリソースの無駄遣いである。

コロナ危機や、地政学リスク、カーボンニュートラルなどの課題について前回触れた。これまでのサプライチェーンのパフォーマンスは、一般的に効率性、コストで測るケースが多かった[筆者注:もちろん、KPI(重要業績評価指標)としてはQCDS(クオリティ、コスト、デリバリー、サポート)全部を見ているのだが、改善の方向性はコストに偏るケースが多かったという意味である〕。しかし、環境変化をふまえて、コスト以外の要素、特にリスク管理の重要度が上がっており、パフォーマンスのゴールとするケースが増加している。

ただしこれは、業界や、個社の状況・戦略によっても異なる。たとえば、半導体産業は国家の主要産業だが、国をまたいだサプライチェーンが構築されており、米中対立等の地政学リスクによる影響を考慮する必要がある。米政府がテクノロジー関連の貿易管理規制を強化するなか、米中ともに国内生産への移行や供給先の見直しが想定され、サプライチェーンが再構築される可能性が高い。

一方、ヘルスケア産業では安定供給に関するリスクへの対応が急務である。医療品は患者の人命に関わる製品という特性があるため、社会的責任が非常に大きく、コスト効率だけではなく、供給リスクの観点からサプライチェーンが構築されてきた。コロナ禍により、自国内で必要な医療機器・医薬品を確保する重要性がより広く認識されるようになったため、今後は供給リスクへの対応をさらに強化したサプライチェーンの見直しが進められていくはずだ。

また、アパレル業界では、ESG対応や循環型へのシフトが求められる。アパレル業界はコスト効率向上の観点でサプライチェーンが構築され、消費者トレンドに合った商品を低価格で提供するファストファッションが飛躍的に成長してきた。しかし、昨今では、着なくなった服の廃棄が問題視されており、製品回収を含めた循環型モデルへの移行が必要になっている。加えて、原料の選定から生産までの上流工程では環境負荷の低減や、児童労働等、コンプライアンスリスクの管理も求められる。

コントロールタワーを構築し、「見える化」とリスク管理を行う

サプライチェーンのパフォーマンスを定義した後、これをどう改善するか。最初にやるべきこと、そしておそらくもっとも重要なのは、「見える化」である。多くの日本企業では、まだ自社のサプライチェーンがきちんと見える化できていない。「いや、できている」と思われる企業もあるかもしれないが、前回見たような環境変化に耐えうるレベルで見える化できているかと問われると、自信がない企業がほとんどではないだろうか。

このような変化、リスクに耐えられるようにするには、自社内のサプライチェーンだけ見えていても不十分で、主要なサプライヤー、あるいは顧客側の一部まで含めて見える化できていないと役に立たないケースが多い。

サプライチェーンを見える化し、そのパフォーマンスを測定し、リスクを検知または予測し、それに基づいて意思決定する。そのためには、まず全体像を把握できるコントロールタワーを構築する必要がある。計画系システムに加え、マクロデータ、地政学データ、市場データ、サプライヤーデータなどの外部データも可能な限り収集・統合する。それにより、リアルタイムでサプライチェーンの動向をモニタリングし、意思決定できるようになる。

図表は、製薬企業のコントロールタワーの例だ。原材料調達から、生産・物流、病院の医療従事者や患者などエンドユーザーに届くまでの流れを整理し、それぞれのリスク要因を可視化する。原材料調達のリスクが高いものはどのサプライヤーからのものか、カントリーリスクはあるか、生産キャパシティが足りない場合は他の工場やCMOを活用できるか……。

コントロールタワーの概念図(製薬企業の例)

こういったコントロールタワーのダッシュボードを見ることで、以下のようにオペレーションに活用できる。

  • 混乱への対応 サプライチェーン・マネジャーはこれらの指標を使って、品不足などサプライチェーンの予想外の混乱の真因を迅速に見きわめ、もっとも効果的な回復措置を決めるための情報を入手できる。
  • リスク軽減と介入 ダッシュボードは、パフォーマンス指標が特定の基準値や好ましくない傾向を示したときにマネジャーにアラートを出す。マネジャーらは指標を用いて原因を特定し、リスクを評価し、他の関係者(工場マネジャー、生産計画担当、流通マネジャーなど)と連携して適切なアクションをとることができる。
  • パフォーマンス診断と継続的改善 一定期間のパフォーマンスの傾向を分析することにより、マネジャーはサプライチェーンの中でボラティリティや非効率が起こるポイントを特定できる。そして、継続的改善に携わる機能(オペレーション向上、リーン、シックスシグマなどのグループ)との協働により得られた洞察を活用して、エンドツーエンドのパフォーマンスという観点でもっとも高い価値を生み出す効率性向上の取り組みに的を絞ることができる。

生産計画担当、サプライチェーン・マネジャー、工場現場の従業員はそれぞれ異なるタイプの指標や視覚化を求める。そのため、ダッシュボードが組織の各層にとっての適切な指標を表示することがきわめて重要である。それでも、さまざまなダッシュボード指標は同一の基本情報から算出されるため、サプライチェーン全体のあらゆる関係者が同一バージョンの事実を把握でき、現時点のパフォーマンス水準について瞬時に共通認識を持つことができる。これにより関係者が、データについての議論から問題の解決や改善機会の特定へと迅速に前進できる。

このようにダッシュボードは日々のオペレーションに役立つが、リスクを全体像として見える化することで、サプライチェーン統括者の管理業務の助けになるだけでなく、有事に経営層が迅速に意思決定できるようになる。工場の立地変更、委託先の変更、本業のアセットの持ち方、BCPなど、有事と平時、短期と中長期など、様々な視点から最適なサプライチェーンを検討することが大切だ。

Luminate Control Towerのダッシュボード(提供:Blue Yonder)
Luminate Control Towerのダッシュボード(提供:Blue Yonder)

見える化した後、パフォーマンスの改善から予測・処方型SCMへ進化させていく

見える化が進んだら、たとえば以下に示すような新たな行動を引き起こすことで、SCMの真の価値が生み出される。

  • 工場の作業現場のパフォーマンス改善 企業はサプライチェーン・アナリティクス・ソリューションから得られる洞察を活用して工場の作業現場のパフォーマンスを改善できる。ある製薬会社では、生産部門と品質研究所のマネジャー・従業員とBCGが協働して、包括的なパフォーマンス指標を一式、策定した。アナリティクスの結果を基に、従来設定していた指標よりも、品質と生産性により関連性の高い指標、または、これらを改善するための中間指標を検討していった。これらの指標は、工場の作業現場の継続的改善を支える日々の意思決定やアナリティクスの材料を提供する。この会社では複雑な生産ネットワークにデジタル生産システムをいくつも組み込んでおり、その成功にはこうした継続的改善が必須である。
  • 顧客とより緊密に連携する 企業はサプライチェーンの可視性向上により得られる洞察を活用して顧客とより緊密に連携し、収入を生み出す機会を見出すこともできる。たとえば、メーカーは供給の状況(例:原材料をまもなく出荷できる)に関する情報を顧客企業と共有する一方、顧客企業は在庫水準に関する情報をメーカーと共有することができる。このように可視性が高まれば、関係企業は需要と供給の変化に、より速くより正確に反応できるようになる。こうした俊敏性により、サプライチェーン全体にわたり参画企業の顧客サービス向上とそれによる売上増が促進される。
  • 予測モデリングの適用 複数のシステムからデータを統合することで、機械学習技術を使って予測やアラートを出すことが可能になる。これによりサプライチェーン・マネジャーは潜在的課題に能動的に対応したり、混乱や低パフォーマンスの真因をより深く理解したりできるようになる。たとえば、BCGが支援した製薬会社のプロジェクトでは、ERP、LIMS、MES、EAMS、QMSからの情報を機械学習のアルゴリズムに投入し、このアルゴリズムが何千ものデシジョンツリーを用いてサプライチェーンの重大な障害となる品質がらみの遅れの出る可能性を予測するようにした。アルゴリズムのアウトプットによりサプライチェーン・マネジャーや品質管理部門の従業員は、個々のバッチが予定より遅れる可能性があるかどうかがわかる。関係者は遅れが発生する少なくとも1週間前にこの情報を受け取る。この情報は生産計画担当者、品質管理マネジャー、さらには顧客に共有され、バッチのリリース計画を調整したり緩和策を考案したりできるようになる。

現在のテクノロジーではこれをさらに進化させ、企業の差別化要素とすることができる。大量の機械学習による分析の結果、サプライチェーンのシナリオ自体を自動的に進化させる、日々のオペレーションだけではなく中長期のSCネットワークの最適化の示唆を導出する、そのための各種の予測パラメータを自律的に進化させるといったことも可能となってきている。

データに基づいたインサイトを経営の意思決定に取り入れ、日々の複雑系の判断をCEOや事業の責任者が行えるようなレベルになるには、日本企業にはかなりの変革が必要とされるが、そのポテンシャルは極めて大きい。

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繰り返しになるが、サプライチェーンの課題解決には、ソリューションより先に「見える化」と課題(ゴール)設定をすべきである。いきなり個別解に走ることのないよう、まず企業レベルで解くべき問題を正しくとらえるべきだ。そのためには、コントロールタワーが強い武器になる。

次回は、コントロールタワー・デジタル化をさらに一歩進めた「バイオニックサプライチェーン」のコンセプトについて紹介する。

*本稿は以下の論考を基に加筆・再構成したものです。
「デジタル・サプライチェーンで可視化から価値を生み出す」 ボストン コンサルティング グループ 2018年1月
「グローバル・サプライチェーンのレジリエンスを高める」 ボストン コンサルティング グループ 2020年9月
『BCGが読む経営の論点2021』(日本経済新聞出版) ボストン コンサルティング グループ編 「Chapter 1-2 サプライチェーンの持続可能性を高める」

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内田 康介(うちだ・こうすけ)

ボストン コンサルティング グループ(BCG) マネージング・ディレクター&パートナー

京都大学文学部卒業、コーネル大学経営学修士(MBA)。NTTコミュニケーションズ株式会社を経て現在に至る。BCGオペレーショングループの北東アジア地区リーダー。製造業を中心に、サプライチェーン改革、調達改革、オペレーション改善、大規模プログラム/プロジェクトマネジメントなど、特にデジタルによるトランスフォーメーションのプロジェクトを数多く手掛けている。