パナソニック・樋口泰行×日本IBM・山口明夫――日本を代表するリーダー2人が語る製造業の未来とは?
2019年10月15日、日本アイ・ビー・エム(以下日本IBM)とパナソニックが半導体製造分野における協業を発表した。ともに100年以上の歴史をもつ世界的企業。この両社がタッグを組むというニュースに大きな期待を抱いた業界関係者は少なくない。GEMBA編集部では、パナソニック株式会社 代表取締役 専務執行役員 コネクティッドソリューションズ社(CNS社)社長の樋口泰行氏と、日本アイ・ビー・エム株式会社 代表取締役社長執行役員の山口明夫氏の2人に今回の協業にかける思いや日本の経営者へのメッセージを伺った。
樋口泰行(ひぐち・やすゆき)
パナソニック株式会社 代表取締役 専務執行役員 コネクティッドソリューションズ社(CNS社)社長
1980年、松下電器産業入社。在籍中に米国留学をして1991年ハーバード大経営大学院を卒業、経営学修士(MBA)を取得する。1992年、ボストンコンサルティンググループ入社。その後アップルコンピュータを経て、コンパックコンピュータ(現・日本ヒューレット・パッカード)に入社、2003年に同社代表取締役社長に就任。以後、ダイエー代表取締役社長、日本マイクロソフト株式会社代表執行役会長などを歴任し、2017年4月パナソニックの代表取締役専務執行役員およびCNS社社長に就任。2017年6月から現職を務める。
山口明夫(やまぐち・あきお)
日本アイ・ビー・エム株式会社 代表取締役社長執行役員
1987年 日本IBM入社。エンジニアとしてシステム開発・保守に携わったのち、社長室・経営企画、ソフトウェア製品のテクニカルセールス本部長、米国IBMの役員補佐を歴任。その後、コンサルティング、システム開発・保守やビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)などの領域でグローバル・ビジネス・サービス事業を担当し、理事、執行役員、常務を歴任。2017年より取締役専務執行役員、グローバル・ビジネス・サービス事業本部長に就任。あわせて、IBMコーポレーション(米国IBM本社)の経営執行委員に就任。2019年5月より現職。
10年前に出会った2人のトップリーダー
――お2人は協業の話が持ちあがる以前から知り合いだったと聞いています。まずは最初に出会ったときのお互いの印象について教えてください。
山口:樋口さんと初めてお会いしたのは、今から10年ほど前、日本マイクロソフトの社長をされていたときでした。いろいろとお話するうちに、アメリカ本社の意向、お客さまからの要望、社員の声……と、世界的企業の日本法人のトップとして求められるものが多いなかで、何がベストかということを常に頭をフル回転させて考えていらっしゃる方だと感じました。
そのとき私は日本IBMの執行役員で、実はどうリーダーシップをとればいいのか悩んでいた時期だったのですが、樋口さんから「やはり一番大切なのは、日本のお客さまと社員。そのことをまわりに示して、全体の最適解を持つべきだ」ということを明確に言っていただいて。その言葉に勇気をもらったことを覚えています。以来、何か機会があれば、ぜひ一緒にお仕事をしたいとずっと思っていました。本当に尊敬するリーダーです。
樋口:それはうれしい。常々、言い続けていることですが、「お客さまを大事にせずして一体だれを大事にするんだ?」と思っています。それに「社員が苦しみながら働いていても、何もいいことはない、社員がハッピーでなければいけない」と。そして、そうした経営理念を山口さんもお持ちだと感じていました。だから社長に就任なさったと聞いたときは、IBM様はすばらしい人事をしたと思いましたね。
――では今回の協業の実現について、あらためて思いを聞かせください。
山口:今年5月に社長に就任した際、私は大きく3つの目標を掲げました。1つ目は「日本の社会のデジタルトランスフォーメーションをお客様に寄り添って実現していくこと」。2つ目は、「AIなどの最新テクノロジー分野の人材育成を徹底的に強化すること」。
そして3つ目が「最新テクノロジーを社会課題の解決に役立てること」。世界を見渡せば、 塩粒より小さいICチップだとか、ニューロコンピューターだとか、驚くべきテクノロジーの研究が次々と進められています。しかしそうした新しいテクノロジーは、実社会に役立つソリューションに昇華させるまでが大変です。そのためIBM単体ではなく、さまざまな企業の方と協力しながら、最新テクノロジーの実用化に取り組んでいきたいという思いがありました。
それをパナソニック様と一緒に実現できることが、まずうれしいですね。また今回、共同で開発する半導体製造装置やシステムは、日本国内だけではなく世界中のお客さまに提供することを考えており、熟練工の不足という製造業の課題を解決するための糸口にもなるはずです。大いにわくわくしています。
樋口:記者会見でも言いましたが、IBM様の持つ高度なデータ分析技術とパナソニックの半導体製造装置が融合すれば、製造業界に大きな貢献ができると自信を持っています。また、IBM様は「社会貢献」という意識がとても高い会社です。パナソニックのブランドスローガンである「A Better Life, A Better World」とも近いものを感じており、そういう会社とタッグを組めたことをとても心強く感じています。私もこれからが楽しみです。
社内外の「壁」を取り払わなければイノベーションは起こらない
――では、経営視点から日本企業がデジタルトランスフォーメーションを実現するうえでの課題を教えてください。
樋口:テクノロジーの導入による「作業の標準化」についていえば、日本企業の製造現場はバックオフィスの部署よりも遅れていると感じます。トップが改革を主導せずに、各事業部レベルで独自に動いているからではないでしょうか。企業内にデジタルトランスフォーメーションを妨げる壁があるために、なかなか改革が進んでいないように見えます。
まずはトップ自身がITやOT(オペレーショナルテクノロジー)の重要性を認識しなければいけません。そして強力なリーダーシップを発揮して改革を進めないと、組織全体のデジタル化は実現できないのではないでしょうか。
山口:さらに企業間、業種間の壁もすごく厚いですよね。最近、弊社で日本企業の経営者に「イノベーションに対してどのように取り組んでいますか?」とアンケートを取らせて頂いたところ、80%が「積極的に取り組んでいる」という回答でした。続けて「イノベーションに取り組もうとしている事業部に対して、外部の方々の意見やデータを積極的に取り入れて、もしくは一緒に大きなイノベーションを起こそうということに対して経営者として推奨されていますか?」という質問に対して、イエスと答えたのはたったの20%でした。
つまり多くの企業は、自社の力だけでイノベーションを起こそうとしているわけです。企業の枠を超えて協力すれば、いままで想像がつかなかったようなものを生み出せる可能性がグッと広がるというのに。
樋口:よく「日本を出て外から見たときに、はじめて日本の良さがわかった」といいますよね。逆にいえば、「日本の弱さは、日本にいては分からない」ということです。それは会社経営においても同様で、たとえば「日本企業のあるべきM&Aの戦略」を日本人だけで考えても新しい発想は生まれにくい。
山口:同調意識ってありますよね。たとえば多様性を訴える人のなかには、女性を「受け入れる」という言い方をする人がいますが、「受け入れる」って完全に男性中心になっている。ほかにも「外国人を受け入れる」とか、「中途入社の方を受け入れる」とか。
結局、“自分”が所属している組織の目線で語っている場合が多く、外から見たら「いつまで自分たちが中心だと思っているんだ?」と思われているのではないかと心配です。もっと広い視点で多様性の本質を考えないと、世界から取り残されてしまうという危機感があります。
組織を変えるには、ときには「劇薬」が必要
――日進月歩で技術革新が進み、目まぐるしく変化を続ける業界にあって、現在、お2人がどういう考えで組織を率いているのかお聞かせください。
樋口:現職について2年半ほど経ちますが、たしかにその間に世界は大きく変化しています。それに遅れないように組織もアップデートしていくことをめざしています。「より良いくらし、より良い社会の実現」というパナソニックが理想とする姿の文脈のなかで改革を進めないといけない。それを追求していきたいと思います。
山口:日本IBMでは、私の前に外国人の社長が3代続いていました。そのときは、正直、悩むこともたくさんありました。ですがそのおかげで、日本の経営陣は自分たちのなかで変えなければいけない点や、欠けていた点がわかったと思います。いろいろな変化がありましたが、それがなければ変われなかったことがたしかにあると思います。
樋口:ドラスティック(抜本的)に組織を変えるには、劇薬が必要ですよね。
山口:そうですね。ただ、日本人の経営者に代わったからといって、完全に昔に戻ってはいけない。今と昔の両方のバランスのなかで変革を続けながら、何が正しいか考え続ける。これがすごく大変なことですが、大切なことだと思います。
ときに会社経営は「利益」と「社会貢献」の板挟みになることがありますが、この2つは一見すると相反することなんですが、煎じ詰めれば両方正しいのです。だから、それを受け止めて、いま何が正しいかを判断して遂行できるリーダーの育成が本当に大切だと感じています。
樋口:パナソニックも、日本IBM様がくぐり抜けたような「劇的なトランスフォーメーション」をやらないといけないのかなと思っていますね。効きの穏やかな「漢方薬的なアプローチ」だけでなくて。そもそも会社が生き延びられなかったら、株主からの期待にも答えられませんし、社員も結果的に苦しめることになります。もちろん、企業のカルチャーやマインドといったベースは大切にしますが、ただそれだけでは今の時代、生き残れないので大きな舵取りが必要だと考えています。
――最後に、今後この協業がどう発展していくのか、展望を教えてください。
樋口:正直にいうと、今回、取り組む「半導体製造装置の付加価値システム」の開発は、それほど簡単なものではありません。見通しは十分に立ってはいるものの、完全な自動化までのハードルも多いのではないかと思います。ただ、簡単なことばかりやっていても意味がないので、まずはこのチャレンジをしっかり成功させて、次の展開に弾みをつけたいですね。
山口:はい、今回の協業は、「データ」と「製造現場」というお互い異なる強みをもった「100年企業同士」ががっちり手を組んだわけです。しっかりと地に足をつけて、新しいソリューションを世のなかに提供していきたい。そのための協業を実現できたことは、すごく意味のあることで、誇りに思います。今後の展開にご期待ください。