日本IBM×パナソニック「100年企業」同士が半導体製造分野で協業 ――両社がともに見すえる未来とは?
2019年10月15日、日本アイ・ビー・エム(以下日本IBM)とパナソニックが、半導体製造分野での協業を発表した。なぜいま、半導体なのか。どうして、この2社が手を組んだのか。そして、この協業が半導体製造の現場に一体どのような変革をもたらすのか――。多くの報道陣がつめかけた記者会見の終了後、日本アイ・ビー・エム株式会社の武藤和博氏と安藤充氏に、今回の協業の意義とその先に見すえる未来について話をうかがった。
【用語解説】
半導体
電気伝導性のよい導体と電気抵抗率の大きい絶縁体の中間的な電気伝導率をもつ物質。低温では電流をほとんど通さないが、高温になるにつれて導体として働く。スマートフォン、PCなど、さまざまな電子機器に利用されている。
データ分析技術で半導体製造装置を高付加価値化
日本IBM様の先進的なデータ分析技術と、パナソニックの製造システムが融合すれば、半導体製造工程の省力化・効率化に、非常に大きな貢献ができるのではないか――。
会見の冒頭で、パナソニック株式会社 代表取締役 専務執行役員 コネクティッドソリューションズ社 社長の樋口泰行氏は、協業の趣旨をこのように述べた。
今回、両社は「半導体製造装置の価値を高めるソフトウェアやシステムの開発などを共同で行っていく」ことを明らかにし、具体的にはまず、パナソニックが製造・販売する半導体製造装置「プラズマダイサー」と「プラズマクリーナー」の高度化をめざすという。その内容理解のために、ここでは半導体の製造工程について簡単にご説明しておきたい。
そもそも超精密電子部品である半導体は、塵やホコリなどの浮遊物がほぼ完璧に除去された「工業用クリーンルーム」で製造される。ルームといってもスペースは広大で、そこには1台数千万円から数億円ともいわれる半導体製造装置が数十台から数百台並ぶ。人の姿は見当たらず、製造はほとんどオートメーション化されている。
半導体の材料となるのが直径300㎜、厚さ1㎜の「シリコンウエハー」(円盤状にスライスされたシリコンの結晶)である。これに各装置が次々と加工を施すことで最終的に半導体ができあがる。その工程は大きく「前工程」と「後工程」に分かれている。前工程はシリコンウエハーの表面に無数の「半導体チップ」(LSIチップ)の回路を形成する工程である。対して後工程には、その半導体チップをひとつひとつ切り分け、配線を施してパッケージし、検品して製品番号を印字といった製品完成までの工程が含まれる。
そして、この後工程の半導体チップを切り分ける作業(ダイシング)を行うのが、「ダイサー」という機械だ。現在、多くの現場で使われているのは、ピザカッターのように刃を回転させてカットする「ブレードダイサー」だが、物理的な接触をともなうためチップの破損による不良品の発生の要因やさらなる微細化の障壁となっている。
まずは半導体製造工程のボトルネック「ダイシング」に着目
そこで、いま注目を集めているのが、パナソニックが製造する「プラズマダイサー」である。これはシリコンウエハー全面に高圧ガス(プラズマガス)を吹きかけることにより、物理的に接触することなく一気にダイシングできるという画期的な装置で、ブレードダイサーと比べて「ダメージが少ない」「高速」「精密なダイシングが可能」とメリットが多い。
しかし稼働させるには、ガスの圧力など、数百通りにおよぶパラメータを入力して「レシピ」を設定しなければならず、それには膨大な時間と手間がかかるという課題があった。その課題を解決すると期待されるのが、日本IBMが有する最新の「データ分析技術」なのである。
「IBMはハードウェア、ソフトウェアの製造・開発のみならず、世界170カ国以上でコンピュータ関連のサービスを展開しています。これまで多くの半導体工場にAPC(高度プロセス制御)やFDC(故障・予兆管理)などのデータ解析システムを提供し、製造工程の効率化・最適化をめざすMES(製造実行システム)の構築にも取り組んできました。
今回の協業は、基幹システムや生産管理システムなど、製造分野の上空層において強みをもつ弊社と、各種機器や製造設備など、現場層で圧倒的な力をもつパナソニック様との垂直連携が実現したという構図で、半導体を皮切りに、多くの分野で世の中に新たな価値を提供できるのではないかと今からとても楽しみにしています」(日本IBM 武藤和博氏)
こうしたIBMがもつデータ分析技術を軸として、両社は「プラズマダイサー」のガスの濃度や気圧を自動で瞬時に調整できるシステムを開発する。それにより、これまで熟練エンジニアが経験に頼って2~3週間かけて行ってきたレシピ設定が、数日で可能になるという。
さらに、各部品の接合性を高めるために微細なごみを取り除く「プラズマクリーナー」では、稼働状況をリアルタイムで数値化するシステムの開発をめざす。適切なメンテナンス時期を自動で判断することで、故障や突発的なトラブルを回避し、稼働率の向上が期待できる。
「こうした職人技を自動化するシステムは、“熟練エンジニアの確保”という現在ものづくりの現場で持ち上がっている大きな課題の解決にも寄与すると考えています」と日本IBMの安藤充氏はいう。そして、こう言葉を続ける。
「半導体製造の課題は、いかに直径300㎜のシリコンウエハーから効率よくチップを取り出して、歩留まりをあげることができるかにつきます。そのため各メーカーはチップの微細化を進めてきたわけですが、微細化することで装置やシステムの入れ替えも必要になり、新しい世代のチップを製造する際、歩留まりは一旦落ち込むことになります。それをどれだけ速やかに元のレベルに戻してあげられるか。
また、半導体製造の前工程はすでに技術が確立されていますが、後工程にはまだ改善の余地があります。当面は現時点でボトルネックとなっているダイシングの技術開発を進めますが、順次、他の工程にも高付加価値システムを導入し、お客さまの工場全体のOEE(総合設備効率)を最大化したい。それがパナソニック様と私たちの共通の思いです」(安藤氏)
IBMは半導体の研究開発にも力を入れている
では、そもそも今回の協業は、どんな経緯で実現したのか。
「2018年11月頃、パナソニックの青田さんとお会いし、いろんなお話をする機会をいただきました。そのとき初対面にもかかわらず、青田さんが“こんなこともしたい、あんなこともしたい”とホワイトボードにアイデアを描かれて。そのとき、前述したように“上空層のIBM”と“現場のパナソニック”がタッグを組むことで、中間層のサービスを提供できるのではないかと話が進んでいったというわけです」(武藤氏)
一方、パナソニックで現場プロセスイノベーション事業の製造分野を担当するCNS社 副社長の青田広幸氏は今回の協業についてこう話す。
「お客様の業務の一つひとつにおいて、工程がどこまで進んだのか、品質は保たれているかなど、様々な課題があるなかで、製造設備だけではなく工程全体のプロセスまでふみこんでお役に立てるビジネスパートナーになりたいと考えています。
その実現のために、自社だけでは完結できないものは、IBM様のような強いパートナーと協業し先進テクノロジーを組み合わせることで、お客様への新しい価値を提供し、その価値を日本から世界に展開できるように育てていきたいと思っています」
その後、両社の間で具体的な話が詰められていくことになる。お互い巨大企業同士、事はそう簡単には進まないかと思われたが、「早くプロジェクトを進めたいという強い気持ちが重なり、1年という短期間で実現できた」と武藤氏は笑みをこぼす。
しかし、いまやソフトウェア企業というイメージが強いIBMだが、今回の協業分野である半導体の製造・開発は行っているのだろうか。
「コンピュータ関連のさまざまな製品やサービスの価値を決定づける部品である半導体の研究開発には、当然、力を入れています。実際に、現在普及しているノイマン型コンピュータ(現行のコンピュータ)とは基本設計が異なる次世代コンピューティングの研究も進めています。たとえば、人間の脳の情報処理を模したニューロコンピュータや量子コンピュータなどです。
半導体研究・開発は弊社にとって“ハイバリュー(高価値なもの)”と位置づけています。一方、半導体製造は“ハイボリューム(量産)”と位置づけ、ノウハウを蓄積しつつ他社工場に委託しています」(武藤氏)
合計「創業210年」。サプライチェーン関連でも協業を
1911年、アメリカでパンチカードのデータ処理機器メーカーとして生まれたIBM。一方1918年、大阪の電球用ソケット製造販売店「松下電気器具製作所」からスタートしたパナソニック。ともに「100年企業」の両社が、今回「半導体」という先端技術で結びつくこととなったが、今後、他分野での協業の可能性もあるのだろうか。
「弊社もパナソニック様と同様に、製造、小売や空間づくりなど、いくつもの事業領域を持っています。さらに、歴史、企業規模のほか、“企業活動が社会貢献につながる”という企業理念も共通している。共通項が多いので、ぜひほかの領域でも協業できるとうれしいですね」(武藤氏)
ではその協業領域は、今回の「製造」のみならず、パナソニックが現在力を入れている「物流」「流通」も含めたサプライチェーン全体にまで広がる可能性はあるのか。
「ご期待ください。サプライチェーンの取り組みには弊社でも力を入れています。なかでも個人的に興味があるのは、ブロックチェーン技術を活用した“流通経路の最適化”です。たとえば、農場から食卓まで“食”の安全を確保する“Farm To Table”という考え方がありますが、その実現にはどこでとれた食材が、どう加工され、どのように運ばれて蓄えられ、どこの小売を経由して食卓に上がるのか、という流れをすべて把握する必要があります。
さらに温度管理や輸送経路の情報もトレースするとなると、そのデータ量は膨大になり、現在のノイマン型コンピュータでは処理が追いつかなくなるでしょう。そこで量子コンピュータの研究が必要となるのです。今回の協業のように、我々のもつソフトウェア技術とパナソニック様の“現場”の知見が融合すれば、他の領域においても大きな成果をあげることができると思います」(武藤氏)
そして日本IBMでは、「今年、サプライチェーンを意識した組織改革があった」と安藤氏は話す。
「製造と流通のサービス事業部門が一体化しました。やはり“製品をつくってお客さまに届ける”という流れをひとつにしてサービスを提供したほうがいいという経営判断です。組織が分かれていると、たとえば製品をお客さまに届けたときに、十分な説明できないという問題もありました。
組織内でも、また企業間でも、“分断”されていることが日本のサプライチェーンの課題ではないでしょうか。それをどうつなげていくか。テクノロジーの力でチャレンジしていきたいと思います」(安藤氏)