物流拠点をDXする「パナソニック彩都サービスパーツセンター」 ――物をうごかす現場から、新しい価値を創造する現場へ
物流拠点において、作業工数の短縮は収益性に直結する大きな課題である。修理用部品の供給拠点「パナソニック彩都サービスパーツセンター」では、作業者の動線(人)、在庫(物)、収支(お金)といったあらゆるデータを可視化して一元管理。継続的な業務改善とDXに取り組んでいる。最近では、物流現場での活躍が期待される新しいソリューションを生み出すための実証実験の場としても機能している。
パナソニック コネクティッドソリューションズ社 サービスパーツ部部長の木村雅典氏と現場プロセス本部の一力知一氏のお2人に、同センターの取り組みについて伺った。
倉庫内のデータをダッシュボードで一望俯瞰
――はじめに、ここ「彩都サービスパーツセンター」が、どのような施設なのか教えてください
木村: コネクティッドソリューションズ(CNS)社が製造・販売している製品のサービスパーツ供給拠点です。サービスパーツとは修理用の部品のことで、ここ彩都と佐賀の2拠点にある倉庫で、流通・物流の現場で使われる端末をはじめ、工場で使われるセンシングカメラ、エンターテイメント領域で使われる大型ビジョン・音響機器など、おもに業務用製品のサービスパーツを約12万品番ストックしています。供給地域は、世界26か国。各地の販売会社からの注文に応じて、月間約3万件の出荷をしています。
――かなりの規模ですね。
木村:ええ、CNS社は長年にわたり数々の製品を生産しており、そのサービスパーツを網羅していますから。製品の故障は、お客様の事業を停止させることになりかねません。お客様の業務に与える影響を最小限に留めるためには、迅速な出荷が求められ、そのためには適切な在庫を常に確保しておく必要があります。
しかし、在庫が過剰になると維持費が増加し、キャッシュフローの悪化を招きかねない。少なくてもダメ、多すぎてもダメ。年単位の需要予測をしながら、適切な量の在庫を維持し続けなければいけないことに、サービスパーツ部の難しさがあります。
――在庫の適正化は、物流拠点の大きな課題ですね。
木村:おっしゃる通り、収益に直結します。そしてもう1つ、収益性の観点から物流拠点が向き合い続けなければいけない課題が作業工程の時間短縮です。
出荷までの工程には、大きく「伝票発行」「ピッキング」「仕分け」「個装」「梱包」という工程があるのですが、このなかでも重要なのが「ピッキング」です。作業員は棚に収められた膨大な数のパーツから指定のものを抜き取って、広い庫内を移動しないといけません。
2018年にここに移転するまでは、北門真に拠点がありました。当時は作業員がパーツを棚からピッキングする際に、「棚札」といわれる紙に取った個数と残りの在庫数を書き込むなど、全部手書きでやっていたんですね。1つのパーツをピックアップするだけでもかなりの作業時間がかかっていたのですが、実際にどのくらいの時間がかかっているのか、把握さえできていませんでした。
木村:そこで従業員にウェアラブルカメラをつけて1日作業してもらって、後日、その映像を見て問題点の分析をするということを始めました。しかし、10時間近い映像のなかから、わずか数分間の問題部分を見つけるというは、簡単なことではありませんでした。
1日分の映像分析に、10日以上かかってしまう。しかも、1日分の映像分析をしただけでは、全体の状況把握はできません。本質的な改善を行うためには、継続的かつ網羅的にデータを収集する必要があるという結論に至り、DXに取り組むことにしました。
そこで、2017年にまず導入したのが「倉庫内管理システム」(WMS)です。紙による在庫管理を止め、作業者1人ひとりが端末でピッキング作業の情報を記録。その情報が自動的に集約され、サーバーに蓄積されるようにしました。
木村:そして翌年、北門真から彩都へ移転したタイミングで、庫内の天井にカメラを設置、いまでは数十台まで増やしています。これにより、倉庫内作業を常時、映像で記録できるようになりました。同時に、端末やカメラから収集したデータを一元管理できるシステムを、社内の技術部門に開発してもらいました。庫内で収集したデータをリアルタイムで可視化し、ダッシュボードで一覧表示して業務の改善を続けているのが、彩都サービスパーツセンターです。
インダストリアルエンジニアリングで作業を標準化
――では、倉庫内情報を「可視化」「ダッシュボード化」することに、どのようなメリットがあるのでしょうか。
木村:やはり大きいのは、問題点の発見と分析にかかる時間が大幅に短縮されることです。ここでは端末やカメラによって、庫内の全作業者の作業にかかった時間が随時記録されています。もし基準より大幅に時間がかかっている工程があれば、そこに何らかの問題があったことがわかります。そして、その工程の時間帯の映像データを見れば、具体的に何が問題だったのかが、すぐに判明します。
以前は、ウェアラブルカメラで撮影した1日分のデータの分析に10日以上かけていましたが、データの「可視化」「ダッシュボード化」によって、わずか数回のクリックで問題のある作業が特定できるようになりました。課題の抽出、分析にかかる時間や労力が削減されれば、その分だけPDCAをまわすサイクルが早まり、結果として、業務改善も進みます。事実、2017年からの3年間で、ピッキング工数は年率平均25%ほど削減されました。
一力: 「基準」を設けて、継続的に課題解決を続けた結果ですよね。木村さんは、パナソニックが長年、製造現場で培ってきたインダストリアルエンジニアリング(IE)の知見に基づいて、「標準工数」(標準作業時間)を物流現場に取り入れました。それにより、どの作業者の、どの作業に問題があるのかが常にリアルタイムで可視化されています。
また、AIの活用という点でも、「基準」は大事です。AIは「プログラム」と「学習」の2つが揃ってはじめて機能するものですが、適切な学習ができない、もしくは学習に時間がかかりすぎて実際の業務オペレーションで活用できないというケースが多いように感じます。AIが導き出した答えの正/誤を人間が判断できないため、AIにフィードバックができずに、なかなか「学習」が進まないというわけです。つまり、良いか悪いかを判断できる「基準」をつくることがAIの活用においても非常に重要になるんです。
一力:彩都サービスパーツセンターでは、IEによって導き出した基準を「正解」として、AIに学習させています。その「正解」に基づいて、AI活用のトライアンドエラーを繰り返すことで、「学習」が強化され、答えの精度がどんどん高まっていく。AIの実装という点でも、価値ある取り組みをされていると思います。
木村:そういっていただけると、うれしいですね。もともと私は、プラズマディスプレイの開発・設計を担当していた技術者です。そこから品質部門を経て現在のサービス部門へ移り、創る側の知見をアフターサービスで活かしたいと思っていました。ところが、サービスパーツや物流に関しては何の知見も持ち合わせていなかったので、当初はわからないことだらけでした。「ダッシュボード」や「標準工数」の導入は、私のような門外漢がどうしたら物流の現場を理解し、業務改善を進めていけるのかを考えた末の結果です。仕事の属人的な部分を排除し、情報をなるべくシンプルに、わかりやすく整える。それがこの物流拠点のDXにおける方針です。
――では、具体的にはどのように業務改善に取り組まれているのでしょうか。
木村:トライアンドエラーの繰り返しが基本です。ただ、そのスピードがものすごく早いですね。AIなどを扱う技術開発部門のメンバーとは週に1度、打ち合わせを続けています。新しい技術を導入したらすぐに評価のフィードバックをして、改善してもらう。現場と開発側が密にコミュニケーションをとることで、開発スピードは加速します。
技術開発者は「100%の精度」にこだわりがちですが、じつは現場はそこまでの精度を求めていません。そのことが、自分が現場の人間になってはじめてわかりました。
たとえば、天井カメラが捉えられない場所の位置情報を特定するために、「Visual SLAM」という技術を導入しています。庫内各所に設置されたQRコードをカートのカメラが読み込むことで、作業者の位置を自動的に特定するというものです。
木村:このシステムを導入した当初、位置情報の読み込み精度によっては実際とは少しずれた動線が記録されてしまいました。開発者は申し訳なさそうにしていましたが、私としては大体の移動距離と動線が記録できただけでも大助かりでした。
新しい技術に完璧を求めすぎると、開発に時間もコストもかかってしまいます。6割ぐらいの完成度でも、実際に現場で使ってみる。そして、現場の担当者と開発者が一緒にトライアンドエラーを繰り返しながら、完成をめざす。こうしたアジャイルな開発に取り組んでいるのも彩都サービスパーツセンターの特徴であり、現場と技術開発部門を持つパナソニックだからこそできる取り組みだとも思っています。
物流現場主導で新しいソリューションの企画に取り組む
――DXの成果がなかなか出せない物流の現場も多いと思います。何が問題でしょうか?
一力:さまざまな理由が考えられますが、1つ大きいのは、収集したデータを分析して活用する役割をもった人員の不在だと思います。デジタルツールを導入して、データを収集する段階までは比較的スムーズに進むと思うのですが、そのデータを経営に生かせていない(経営とつなげて活用)というのが、日本の物流現場の課題ではないでしょうか。経営と現場をデータでつなげる人材がDXにおいては非常に重要になります。
製造現場、あるいは海外の物流の現場には、データや情報を分析して、経営収支の観点から技術導入や業務プロセスの改善に取り組むプロフェッショナルがいます。ここでは、木村さんがその役割を果たしていますよね。DXを短期間で成功させ、目覚ましい成果をあげられている理由の1つではないでしょうか。
木村:おっしゃるとおり、DXを成功させるには、経営的視点で、現場の課題抽出や投資効果の目論見策定する「現場アナリスト」の存在が必要だと思っています。現場責任者や作業担当者は、「作業進捗」や「人員配置」など、どうしても実作業に関連する情報やデータを大切にしてしまいがちです。
一方、経営層は現場の細々したデータよりも、拠点全体の「経営収支」や「投資効果」といったお金に関する情報やデータを大切にします。そのため、現場と経営層のあいだにギャップが生じてしまいます。そのギャップを超えることで初めて「全体最適」を実現するための総合的なデータ活用や技術導入が進むのです。現場のミクロなデータから、お金の動きといったマクロなデータまでを俯瞰して見て、総合的なデータ運用をすることがDX成功のポイントの1つではないでしょうか。
一力:そのとおりですよね。木村さんの元で「現場アナリスト」を育てて、工場や流通現場にぜひ派遣していただきたい。お客様のDXをサポートする現場プロセスイノベーション事業においても、「現場アナリスト」の考え方はとても重要で、もしお客様にそうした役割の人材が不足されているのであれば、パナソニックがその役割を代行させていただきたいと思っています。
――製品を提供するだけでなく、データの活用方法についても顧客をサポートするということですね。
木村:そうですね。じつは私は、ここをクリエイティブな現場にしたいと思っています。
これまでのサービスパーツ部は、いわば裏方。所属社員のマインドも、正直、受け身でした。新しい技術導入をするにしても、ミスを減らすことやコスト削減を重視し、「いかにマイナスをゼロに近づけられるか」という視点で考えることが多かったと思います。
しかし最近は、本社の技術開発部門と連携しながら、「パナソニックが保有している技術等のコアコンピタンスから価値あるソリューションを生み出すための実証実験の場」として生まれ変わりつつあります。その中でも積極的に課題抽出したり、具体ターゲットを示唆するなど能動的な姿勢が随所で見られるように変わってきました。現在も、空間認識技術を応用した積載量の検知システムや、フォークリフトの動線検知システムの実証実験を進めており、こうした新技術やデータの活用法など、このパーツセンターで培ったものをどんどんお客様に提供していく活動にも力を入れています。弊社が5年かけてやってきたDXのノウハウとテクノロジーをお客様様に提供することで、より短期間でDXを実現するために、お役に立てるのではないかと思っています。
一力:物流だけに限らないですが、現場で働いている方々が自分の仕事にもっともっと誇りを持てるように貢献していきたいと思っています。
人材獲得という観点からも、物流業界のDXはどんどん進めていくべきです。デジタルのオペレーションが導入されていない業界には、デジタルネイティブ世代の若者は入ってこないですよね。若者が入ってきやすい環境をつくるという視点からも、物流のみならず、製造・流通といったサプライチェーンにおけるDXは急務だと思っています。そして、若者が憧れてくれるような現場をつくりたいのです。
木村:そうですね。彩都サービスパーツセンターもさらにDXを進め、魅力的な働き場所にしていきたいと思います。
予測や分析といったAIが得意とするところは自動化して、人間は付加価値の高い仕事に集中する。現場主導で技術開発をしたり、新しいビジネスモデルを生み出したり、クリエイティブな仕事ができる物流の現場だと思ってもらえるように頑張ります。