パナソニック佐賀工場に見る、人と設備の最適化による「GEMBA」改革
BtoBの顧客ニーズに応える多品種少量生産を実現しただけでなく、そこで培ってきた現場ノウハウを世の社会課題への解決に向けて活かす。こうした新しい付加価値を打ち出すことで注目を集めているのがパナソニックの佐賀工場(佐賀県鳥栖市)だ。工場のあり方にイノベーションを起こした「人と設備が共存する現場」を訪ねてみた。
製造業に求められる「現場力の強化」と「付加価値の創出・最大化」
世界は今、IoTやAIなどの技術革新がもたらす「第4次産業革命」と呼ばれる大変革の時期を迎えている(※出典:経済産業省『通商白書2017』)。日本経済を見てみると、2012年の10月以降、アベノミクスへの期待感や円安の影響を受けて多くの企業が毎年最高益を更新するなか、そうした動きを牽引するのが製造業だ。
しかし、手放しで喜んでばかりもいられない。生産現場である工場などでは、生産年齢人口の減少が招く人材不足や、デジタル技術の利活用による新しい価値の創造など、取り組むべき課題が山積しているという。
経済産業省、文部科学省、厚生労働省が毎年合同で作成している『製造基盤白書(2017年版ものづくり白書)』でも、製造業全体が直面する課題として「現場力の強化」と「付加価値の創出・最大化」の2つが挙げられている。同白書では、この2つをIoTなどのデジタル技術やロボットを積極的に利用することで実現していくことを提言している。
そうした国の指針を体現するパナソニックの中でも、デジタル技術による「人と設備の最適化」でアグレッシブな現場改革に取り組んでいるのが佐賀工場だ。
パナソニックが目指す「現場プロセスイノベーション」を自社工場で実証実験
佐賀工場・工場企画課の和田 学氏は、「当工場の特色は、多品種少量生産です」と語る。
佐賀工場は、大きく4つのカンパニーに分かれるパナソニックの中で、BtoBソリューションを主力事業とするコネクティッドソリューションズ社(以下、CNS社)の直轄工場であり、主に同社のBtoBビジネス向け商品を製造している(一部BtoC向け商品も生産)。
従業員数は約500人と、世界に約330あるパナソニックの工場としては中規模の施設だが、全社的な事業再編による過去10年間の生産集約の結果、和田氏の言葉どおり、さまざまな商品や生産ノウハウが集まった生産拠点になったという。
「登録されている機種数は細かく分ければ2300で、このうち7割は100台以下のロットです。1年間では約1000モデルが生産され、その半分は、数年あるいは数ヶ月ぶりという“お久しぶり生産”となっています。このように、企業として供給責任を果たすためにお客様のご要望にはできる限り対応させていただいております」(和田氏)
佐賀工場では品番の違う製品をいかに効率よく生産するかを目指し、さまざまな改善が日々行なわれている。そして、この改善プロセスが同工場の最大の強みであり、年間を通してそれに学ぼうというパートナー企業や団体からの視察・見学が絶えないという。
こうした生産現場の改善はパナソニックの工場ならどこでも見られる取り組みだが、佐賀工場の場合は、多品種少量生産がもたらすさまざまなモノづくりのノウハウが、他業種にも展開可能なイノベーションを生み出しているのではないかと、CNS社モノづくりイノベーション推進室の一力(いちりき)知一氏は分析する。
「佐賀工場はパナソニックが取り組んでいる『現場プロセスイノベーション』の実証実験の場であり、単品の製品だけでなくシステムや製造業で培ったプロセス改善のノウハウも組み合わせて、ソリューションとしてお客様に提案できないかと考えています」(一力氏)
そこで鍵となるのが「人=作業者」の存在だという。
将来的には、自働化が進んでいくと予想されている製造業において、 人でないと実現できない品質や価格は今後も日本の製造業の強みとして残る。 特に多品種少量生産の工場では経済合理性(コスト)の面から人に頼る場面がまだまだ少なくない。
IoTによるデータ化は世界のトレンドだが、CNS社では海外の企業が進めている製造物や設備のデータ化に留まらず、「人のデータ化」に着目し、「人と機械、設備が共存した工場」を目指しているという。
例えば、生産ライン上で無駄な動きはないか、ちょっとした不注意から起きる作業ミスをいかにして防ぐかなど、現場の課題を自社の持つ空間センシング技術やロボティクス技術で解決する。
そうした取り組みを行う佐賀工場に「ショーケース」としての機能を持たせ、製造業はもちろん、共通の課題を持つ物流や流通といった業界の顧客に対して、ものづくりのノウハウで培った業務プロセスの改善や、自社のテクノロジーを活用したソリューションを提案している。
最新技術による「人と設備の最適化」で現場の課題を解決
では、佐賀工場では「現場プロセスイノベーション」のためにどのような実証実験を行なっているのか。同工場内で、プリント基板の生産工程で導入された最新設備の改善事例を紹介しよう。
動作検知の技術による生産性アップ
これまではストップウォッチによる計測や現場スタッフへのヒアリングで行なってきたライン内の動線分析を、天井や設備に配置した監視カメラやビーコンで常時可能とし、ディープラーニングを用いた2次元座標へのマッピングで可視化した。これにより稼働率が高かったときや悪かったときのオペレーションを映像によって検証し、インサイトに変えられるようになった。
音声アシストによる日常設備点検
従来は、紙とペンによる手作業だった設備の点検を、骨伝導ヘッドホンなどのウエアラブルデバイスを用いて音声で行なっている。
両手が空いたことで点検しながらの作業も容易となり、これまで以上に点検に集中できるようになったという。また、声を発することで点検結果がデータ化されるため入力作業を効率化でき、紙のファイルも不要となった。 蓄積されたデータは、設備の長期的な管理や分析など活用の範囲が広がっていくと見込まれる。
空間センシング技術による作業分析
工場における作業は誰がやっても同じ結果が得られるよう標準化する必要がある。そこで、人物の動作を検知する空間センシング技術により、人によって生じる作業の手順の違いや作業時間などのバラつきを測定し、作業の定量化(標準化)をはかった。手順に間違いがあった場合はアラームで知らせ、単純な作業ミスによる品質不良をその場で防ぐ。
ロボティクス技術による効率化アップ
佐賀工場では、自社開発した熟練工の手の細かな動きを学習・再現できるパラレルリンクロボット(複数軸で一点作業を行う産業用ロボット。人間がエンドエフェクタを操作して作業を「手づたえ教示」することができ、従来のロボットより高精度な作業が可能)が製造ラインの生産性を高める。これまでは熟練作業者でなければできなかった細かな技術を要する作業をロボットで再現できるため、外部販売も行なっている。
この他にも、PLC(電力線を利用したネットワーク通信)の生産設備での応用や、身長差によるユーザビリティの違いのデータ化など、さまざまな実証実験を積み重ねている。以上のようなプロセス改善により、多品種少量生産であっても効率的な生産や作業者の肉体的・精神的な負担軽減、また省人化による最適な人員配置につなげている。
佐賀発、世界で勝てる日本の製造業へ
これまでに解説したような取り組みを行う“最前線”として、工場の企画を担当している和田氏は、次のように意気込む。
「例えばコンビニやスーパーなどにある決済端末や非接触ICカードリーダーライターなど、佐賀工場で生産しているBtoBの商品というのは造り手である我々も目にするし、実際に手に触れる機会があります。これからもお客様の立場に立った“現場お役立ちのインテグレーター”を目指して、従業員一同、生産性の向上やプロセス改善に努めていきたいと思っています」(和田氏)
そして、今年創業100周年を迎えるパナソニックでは、「日本の製造業として第4世代のモノづくりに取り組んでいく」と、一力氏は力を込める。
「日本の製造業の強みはやはり“人”です。いままで暗黙知となっていた人が持つ技術のノウハウをデータ化して継承していけば、日本の製造業は世界で勝てる。佐賀工場で実証したプロセスイノベーションをお客様にソリューションとして提供し、現場が抱える課題を解決していきたいと思います」(一力氏)
18世紀後半、蒸気機関の発明によりイギリスから始まった産業革命は、その後、電気化、化学化、コンピュータ化といった、第二次、第三次の変革を経て今日に至った。そして今、パナソニックは、人とIT技術が融合した「第4世代のモノづくり」に果敢に挑んでいる。
佐賀工場のこうした取り組みが、日本、そして世界のモノづくりを一変させるーーそんな日がくるのは、そう遠くないかもしれない。
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