【溶接×アイスバッテリー×パナソニック】 サプライチェーンのイノベーションに必要なダイバーシティとは
人口減少と少子高齢化による人手不足が深刻化している日本。労働力確保の面からもダイバーシティの実現が喫緊の課題となっているなか、ダイバーシティは、新しい付加価値を生み出すイノベーションの源泉としても注目されている。女性、外国人、障がい者など誰もが働き続けられる環境づくりをサプライチェーン全体で実現するにはどうすべきなのか。ダイバーシティ実現に取り組む3人がそれぞれの立場から意見を交換した。
高松 幸一(たかまつ・こういち)
パナソニック交野株式会社 代表取締役社長
パナソニック交野は、障がいのある人の福祉増進を目指し、大阪府、交野市、パナソニック株式会社が第3セクター方式で設立した重度障がい者多数雇用事業所。6つあるパナソニックの特例子会社の1つで、主たる業務は、航空機に搭載するAV機器関連製品やパソコン周辺機器、プロジェクターのレンズ周りの商品の組立加工や検査、オプションランプの生産など。
パンカジ・クマール・ガルグ
アイ・ティー・イー株式会社/アイスバッテリー株式会社 CEO 代表取締役社長
インド国立大学でコンピュータサイエンスを学んだインド出身の起業家で、1988年に来日。神戸製鋼所、安川電機などでエンジニアとして働いた後、インテル入社。2008年、アメリカ・フォックスビジネススクールにてMBAを取得。半導体分野において幾つかの特許を保有。グローバル戦略部長として統合チップセットグラフィック製品の市場シェア80%を達成する。2007年にアイ・ティー・イー社、2014年にアイスバッテリー社設立。低温物流に革命を起こすべく奮闘中。アイスバッテリーについてはこちら。
「女性に溶接は無理」――まずは社会の認識を変えることから
――本日は、それぞれのお立場でダイバーシティの実現に取り組んでおられる方々にお集まりいただきました。まずは業界の現状やご自身が取り組まれていることについてお話しいただけますか?
水沼:溶接界の課題は、他の多くの業界と同様、やはり人手不足です。高層ビルを始め、溶接は日本中ありとあらゆる場所で必要とされていますが、日本全体の有効求人倍率が1.6倍程度といわれるなか、溶接技能者に関しては3倍とひときわ深刻です。人手不足対策として日本溶接協会が注目しているのが、外国人、若年者、そして女性。
特に女性に関しては、溶接技能者受験者数11万人のうちわずか0.8%と、アメリカの5%に比べても1桁少ない。なぜ女性が溶接を職業としないのか、受け入れる側に問題があるのかなどを考え、女性が働きやすい環境を整えるべく取り組みを進めているところです。
高松:当社は、社員44名のうち、下肢、聴覚、知的、精神などさまざまな障がいを持つ人が約80%の35 名を占めます。そのうち25名が重度障がい者ですが、全員がモノづくりの現場に配属され、8時間のフルタイム勤務をしています。
障がい者雇用に関しては偏見や誤解がまだまだあります。適材適所が実現できていれば、健常者より素晴らしい能力を発揮するケースが多いのに、周囲が「これくらいの能力だろう」と決めつけている部分が非常に大きい。それに伴う工賃の低さも課題です。
ガルグ:私は30年前に来日し、神戸製鋼所、安川電機などで技術者として働きました。私の場合は幸運にも勤めたのが良い企業ばかりでしたが、当時の日本は外国人をあまり受け入れていませんでした。この30年で相当変わったものの、まだその傾向はあります。私は13年前にアイスバッテリーを開発し、おそらく日本で初めて外国人としてモノづくりの会社を立ち上げましたが、私の会社に投資する日本人は誰もいませんでした。
今、日本には人手不足という大きな課題があります。今後、日本が国際化を目指すならば、外国人の力は不可欠でしょう。まだまだ日本はダイバーシティの国にはなっていない。国全体として考えを変える必要があると思いますね。
――ダイバーシティ実現のために、具体的にどのような取り組みをされていますか?
水沼:溶接界で女性が働けるようにするには、制度の整備が欠かせません。そのためには政府に仕組みを変えてもらう必要があります。ただ、それ以前にわれわれが変えられる余地はまだあります。
まずは「女性に溶接は無理」という世間の認識を変えることです。以前、東北を訪れた際、こんな話を聞きました。溶接技能者の募集に、ある女性が「私もできますか?」と応募してきたそうです。すると職員が「いやいや、これは男の仕事ですから女性はできません」と答えて門前払いをしたとのこと。これがわずか数年前の話です。
こうした世間の認識を変えるには、広く情報発信をする必要がある。そう考えて2017年に始めたのが「溶接女子会 」の取り組みです。実際に溶接の現場で女性が働いていること、給料も高水準で技術を身につければ長く働けることなどを伝えるため、ホームページを開設し、漫画も使って発信を始めました。さまざまな現場で活躍する女性のインタビュー記事も掲載しています。
実際、溶接は女性にも合う仕事だと思います。特に手先が器用な人は向いている。長崎にある大島造船所では、現場で溶接を担う人の9%が女性です。溶接の場合、連続性のある事務的な仕事と違い、腕があれば出産などで一時職場を離れても、復帰してすぐ働ける。そう考えれば、「0.8%」がいかに低い数字かわかるでしょう。
障がい者が働きやすい職場は誰もが働きやすい
――ダイバーシティの促進と同時に、生産性の向上も求められると思いますが、工夫している点などありますか?
高松:できないものをやりなさいというのは無理です。それは健常者でも同じでしょう。できない部分は自動化します。その自動機も、障がい者自身が設計して試作して現場に投入する。なぜなら、健常者がつくっても現場にマッチしたものにはならないからです。生産性を上げるために、治具と呼ばれる組み立ての補助器具も自分たちでつくります。
もう1つ、モノづくりの基軸にしているのが5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)です。年間500名くらいの方が当社を見学に訪れますが、「こういう工夫をすれば、高齢者にも働きやすい職場になる」という声をよく聞きます。負荷が少なく、掃除もしやすい工夫は、一般企業でも通じるものでしょう。実際、こうした工夫を目にした一般企業の方から「真似してもいいですか」と聞かれることもしばしばです。
水沼:溶接界に関しても同じことがいえます。女性が働きやすい職場になれば、男性にとっても効率化された職場になる。現場の生産性も上がり、「働き方」という観点からも好ましい。こうした変化を理解し、ダイバーシティを実現していくためには、経営者の意識を改革することも必要でしょうね。
――たしかにダイバーシティを取り込むことで誰にとっても働きやすい環境に変わりますね。人材を受け入れる側としての課題はどんなことだったでしょうか。
水沼:溶接界の場合、女性が職場に入ったときに問題になるのが、重いものの運搬作業です。雇用主である企業は、軽い溶接機や溶接材料、溶接棒の製作をメーカーに依頼したり、補助的な器具を揃えたりといった工夫をすべきでしょう。それは、結果的に女性だけでなく皆が恩恵を受けることにつながります。男性も年齢を重ねれば力は落ちるわけで、軽くなればありがたい。女性の割合が高まることで、初めてメーカーも商品の改善に動くという側面もあります。女性の参入は溶接界全体のために役立つのです。
高松:障害者差別解消法などで示されている「合理的配慮」をどう受け止めるかで対応は変わると思います。当社は「やらなければいけない」ではなく「非常にいいツール」と受け止め、徹底的に合理的配慮をしました。その結果、作業効率化や負荷軽減、生産性向上につながりました。
私も着任後最初の1カ月は、障がい者にどう声をかけていいか、どう接していいのか悩みました。こんなことを言っていいのか、合理的配慮として何をすべきか、と。でも1カ月も同じ空気の中、同じ目標に向かって一緒に働いていれば、障がい者も健常者も関係なく接していくのが当たり前になります。
モノづくりはヒトづくり。適材適所で誰もが当たり前に働ける環境に
高松:「障がいがあってもできる作業」という観点だけでなく、適材適所を実現して仕事を通して成長してもらうことにも心を配っています。モノづくりを通して人も育てているといってもいい。
入社後の本人の変化にも目覚ましいものがありますよ。仕事ぶりはもちろんですが、苦手だった読み書きができるようになるなど、非常に努力して成長します。自ら勉強して健常者に混じって品質の検定試験を受けたり、モノづくりの競技会に参加したり、社内コンペティションに参加したりする人もたくさんいます。周囲が勝手に限界を決めていたら、こうした可能性を全部摘み取っていたことになるでしょう。
ウィークポイントは間違いなくセールスポイントになるし、逆に強みは弱みにもなります。それを理解すれば、取り立てて「ダイバーシティ」などと意識しなくても、誰もが当たり前に仕事できる環境になり、人手不足解消にもつながるのではないでしょうか。障がい者だからと決めつけず、ぜひ多方面から人を見てほしいですね。多様な人がいればそこから知恵も出てきます。
ガルグ:相手を尊敬することはダイバーシティの基本。今、日本は、諸外国に抜かれ始めています。リスペクトしてもらえないと、働き手となる外国人も日本に来ることを望まなくなります。逆に受け入れ、リスペクトすれば外国人は日本に住み続けるはず。そうすれば、人口の問題も解決するはずです。
「外国人だから」「女性だから」「障がい者だから」ではなく、個々人の特徴や価値を分析できれば、新しい可能性が生まれるし、やる気にもつながります。我々は自分で壁をつくっているのかもしれません。オープンマインドで臨まないとイノベーションは生まれません。
ダイバーシティの取り組みを発信し、イノベーションを活性化
――ダイバーシティの取り組みはどう広げていけばいいとお考えでしょうか。
水沼:やはり広報などの情報発信が大事ですね。以前、小さな息子さんのいる女性に「無料の溶接体験があるので夏休みに遊ばせてみたらどうか」と話をしたら、「危ないから駄目です」と言われて、ショックを受けました。大切なのは、子どもをもつ女性も含め、皆さんに溶接を職業の「普通の選択肢」として認識してもらうこと。実はこれも溶接女子会の狙いの1つです。
女性に溶接を知ってもらえれば、将来、少なくとも他の国並みには溶接女子が増えるでしょう。女性を迎えた企業の取り組みを紹介することも、他の企業の参考になると思います。WebだけではなくSNSの利用も含めもっと発信して世の中の人が知るようにしなければいけませんね。
ガルグ:海外に行って思うのは、日本を世界一保守的な国と見ている人が非常に多いこと。「日本でよく会社をつくったね」と言われることもあります。そのイメージを変えないといけない。この30年で日本は変わった部分もある。外国人を部長に抜擢し、メディアを使ってアピールするなど、その変化を国外にも知らせないといけない。そのために、英語で発信することも大切だと思いますね。
高松:障がい者雇用拡大という観点では、地域への貢献も必要だと考えています。障がい者の作業所や施設はどこも低賃金。なるべく負荷なく多くモノをつくり、工賃を上げる方策として、私たちが37年培ったノウハウを他の作業所に伝えたり、生産性のセミナーを開催したりしています。就労継続のための施策や福祉関係の人たちの待遇面の改善も必要です。ダイバーシティの広がりは、新たなイノベーションにつながります。教育や福祉への投資は、短期間で成果が出るものではありませんが、今しっかり取り組んでおけば、将来、国にとって大きな力になるはずです。
ガルグ:外国人から見れば、日本人の DNA はやっぱりモノづくりにあると感じます。ウォシュレットが日本で開発されたのは、日々の生活の中で問題を見つけ、誰も考えてないことを実現したからです。こうした新しい付加価値を生み出すためには、多くの視点を持つこと、つまりダイバーシティが欠かせません。日本がいいモノをつくらなくなったら世界の損失です。ダイバーシティを実現し、日本がロールモデルとなって世界をリードしてほしいですね。