中小製造企業のデジタル化をリードする「旭鉄工」――自社開発IoTシステムの外販で労務費を年間2億円節減
多くの中小製造企業では、人手不足を背景に現場力の向上が課題となっている。そうした中、自社開発した低コストのIoTでいち早く生産性向上を達成したのが、自動車部品メーカーの「旭鉄工」(愛知県碧南市)だ。成果は目覚ましく、時間当たりの出来高は平均34%向上、労務費は年間平均2億円以上節減。木村哲也代表取締役社長は「中小製造業の現場ほど改善の余地が大きく、もっとIoTが活用されるべきだ」と語り、IoTシステムの外販するソリューション会社「i Smart Technologies」を設立するに至る――。1941年創業の昭和の町工場に“IoT革命”を起こした同社の道のりはどのようなものだったのか。そこには、中小製造企業におけるIoT有効活用のヒントが隠されていた。
既存設備を活かして生産管理板を自動化するIoTを構想
――御社にIoTを導入したのは、何がきっかけだったのですか。
木村:取引先であるトヨタ自動車からの増産依頼がきっかけでした。増産のため設備投資するのは苦しかったので、現状の設備のまま生産性を上げる方法を模索しました。すると、トヨタ自動車の方が改善指導に来て、生産管理板を活用するようアドバイスをいただきました。
生産管理板とは、一定時間における生産計画数や、生産実績数、ライン停止時間と原因といったラインの稼働状況を人手で記録して、ムダを見える化し、作業の見直しなど改善活動に役立てるための表です。私は18年間トヨタ自動車に勤め、トヨタ生産方式を内省工場や社外工場に指導した経験を持ちます。そのため、生産管理板の活用が、生産性向上に大変有効であることは熟知していました。
ただ、人がデータ収集して記録するのではなかなか正確にいきませんし、弊社で実行する場合には製造ライン1つひとつに人が張り付いて測定しなくてはならず、それでは労働力が惜しい。なにより、人にはもっと付加価値が高い仕事をしてもらいたいという思いがありました。そこで考えたのが、IoTによる記録の自動化でした。
安価な光センサーと磁気センサーでIoT化に成功
――IoTシステムは自社開発されたと聞いています。
木村:市販されているIoTシステムをいろいろ見て回ったのですが、我々が欲しいデータ、つまり、生産個数やラインの停止時間のデータ収集に特化したものがありませんでした。それに、弊社の設備の4分の1を占める、昭和の時代に作られた機械には取り付けができない。いずれにせよ、数千万円するシステムがほとんどだったので、手が出せませんでした。
既存のシステムの購入を断念した我々は、自社開発に踏み出しました。社内に専門知識を持つ者はいなかったのですが、シンプルなシステムなら自分たちの力で作れるだろうと思ったのです。
まず着手したのは、ラインの停止時間、稼働時間の自動記録です。設備は正常に動くとランプが点灯するようになっているので、そのランプに光センサーを取り付けました。運転が停止して光が消えると光センサーがそれを読み取り、電波モジュールを用いて信号を受信器に飛ばし、インターネット経由でクラウドに上げる仕組みを構築しました。これは、2014年の冬ごろ作り始めて、本を読んだり、友人の力を借りたりしながら試行錯誤を繰り返し、3カ月ほどで最初の運用にこぎ着けました。
木村:最初はその停止時間と稼働時間を使って改善していたのですが、どうも生産個数と合わない。生産個数は、ラインの稼働時間をサイクルタイム(製品を1個作るのに要する時間)で割れば導き出せるはずですが、サイクルタイムが想定と異なれば、個数が合わなくなります。そこで、次にサイクルタイムのデータを取ろうということになりました。
サイクルタイムのデータを取るのには、一方が磁気、もう一方がセンサーになっていて、磁気がセンサーに近づくと信号を発するリードスイッチと呼ばれる磁気センサーを用いました。生産設備の安全扉やシリンダーなど、製品が1個できるタイミングで動きのある部分にリードスイッチを取り付け、製品が完成する時間や生産個数を把握できるようにしたのです。そのほか、設備の稼働状況を示すランプ「シグナルタワー」がある設備については、光センサーを貼り付けて測定するケースもあります。
そうして収集したデータを、生産状況(稼動と停止)、ライン可働率、サイクルタイム、生産個数、稼働時間、1時間当たりの平均生産個数の6つに情報整理し、その情報を工場内のモニターや従業員のスマートフォンに自動転送される仕組みを作りました。ここまで一通りの開発が完了したのは、着手から1年後の2015年の春でした。
地道な改善努力の結果、時間当たりの出来高が80ラインで平均34%向上
――基本的な考え方はとてもシンプルですね。しかし、データを取得しただけで、生産性が上がりましたか?
木村:システムがシンプルになったのは、現場に本当に必要とされるIoTはどんなものかと考えた結果でした。人や機械の動作の良し悪しが端的にわかるシステムでないと、現場では使ってもらえません。それに、トヨタ生産方式で“時間は動作の影”と言われるように、人や機械の動作に問題があれば、可働時間が減り、サイクルタイムが遅れるなど時間に影響が出るため、時間のデータを取っておけば、生産性に関しては全体的に把握できるものなのです。
裏返せば、時間のデータから浮彫りになった人や機械の動作の課題を1つひとつ改善していけば、生産性は上がるということになります。生産個数を増やす、つまり生産性を上げるためには、サイクルタイムを短縮するか、可働率を上げるかのどちらかであり、それらを目標に改善活動を進めていけばいいというわけです。
例えば以前、同じ2台の機械で同じ製品を作っているのに、1個を作り上げるのにかかる時間に大幅な開きがあることが、IoTシステムのデータ収集で明らかになりました。そのうちの1台の動作プログラムが最適でなかったことが原因だと特定できたので、速い方のプログラムに合わせました。すると機械のサイクルタイムは短縮し、時間の開きはなくなりました。このように機械の故障や不具合を見つけることもできます。
また、ロボットアームの軌跡を修正したり、レーンに傾斜をつけたりすることでパーツをそれ自体の重さでレーンに流し、人が運ばずとも補充されるようにするなど、動作の無理や無駄を排除して作業効率を上げることでも、サイクルタイムは短縮され、可働率も良くなりました。動作の無理や無駄はいくらでも探せるものなので、弊社でも未だに改善を重ね続けています。
木村:そもそも人は、問題が見えれば直そうとするものです。動作の無駄が省けてサイクルタイムが短縮すると、その進歩がIoTによりはっきり数値として表されるため、従業員は改善活動にやりがいを感じるようです。弊社では、みんなおもしろがって改善にチャレンジしてくれています。
そうした努力の結果、予想をはるかに上回る成果が得られるようになりました。IoTを導入後これまでの間で、約140ある製造ラインのうち80ラインで改善に取り組み、時間当たりの出来高は平均34%向上しました。労務費は年間平均で2億円以上節減し、設備投資は総額で4億円抑制できました。
他の中小製造企業でも活用をと考え、外販スタート
――御社は自社開発したIoTシステムを外販していますが、これは、効果の高さを実感してのことですか。
木村:そうです。中小製造企業の現場は特に改善すべきポイントが多く、我々と同じようにIoTを導入すれば、大半の企業で高い成果が出るだろうと思ったのです。というのも、弊社は機械加工、プレス加工、樹脂成形、溶接、組み付けをはじめ、溶かした金属を鋳造するアルミダイカストや加熱した金属をプレス加工する熱間鍛造など幅広い工法を持っており、いずれの工法でもIoTシステムによる改善効果が認められたからです。
そうした理由から外販を決意し、2016年9月に「i Smart Technologies」を設立。2017年からIoTシステム「製造ライン遠隔モニタリングサービス」の外部への提供を始めました。中小企業のIoT導入の障壁の1つは資金不足なので、5ライン分の月額利用料は39,800円と、大手のシステムとは桁違いに低く抑えました。
このシステムの特徴は、昭和に製造された古い設備にも設置できること。また、現場に根ざした汎用性が高いシステムであり、真に役立つデータが取れることです。我々もIoT導入以来、常々実感していることなのですが、製造ラインの稼働状況の正確な測定は、生産性や品質の向上に大変役立ちます。すでに約180社にサービスをご利用いただいた実績があります。そして、そのうち200ラインにおいては、導入5カ月で平均25%の生産性向上という成果が出ています。
一方で、改善がうまく進んでいないお客さまも中にはいらっしゃいます。データを取っても、それをどう活用していいかわからないようです。提供を始めてそうした声を聞くようになったので、今後は、データ分析やコンサルティングサービスの提供に力を入れていきたいと思っています。具体的には、お客さまのデータや現場をチェックして問題点を見つけ出し、改善のための提案を行っていく予定です。
M&Aにおける企業価値算定でのサービス活用が目標
――製造ライン遠隔モニタリングサービスは、多くの中小製造業の現場改善に役立つものへとさらに磨きがかけられていくのですね。今後の目標について教えてください。
木村:現場の改善だけでなく、金融機関の融資判断のための事業性評価やM&Aの企業価値算定に、製造ライン遠隔モニタリングサービスを活用できないか検討しています。というのも、企業を買収する際にその企業の価値を算定するM&Aの企業価値算定は、一般的にコンサルティングファームや投資会社によって行われますが、製造企業のM&Aの企業価値算定となると、現場の状態を見極められず、的確な算定が難しいものなのです。
そこで役立つのが、製造ライン遠隔モニタリングサービスです。これを使ってデータを1週間ほど取り、解析すれば、工場のラインの稼働状況は明らかになります。また、これまで自社とサービス導入企業での改善経験とデータの蓄積から、ライン可働率やサイクルタイムのおおよその基準ができているので、基準との比較から、工場の実力や伸びしろの査定や、改善すべきポイントのアドバイスも可能です。
木村:中小企業庁の発表などからも、今後、事業継承の問題は深刻化すると予想され、それに伴い、製造企業のM&Aも今後増加すると見込まれます。製造ライン遠隔モニタリングサービスのM&Aにおける活用は、システムを開発し、データを蓄積してきた我々だからこそできるサービスなので、この先の需要を見据え、検討を進めていきたいと思っています。
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