武州工業の先進的ものづくりーー 自社開発ITを駆使して65年つづく黒字経営!
生産性の向上が賃金ハンデへの最大の対抗策
――貴社は1951年の創業以来、黒字経営を続けています。1990年代以降、生産拠点が日本から海外の低賃金国に移される中、どのようにして会社を発展させてきましたか。
林:経済がグローバル化するこの時代、日本の労務費は非常に高いため、国内生産はコスト面で圧倒的に不利です。日本の平均時給が1000円以上のところ、タイでは日給が1000円程度と、大きな開きがあります。実際、発展途上の低賃金国との価格競争に敗れ、工場を海外へ移した製造企業は数えきれません。
林:しかし、弊社は「日本人が日本で働く場を作る」というコンセプトのもと、国内でものづくりを続けてきました。というのも、創業した先代の父の時代から「地域の雇用を守る」という明確な経営目標を持っているからです。そもそも、あらゆる製品が海外で作られるようになっては、日本のものづくりは立ち行かなくなってしまいます。
そうしたわけで、海外勢との価格競争がどれだけ激しさを増しても、「この地域で生き残ろう」と決めていた私たちに工場を海外に移すという選択肢はありませんでした。では、賃金が日本の10分の1、20分の1といった国と同じ価格で製品を作り、賃金ハンデに勝つためにどうすればいいのか。生産性を5倍、10倍に高め、高品質なものを作ることに尽きるので、そのための工夫を重ねてきたのです。
材料調達から納期管理までの一切を任せる「一個流し生産」
――どのような手段で生産性を向上させてきましたか。
林:「一個流し生産」と「自社開発IT戦略」の両輪で生産性を高めてきました。
一個流し生産は弊社のものづくり戦略の核となっています。いわゆる「セル生産」とも呼ばれ、1人の工員が材料調達から加工、納期管理までを一貫して行う生産方式です。弊社では1987年からこの生産方式を採用しています。
一般的な「ライン生産」では各工員が1工程を担当し、ベルトコンベアなどを用いて流れ作業を行います。一方の一個流し生産だと、作業者を囲むようにU字型に必要な設備を配置し、製品の完成まですべての作業をその場で行います(下図)。
林:当時から「一個流し生産がいい」という評判はありましたが、汎用設備ではなく専用設備が必要になるため、設備を整えられない会社が多かったようです。弊社は先代が「機械屋」、私が「電気屋」ということもありエンジニアリングのノウハウを持っていたので、最適な設備を自社で開発できました。いち早く一個流しを実現できたのはそのためです。現在でも、従業員157人のうち25人が設備を担当する部門に所属しています。
もう1つ、自社開発のいいところは製品仕様に合わせたミニマムスペックの設備を作れる点です。費用の一例として、通常は1台4,800万円する設備を、自社開発ですと1,200万円ほどに抑えられます。設備費の圧縮は海外勢との価格競争のためにも重要です。
一個流し生産の実現には、人材育成も欠かせません。いま弊社では1ヶ月に約900種類90万本のパイプを生産していて、工員は約100人、つまり平均で1人9品種を担当している計算になります。1人で9種類、完成までの全工程を担当するためには、複数の作業を遂行する技能を身につける必要があります。そういった「多能工」を育てるために設けている教育の場が「武州庵(ぶしゅうあん)」です。武州庵は工場敷地内に設けた施設で、外部からインストラクターを招いたり、同僚同士で技術を教え合ったりして自主勉強をしてもらっています。
林:道具をつくり、信頼して人に任せる。弊社のこの生産方式は、職人のものづくりに着想を得ています。一個流し生産は「1人屋台生産」なんて呼ばれることもありますが、まさにその通り。例えるなら、それぞれがラーメン屋の店主として、1杯ずつラーメンを作っていくようなイメージですね(笑)。
生産や検品の合理化と大幅なコスト削減で低賃金国に勝つ
――一個流し生産で低価格が実現できるのはなぜですか。
林:先述したU字型のレイアウト内で作業が完結するため次工程への部品移動が省かれ、また手待ち時間が少ないため、ライン生産で作るよりスピーディーだからです。それに製品1つひとつの品質を確認しながら生産するため、その場で不良品を見つけられます。作りながら検査しているといった具合ですね。ライン生産において検査には莫大なコストがかかるものですが、一個流しだと基本的に検査なしで納品できます。
また各機械にはキャスターがついていて、作るものに合わせて簡単に設備が組み替えられるようになっています。そのため、新たに設備を導入しなくても、受注に応じてラインを増減できますし、品種の変更にも柔軟に対応できます。設備費をかけずに変種変量が自在になるのです。
さらに一個流し生産の場合、注文の都度1つずつ作るため、在庫を抱えません。100個1000個とまとめづくりをして在庫するのが一般的ですが、弊社の方法だと倉庫が不要で、在庫管理コストも削減できます。
林:ただし、在庫を持たないぶん、リードタイム(受注から納入完了までの期間)が長くなりがちです。在庫を出荷する場合は、リードタイムは運搬にかかる期間のみになります。かたや在庫を持たなければ、材料調達、生産、運搬にかかるすべての期間がリードタイムになります。
発注者からすればリードタイムは短いに越したことがないので、在庫を持たない弊社としては、いかにリードタイムを短縮するかが課題でした。そのために開発したのが「BIMMS(BUSYU Intelligent Manufacturing Management System)」です。
データの利活用で一個流し生産をより効率化させる「BIMMS」
――BIMMSとはどういったシステムですか。
林:毎日の棚卸し(日々決算)のための生産管理を中心とした総合管理システムです。他にも、出退勤、トレーサビリティ、不良品の分析、工程能力、仕掛かり管理、機器稼働状況、出来高、出荷チェックなどの機能を備えます。データの利活用で一個流し生産をもっと効率化できると考え、1996年から自社で構築を始めました。
BIMMSの日々決算というのは、レジを打ったと同時に棚卸しするコンビニの「POSシステム」に近く、タブレット端末で作業日報を入力すれば棚卸しが完了するようになっています。
日々決算で工場全体の生産の進捗をリアルタイムで管理する代わりに、弊社では生産計画を立てていません。お客さまからは頻繁に追加やキャンセル、納品変更などを求められ、生産計画を立ててもすぐに変わってしまいます。ですから、お客さまからの要求を一刻も早く現場に伝えることに注力して、柔軟に対応できるようにしたのです。結果、72時間だったリードタイムも3分の2の48時間まで縮まりました。
BIMMSのもう1つの大切な役割は不良品の分析です。一個流しでは1人ひとりの工員に製品の完成までを任せているため、各々の技量により品質にばらつきが生じる恐れがあります。そこで品質の統一の役割をBIMMSが担っています。、ほとんどコンピュータ任せで不良分析ができてしまう仕組みです。
不良分析は原則、朝、昼、夕方の1日3回実施し、品質の良し悪しが数値として算定され、基準値を下回ると管理者にメールが自動送信されるとともに、検査頻度を増やすよう工員に指示が出ます。一方、上回れば、検査の頻度が減らされます。情報入力は大部分が自動化されていて、それも生産性向上に役立っています。
デジタル技術は人を助け労働を補うためのもの
――他にもモノから情報を自動取得する仕組みをお持ちですか。
林:近年発達してきた、モノのデータを自動取得するセンサーなどの技術を活用し、BIMMSの情報入力をできるだけ自動化する仕組みづくりを進めています。その1つがスマートフォンアプリ「生産性見え太君」で、2016年から導入しています。
林:日頃使っているスマートフォンを、ものづくりのデジタル化に活用できるのではないかと思ったのが開発のきっかけでした。ミニ設備(社内用に内製した設備)を作ってきた経験があるので、これもきっと内製化できるだろうと思いました。
「見え太君」は、加工機にスマートフォンを取り付けるだけで、歩数計などを利用した3軸加速度センサーが機械の振動データを自動計測してくれるアプリです。そのデータをもとに、機械の稼働時間や停止時間の分布、加工時間に関する分析ができます。また機械を停止した際には、あらかじめ設定しておいた「材料交換」「故障」「清掃・メンテナンス」「品質確認・点検」などの一覧から停止理由を工員が選ぶようになっているため、停止時間の理由別分布も明らかになります。
そうして導き出された分析データから、工員の作業改善や機械の早めの修理などの対策を講じたところ、生産性が従来よりも20%も高まりました。
ただ、見え太君を使うと工員の動作が記録されることになるので、初めのうちは「監視されているようで嫌だ」と2台にしか使ってもらえませんでしたが、これは「監視」ではなく「見守る」ためのツールです。
生産目標のペースより早いのか遅いのか、また機械の無駄な停止理由に気づくことにより、自発的な業務改善が図られます。仮にその生産目標を上司が設定しようものなら、見え太君はたちまち“ブラックなツール”となってしまうでしょう。そこで目標の設定も各自に委ねれば、不快感はないはずです。実際に導入以降、改善の成果が上がり、現在では社内全体で80台の機械に使っています。
――見え太君は今年6月から外販も始まったのですよね。
林:見え太君を使えば、どのメーカーのどんなに古い機械からでも、データを自動取得できます。
工場では、さまざまなメーカーの機械を組み合わせて使うのが一般的です。ところが日本では、それぞれのメーカーが開発するIoTプラットフォームを何百万円も出して買わないと機械から情報を取れない状況にあり、大変不便です。
見え太君はそういった発想とは一線を画し、端末の近くに配置したコンピュータで取得データを処理する「エッジコンピューティング」を実装したサービスです。コンピュータとスマートフォンがあれば、どんな機械からも簡単にデータが取れるのです。
実はかつて弊社は「鎖国」をしていました。ノウハウを真似されると優位性が下がると考えていたからです。一個流し生産の中身も門外不出としていましたし、見え太君やBIMMSについても他社には教えず、売らないというスタンスでした。
ですが、時代は変わりました。いま我々が戦うべきは国内の同業者ではなく、タイやインド、ブラジルなどの海外の低賃金国です。オープンイノベーションで協調して、業界全体で日本のものづくりを元気にしていかなければなりません。
弊社が「開国路線」に切り替えたのはそのためです。いつまでも各社が鎖国を続けていては、日本はあっという間にガラパゴス化してしまうのではないでしょうか。
デジタルものづくりの時代には経営者の高い戦略能力が不可欠
――熟練のノウハウが流出することに対して恐れはありませんか。
林:ノウハウといっても自社の製品に特化した仕組みを持っているだけなので、その点は心配していません。重要なのはノウハウの部分ではなく、それをなぜ作ろうと思ったかという考え方です。
具体的なノウハウは転用できないでしょうが、考え方なら応用できます。そうしていいとこ取りをしながらアライアンスを組めば、お互いの特徴をより活かしていけると思います。
そうした判断も含め、これからのものづくりでは経営者の戦略能力が一層重要になってくると考えられます。デジタルものづくり、特にIoTは、結果から改善を進めて初めて効果が現れます。すぐに効果が出ないので、経営者の「やってみよう」という判断がなければ、なかなか取り組みに踏み出せないものです。
日本のものづくりを盛り上げていきたいという思いから、2017年は全国約40カ所でIoT関連の講演をしました。その場では皆さん関心を持たれている様子なのですが、いざ社内で展開しようとすると、経営者ではなくIT担当者の方だけが講演に来られた会社だと取り組みも続かないようで、現場を変えるためにはやはり経営者の判断が欠かせません。
ものづくりのデジタル化やそれに伴う生産性向上は、どの企業でも必ずできます。同業者がつながり協力して、一緒に日本のものづくりを活性化させていきたいと思っています。