CTO榊原彰がリードする技術研究開発本部のカルチャー変革――「Think Big, Act First, and Fail Fast」を根付かせて世界に挑む

CTO榊原彰がリードする技術研究開発本部のカルチャー変革――「Think Big, Act First, and Fail Fast」を根付かせて世界に挑む

2022年4月のパナソニック コネクト株式会社 発足にともない、R&D部門の「イノベーションセンター」が「技術研究開発本部」へと名称を変更。「新たな組織名で自分たちの意気込みを内外に示したかった」と話すのは、CTO(チーフ・テクノロジー・オフィサー)で技術研究開発本部 マネージングダイレクターの榊原彰だ。2021年の就任以来、世界で戦える組織になるために取り組んできた改革の現状と、今後の目標を語ってもらった。

取材・文:相澤良晃、写真:池村隆司


大胆な発想で失敗を恐れずにチャレンジしていきたい

――どういった経緯で、榊原さんがパナソニック コネクトのCTOに就任されたのですか。

榊原:
日本マイクロソフトで一緒だった樋口さん(パナソニック コネクト株式会社 CEO)から、2021年に「総額71億ドルをかけてBlue Yonderを買収することになった。クラウドに力を入れていくから、手伝ってほしい」と誘われ、「これは本気だな」と。自分のこれまでの経験を生かして、ビジネスモデルを変革するお手伝いができればという思いで、CTOをお引き受けしました。

――それまでは、どんな経験をされてきたのでしょうか。

榊原:
1986年に、新卒で日本アイ・ビー・エムに入社しました。30年ほどいろいろ経験させてもらって2015年末に退職。2016年1月から日本マイクロソフトのCTO(最高技術責任者)です。マイクロソフトディベロップメントという兄弟会社の社長も兼務しながら6年ほど勤めて、2021年11月にパナソニック コネクトの前身であるパナソニック株式会社 コネクティッドソリューションズ社にやってきました。

――就任当初、当時のR&D組織を見てどう感じられましたか?

榊原:
率直に言って、「もっと大胆な動きができるポテンシャルがあるのに、すごくもったいないな」という印象でした。「もっと事業と同じ方向を向いて早く前に進める研究開発にしたい」と考え、メンバーのマインドを変える取り組みに力を入れています。わかりやすいものだと、このスローガンをつくってTシャツにしてみんなに配りました。いま着ている、これですね。


榊原さん

――「Think Big, Act First, and Fail Fast」。どんな思いが込められているのでしょうか?

榊原:「もっと発想を大胆にして(Think Big)、とにかく手を動かし(Act First)、早く失敗しなさい(Fail Fast)。失敗を恐れずにどんどんチャレンジして、成功の糧にしてほしい」というメッセージです。

手始めに2022年4月のパナソニック コネクト発足に合わせて、組織名を当時の「イノベーションセンター」から「技術研究開発本部」へと変更し、あくまでも“事業に直結する技術の研究開発に打ち込む組織であること”を明確にしました。

目先の利益を追求するのではなく、広い視野をもって研究開発に取り組んでほしい。自分の専門領域の外にまで目を向け、学際的にテクノロジーを掛け合わせてどんどんイノベーションを起こしてもらいたい。そういう想いで、いま組織改革を進めているところです。

真にフラットな組織を実現するポイントは「情報共有」

――現在取り組まれている組織改革の内容について教えてください。

榊原:
目下、力を入れているのは研究プロジェクトの整理です。具体的には現在進行している研究プロジェクトを「課題の明確性」と「期間」という2軸で4象限に分類しています。


研究プロジェクトの整理

研究プロジェクトの整理


このうち、“課題が明確で、短期間で成果を求められるもの(図左下)”を「イシュードリブン」、一方“明確な課題はないが、時間をかければ将来的に事業として大化けしそうなもの(図右上)”を「ブルースカイ」と名付けました。この2つに分類される研究プロジェクトにリソースを集中させようとしています。

たとえば「イシュードリブン」には、Blue Yonderと一緒に進めているサプライチェーンマネジメント(SCM)に関するソリューション開発も含まれます。現在、お客様に提供できそうな具体的なソリューションのユースケースを50個ほどリストアップして順番に実用化を進めているところで、「画像認識の精度向上」「ロボットアームの挙動修正」といった技術的な課題に直面していますが、これらはまさに「課題が明確で、完成を急がなければいけない案件」です。

また、SCMを含め、今後さまざまな分野で「AIによる最適化」が求められるようになると思いますが、その最適化のアルゴリズム(手法)の研究は、長期に取り組まなければものになりません。これが「ブルースカイ」の典型ですね。知見を貯め続けることで、将来、大きな花を咲かせる可能性を秘めている技術です。

――なるほど。逆にいうと、それ以外の研究プロジェクトは優先順位が低いということでしょうか。

榊原:
そのとおりです。“明確な課題はないけど、とにかく短期で成果をあげなければいけない”というプロジェクトはリスキーですし、反対に“課題は明確だが、長い時間をかけなければ解決できない”というプロジェクトは、投資対効果の視点から非効率に思われます。

コネクトの事業に「すぐに貢献できるもの(=イシュードリブン)」と「将来的に大きく貢献してくれそうなもの(=ブルースカイ)」の2つにリソースを集中する。最低でも1年に1回はリーダークラスが集まって、こうした研究プロジェクトの整理作業を継続的に行っていく予定です。将来的には大学の研究者など、外部の専門家にも加わっていただいて、実現可能性などのアドバイスをもらいながら進めていきたいですね。

――組織のカルチャーを変えるための環境づくりとして、何か取り組まれていることはありますか?

榊原:
いくつかあって、ひとつは「情報の共有」です。いま研究開発本部では数百の研究プロジェクトが動いているのですが、それらのテーマ、メンバー、進捗、開発費などの情報を全てデータ化して、誰でもリアルタイムで確認できるようにしています。

経験上、研究者・技術者が最もストレスを感じるのは“必要な情報にアクセスできないこと”です。よく「良い組織づくりにはフラットなコミュニケーションが重要」と言われたりしますが、それ以前に情報をフラットにすることが大切だと思います。情報が共有されることで、「手が空いたから他のチームを手伝おう」とか、「このテーマだったら〇〇さんに聞いてみよう」とか、そこからコミュニケーションが生まれるわけです。

CTOに就任以来、「情報のオープン化」をずっと進めてきて、最初は抵抗感があった人もいたようですが、最近は「こっちのほうがいいね」という声をよく聞くようになりました。とくに若い研究者から「すごく仕事がやりやすくなりました」と言ってもらえるのはうれしい限りです。


榊原さん

――そのほかに榊原さんが就任してから変えたことはありますか?

榊原:
どんどん外に出て、勉強することを奨励しています。たとえばAI分野では「NeurIPS」(Neural Information Processing System)、「ICML」(International Conference on Machine Learning)、「CVPR」(Computer Vision and Pattern Recognition)などの世界トップレベルの学術的な国際会議がありますが、各分野で国際的な会議をリストアップして、そこに論文が採用され発表の機会を得たら報奨金を出すという制度を始めました。

オープンソースコミュニティへの貢献や最新技術が学べる場への参加も勧めていて、例えばアマゾンやマイクロソフトなどのテックジャイアントが主催するイベントには、世界中から数千人の開発者が集まります。期間中、毎日多数のパラレルセッションが開かれて、勉強し放題なわけですよ。
そういった最先端の技術が結集する場を訪れるための費用を支給しています。もちろん誰でもOKというわけではなく、ちゃんと英語が理解できて前提として必要なスキルもあるといったことを上長に確認してもらった上で推薦してもらうといった条件付きですが。

あとは、新たな評価制度として「リスクテイカーアワード」を設けました。「成功しなかったけど、ものすごく難しいことに挑戦して敗れた」、あるいは、「敗れ続けているけど何度も挑戦して少しずつ実績をつくっている」、そういう人たちやチームを表彰する制度です。

――どういった意図があるのでしょう。

榊原:
成功したら表彰されるのは当然なんですけど、でもそれだけだと、安全で、確実に成功しそうなテーマにしか挑戦しなくなってしまいますよね。困難な技術やテーマに挑戦した人をちゃんと評価しないと、研究開発の組織としては先細りになってしまいます。「挑戦しないことが一番の失敗である」という文化を根付かせたいです。

「リスクテイカーアワード」の審査では、「私も失敗した」「俺もやらかした」 という応募をたくさん見ています(笑)。研究開発本部では、失敗によって何かしらのリスクを負うことはないので、どんどん挑戦してもらいたい。チャレンジする人、大歓迎です。

クラウドにつないで事業の価値をさらに高めたい

――経営と研究開発との関係について、あらためてお考えを聞かせてください。

榊原:
経営とテクノロジーの境界がなくなってきていると感じます。だからこそ、研究者や技術者はもっと経営のセンスをもったほうがいい。逆もまた然りで、経営者もテクノロジーのことがわからないと、これからの世の中で会社をリードしていくのは難しいでしょう。非常に世の中の動きが速い時代になっています。コネクトでも、経営戦略を実行していくためにテクノロジーが果たす役割は大きいです。

――経営戦略に対して、技術研究開発はどのように関わってくるのでしょうか。

榊原:
パナソニック コネクトの事業には、高い競争力をもつ「コア事業」と市場の成長が著しい「成長事業」があります。そして、会社全体としてAIを始めとしたテクノロジーの力を活かしてクラウドやソフトウェアサービスに力を入れていくことは間違いありません。しかし、それは決してハードウェアを諦めるということではないという点を強調しておきたいです。

すでに世界トップレベルのシェアを誇っているアビオニクス(航空機に搭載される電子機器)や溶接機といったコア事業もあります。そこにクラウドの技術が加われば、さらに既存の製品やサービスの価値があがり、収益性を高められる。そして、その「コア事業」で得た利益を、市場の成長が著しい「成長事業」に投資することで、さらに収益のアップが図れるという構想を描いているわけです。

これら特徴の異なる2つの事業を、研究開発によって支えていくのが私たちの役割です。具体的には「コア事業」ではハードウェアの製造プロセスや開発手法にクラウド技術や開発プロセスなどの知見を組み込んで、市場に対して高付加値の製品をスピーディーに提供することを目指します。

もう一方の「成長事業」では、イノベーションをどんどん起こして、新しい技術を開発することによって事業そのものをつくり上げていく。その準備のために、今日お話ししたような様々な取り組みを進めて環境を整えているわけです。


榊原さん

――クラウドによって、現在よりもさらに高い付加価値を実現するということですね。

榊原:
はい。だからこそハードウェアの開発担当の方には、既成概念にとらわれずに「これをクラウド化したらもっと価値が高まるのではないか」といったような視点も身につけていただきたいですね。私たちもハードウェアの事業領域に対する理解を深め、一緒にいいものをつくっていきたいと思います。

あと、ハード/ソフトに限らずすべての開発者に伝えたいのは、世界市場を意識して研究開発に取り組んでほしいということです。前述のアビオニクスは完全に世界の航空機市場で戦っています。それに続く事業として、たとえば顔認証のソフトウェアプラットフォームで世界ナンバーワンを狙うなど、壮大なマインドを持ってもらいたい。

世界で戦うための組織変革をいま急ピッチで進めているところなので、チャレンジしてみたいという方は、ぜひ仲間に加わってほしいです。パナソニック コネクトの研究開発本部は、日本で一番面白い開発ができる環境だと自負しています。一緒に世界に飛び出しましょう。