「世界と戦う」経験がイノベーションの土壌をつくる 技術コンペが組織にもたらすチャレンジ精神

「世界と戦う」経験がイノベーションの土壌をつくる 技術コンペが組織にもたらすチャレンジ精神

これまで国際的なコンペで高い評価を獲得してきたパナソニック コネクト。画像センシング分野における世界的学会「CVPR2021」のコンペ部門では、第3回「EPIC-KITCHENS-100 2021 Challenges」コンテストの動作予測(Action Anticipation)部門で準優勝の成績を獲得した。

コンペというオープンな場で技術開発に携わることの意義、チームとして取り組むことで見えた景色とは。コンペに挑戦した4名のキーマンに、語り合ってもらった。

取材・文:相澤良晃、写真:池村隆司


<メンバー>

里雄二氏:パナソニック コネクト株式会社 技術研究開発本部 先進技術研究所 マルチセンシング研究部1課 主幹技師 第3回「EPIC-KITCHENS-100 2021 Challenges」コンテスト チームリーダー

竹中慎治氏:株式会社パナソニック システムネットワークス開発研究所 技術センター AIソリューション部 技術32課 係長

藤松健氏:パナソニック コネクト株式会社 技術研究開発本部 先進技術研究所 マルチセンシング研究部1課 課長

田靡雅基氏:パナソニック コネクト株式会社 技術研究開発本部 先進技術研究所 マルチセンシング研究部 部長


ほかが真似できない、突き抜けた技術を自分たちでつくってみたい

――はじめに、このチームで初めて参加されたコンペ「CVPR2021 EPIC-KITCHENS-100 2021 Challenges」がどのようなものなのか教えてください。

田靡:CVPR(Conference on Computer Vision and Pattern Recognition)は、画像センシング領域における世界トップレベルの学会で、毎年アメリカで開催されています。この分野の研究者であれば誰もが憧れる、いわば夢の舞台です。世界中の研究者から論文が寄せられますが、採択率は25%程度とかなりの狭き門となっています。

私たちのチームは、映像から人の次のアクションを予測する「行動予測」のコンペ部門に2021年に初めて参加し、準優勝を獲得することができました。

――なぜ、「行動予測」でコンペに参加することにしたんですか?

田靡:ここ最近、世界的に人の「行動」に関する技術へのニーズが年々高まってきており、私たちでも「行動」に関連するサービスやソリューションをお客さまに提供する機会が増えてきました。ただその一方で、アカデミックな領域では世界でまだ実績を残せていないという思いもあって、世界最高峰の学会であるCVPRへチャレンジしたという次第です。

藤松:実は画像センシング領域では、「顔認証」技術で2017年に米国国立標準技術研究所(NIST)の顔認証ベンチマークテスト(FRVT2017)において世界最高水準という評価をいただいています。それに続く柱として、人の「行動」を認識する技術の一つである「行動予測」技術を育て、世界で戦っていきたいという思いもありました。

:「行動予測」が実用化されれば、たとえば製品組立工程での不良改善、ピッキング作業の効率化、店舗設計への応用から、介護現場での転倒防止や駅ホームの落下防止まで、さまざまな領域での活用が期待できますしね。


藤松健氏、田靡雅基氏、里雄二氏、竹中慎治氏

(左から)藤松健氏、田靡雅基氏、里雄二氏、竹中慎治氏


――メンバーの選定はどのようにされたんですか?

田靡:「人」や「行動」の領域に強く、リーダーシップを発揮して必ず最後までやり抜いてくれる人物として、真っ先に思い浮かんだのが里さんでした。里さんと長年一緒に仕事をしている竹中さんも外せないな、と。この2人が承諾してくれれば、あとはどうにかなるだろうという感じでしたね。

:田靡さんに声をかけていただいて、すぐ飛びつきました。純粋に新しい分野の研究・開発が好きでしたし、結果を残すことができれば、将来的な動作予測AI技術の開発につながり、パナソニック コネクトの事業領域でもあるパブリックや製造・物流・流通などの分野に適用できるのではという思いもありました。

いまは技術進化のスピードがものすごく早く、新しい技術を開発しても、生半可なものであればすぐに追いつかれてしまう時代です。ほかが真似できない、突き抜けた技術を自分たちでつくってみたいという技術者としての熱意から、チームリーダーを引き受けさせていただきました。

竹中:私はパナソニック システムネットワークス開発研究所(PSNRD)の金沢拠点に勤務しているのですが、もう10年以上里さんと一緒に仕事をさせてもらっています。今回、PSNRDのメンバーをまとめながら、具体的にどのようにプロジェクトを進めていくか里さんと一緒に考えていきました。

お話をいただいたときは、仕事としてコンペに参加できるなんて自分は恵まれていると思いましたね。ただ、もちろん片手間で勝ち抜けるコンペではないので、全力で挑もうとメンバーと話しました。

コンペは世界で戦う力を試す絶好の機会

――では、参加したコンペの概要を教えてください。

藤松:簡単に説明すると、課題映像の人物が次にどんな行動をするのかAIで予測し、その精度を競うというものでした。今回のテーマは「キッチン」で、たとえばシンクの前に立った人物が次に冷蔵庫を開けるのか、野菜を切るのか、ゴミを捨てるのか……などと、その行動を予測するわけです。

一番の核になるのは、やはりAIの精度ですね。どういうロジック(処理の手順)にすれば精度があがるのか、いかにベターなロジックを組めるかがカギでした。

――プロジェクトを進めるなかで、大変だったことはなんでしょうか。

:投稿締め切りまで時間もない中で成果を出さなければいけないのが、プレッシャーでしたね。映像内の行動を時系列的に解釈して、未来の行動を予測する基本技術をベースに、AIモデルが偏った学習をしないように抑制する独自の改善手法を試行錯誤したのですが、行動の「予測」は初めて取り組む技術分野だったこともあって、なかなか精度を出せず、苦労しました。

2021年の6月がコンペの投稿の締め切りで、1~2月の時点でまだほとんど成果が出ていない。あのときは、苦しかったですね。

田靡:そのころ、発破をかけたんですよ。行動予測を実現するには、画像から行動に関連する情報(特徴量)を抽出する技術、予測した結果(予測値)と実際に起きたこと(正解値)との差を評価する技術など、複数の技術を組み合わせる必要があります。この時は、メンバーそれぞれが自ら着眼した技術を持ち寄り、複数の技術を組み合わせて精度を改善しようとしている状況だったんです。なかなか成果が出ていないと聞いて、「じゃあ次の一手は?」と聞いたら、「各人が引き続き担当する技術を深堀します」というわけです。各自が持ち寄った技術の中には、行動予測への寄与度が高いものと低いものが混在しているはず。寄与度が高い技術を見極め、そこに人も時間もかけたい思いがあって「いやいや個別最適じゃない、全体最適をどう実現するかという視点で考えるべき」とけっこう厳しく指摘しました。

竹中:覚えています(笑)。その言葉がきっかけでチーム全体でディスカッションを重ねて、アイディア創出を続けた結果、課題は学習データセット自体の偏りにあるという意見が生まれ、前に進むことができました。やはり、チームで課題を共有して、ひとつの目標に向かって進むことが、新しいアイディアやイノベーションにつながることを実感しました。メンバーそれぞれの専門領域があるからこそ、これからもチームワークで技術開発をしていきたいです。


里雄二氏、竹中慎治氏

――結果的に、「CVPR2021」ではチーム一丸となって準優勝に輝いたわけですが、どんな点がこの結果につながったのだと考えていますか?

:通常、AIは事前に学習したデータから外れたシーンに出会うと予測精度を大きく下げてしまうのですが、学習データから外れた初めてのシーンに遭遇した場合でも、予測精度が下がりにくい処理を追究したことが、好結果につながったのだと思います。

藤松:最終的にテクニカルレポートとして、各チームがどういう手法をとって、どのくらいの精度だったのかが公開されるんですね。だから、中には途中でコンペを離脱する企業もありました。結果を出せなかったら、企業価値を下げてしまうことにもなりかねないですから。そうした重圧のなか、堂々と最後まで完走できたことは誇らしいですね。

チャレンジ精神を醸成できることもコンペ参加の魅力

――あらためて、コンペに参加することにどんな意義があるのか、皆さんのお考えを聞かせてください。

田靡:我々はあくまで企業の研究所の一員なので、事業として収益が見込める技術を開発することが第一義になります。しかし、コンペでは事業性はいったん捨て置いて、客観的な評価を得ながら純粋に技術を磨くことができます。それが、とても意義あることだと思いますし、そうしたチャレンジ精神を醸成できることもコンペ参加の魅力だと、このチームメンバーの成長を見て感じました。

藤松:私は客観的な指標で自分たちの立ち位置・技術力を知らせることができるのが大きいと思っています。フェイスブック(コンペ当時。現Meta)やエヌビディアといったグローバル企業と同じ土俵で戦っているということを対外的に示すことには、とても意義がある。パナソニック コネクトはAIのアカデミックの分野でも世界に挑戦している企業だということを、とくに業界を志望する優秀な学生さんに知っていただきたいですね。将来、この研究所で一緒に研究ができればと思います。

:AIの分野は本当に競争が激しくて、どんどん新しい技術が出てくるんですよね。ただ重要なのは、実際に使いこなせるかどうかです。コンペというオープンな場で新技術を他社と競い合い、鍛えることは、間違いなく実用化への近道になっていると思いますね。

竹中:技術開発における大切なポイントのひとつに、私は「モチベーション」があると思っています。高いモチベーションを持つ研究者たちが一致団結したときって、メンバーそれぞれが自分でどんどんいろんなことを調べて、試して、実装して……と自然に開発がはかどるんですね。今回、コンペでの経験を通じて、私自身も、PSNRDのメンバーも間違いなくさらにモチベーションが上がったので、参加して本当に良かったと思っています。


竹中慎治氏、里雄二氏、田靡雅基氏、藤松健氏

――では、最後に今後の目標について教えてください。

藤松:コンペという自由度の高い開発にチャレンジしたことで、組織全体の能力が上がったと感じています。世界で戦うことでまた新たに見えてきたものがあるので、それを今後の技術者人生に活かしていきたいと思います。

田靡:私は組織づくりの話になります。いまパナソニック コネクトは、「現場プロセスイノベーション」をビジョンに掲げて、人やモノが動くお客様の「現場」のお困りごとを解決することに力を入れています。生産性の向上はお困りごとの代表例ですが、持続的に生産性を高めるには、やはり「人」が生き生きしていなければいけないと思うんです。そして、そもそも自分たちの組織がちゃんと成果を出して、生き生きしていなければ、新たな「現場」を共創するお客様に対し説得力がありません。前向きにチャレンジを続けるマインドを醸成して、活力ある組織にしていくことが目標です。

:コンペリーダーを務めて、あらためて新しい技術にチャレンジする面白さを実感しました。テクニカルレポートなどを見ると、やはり発想が他社に負けていたとも感じたので、見習うべきところは貪欲に吸収して、次のチャレンジに活かしていきたいと思います。

竹中:次回のCVPRに参加した際には優勝を狙って頑張りたいと思います。私たち技術者の根底には、やはり「多くの人を喜ばせたい」という思いがあります。今回のコンペでは「キッチン」が題材でしたが、より汎用性を高めて、サプライチェーンや公共施設など幅広い「現場」に貢献できる技術として「行動予測」を育てていきたいですね。可能性は無限にひろがっているので、失敗を恐れず、どんどんチャレンジしていきます。ご期待ください。