「Made in KOBE」が紡ぐクラフトマンシップ!
日本メーカーとしての矜持を胸に、レッツノートが30年間守り、育んできた「日本のモノづくり」


レッツノートが30年間守り、育んできた「日本のモノづくり」のキービジュアル。左側はスーツの男性がオフィスでノートパソコン使用、右側は作業着の男性が工場で立っている。

日本の製造業の空洞化が深刻な問題となるなか、1996年の発売以来、国内自社開発・国内自社生産を続けているのがモバイルパソコン「レッツノート」だ。生産拠点は兵庫県にあるパナソニック コネクトの神戸工場。電子部品の実装から組立、検査、修理対応までを一貫して行い、高い品質と信頼・安心を担保するモノづくりに邁進している。

「お客様の仕事を止めない」という使命をまっとうするため、「Made in Japanの価値と誇り」を育んでいくため、パナソニック コネクトは一気通貫の完全国内生産にこだわり抜く。その背景にある想いをモバイルソリューションズ事業部 マネージングダイレクター・青木秀介さんと、モバイルソリューションズ事業部 神戸工場 工場長・遠藤 昇さんに聞いた。


メンバー紹介

青木 秀介

青木 秀介

パナソニック コネクト株式会社 ヴァイス・プレジデント(兼)モバイルソリューションズ事業部 マネージングダイレクター

松下電器産業(現パナソニック ホールディングス)入社。2025年4月パナソニック コネクト アソシエイト・ヴァイス・プレジデント(兼)パナソニック ヨーロッパ マネージングダイレクター。26年4月より現職。


遠藤 昇

遠藤 昇

パナソニック コネクト株式会社 モバイルソリューションズ事業部 神戸工場 工場長・シニアマネージャー

松下電器産業(現パナソニック ホールディングス)に入社し、福島工場に配属される。2018年より中国華録・松下電子信息有限公司に出向。2022年パナソニック コネクト モノづくりイノベーション本部にて国内拠点支援に従事。2023年パナソニック コネクト モバイルソリューションズ事業部 神戸工場に着任し、2024年に工場長に就任。

レッツノートで証明してきた、ビジネスとして成立する国内一気通貫のモノづくり。
〜モバイルソリューションズ事業部 マネージングダイレクター・青木秀介〜

― コスト低減を目的に海外での生産に移行するメーカーが多いなか、レッツノートの初号機が1996年に誕生して以来、神戸工場での一貫生産を続けている理由を教えてください。

青木:総合的な品質に対する徹底的なこだわりが一番の理由です。私自身、長く海外での業務にあたってきましたが、グローバルの視点から日本市場をとらえたとき、改めて「日本のお客様は細やかな品質を大事にされている」という点が、際立って印象的でした。レッツノートの主要マーケットは日本。つまり日本のお客様のご期待に応えていくためにも、神戸工場で総合的に品質を磨き続けていくことが我々にとっての「正解」であったのです。

この品質を担保するのは、設計・開発チームと生産を担う神戸工場の密な連携になります。実は生産工程における品質問題の要因の5割以上が、設計・開発によるものなんですね。レッツノートの設計・開発チームは大阪・京橋にオフィスを構えているため、神戸工場にも車で約1時間でアクセスできる。この物理的な距離の近さがコミュニケーションの頻度や合意形成にポジティブな影響をもたらし、確かな品質に結びついています。 加えて日々の「カイゼン」を愚直に続けてくれる、神戸工場の従業員の存在も欠かせません。皆さん一人ひとりの専門性や経験値が、レッツノートの品質向上に寄与していることはまごうことなき事実です。

※現場の作業員の知恵と工夫によって「ムリ・ムラ・ムダ」を省き、品質・安全・生産性を継続的に高めていく活動のこと


スーツ姿の青木氏がオフィスで椅子に座っている様子

― 日本の製造業の空洞化が進みつつあることへの危機感、課題感をどのようにとらえていますか?

青木:危機感、課題感は非常に感じていますね。まずひとつは雇用に与える影響です。製造業が元気なときはグローバルで存在感を示し、日本経済を牽引してきました国際競争力を高めるべくコスト削減を推進し、人件費の安い海外へ生産拠点を移転した結果、いわゆる「産業の空洞化」が深刻な問題となりました。この空洞化がもたらした本質的な課題は大きく2つあると考えています。
1つは、国内での雇用機会が奪われ、工場を軸に成り立っていた地域経済が深刻なダメージを受けたこと。 そしてもう1つは、現場を失うことで日本の強みであった高度なモノづくりの「技術継承」が途絶えてしまったことです。
この「地域雇用の衰退」と「技術の断絶」という二重の痛手が、日本経済全体の体力を奪う要因となっています。

今後ますますAI関連の投資が増え、社会のさまざまな場面でAIが導入されていくでしょう。しかしどこまでいっても人間とAIのインターフェイスとなるプロダクトは必ず存在する。よってAIの価値が高まれば高まるほど、プロダクトの価値も相対的に高まると予測できます。そうなった際、空洞化により日本のモノづくりが衰退していたとしたら、そこから立て直すことは非常に困難であるはず。
我々は常にこのような危機感を抱いているからこそ「Made in KOBE」のモノづくりにこだわっていますし、付加価値の創出を追求しています。ゆえにAI全盛の時代が訪れたとしても、我々のモノづくりはより真価を発揮していくと確信しているんですよ。パナソニック コネクトおよびレッツノートが「グローバル・オンリーワン」で在り続けることの意義と、日本経済へもたらす影響力は大きいと考えています。


パナソニックの神戸工場の外観

― レッツノートは2026年で30周年を迎えました。部品、生産、物流、消費といった日本のサプライチェーンにおいて、レッツノートが牽引してきたものは何であるとお考えですか?

青木:日本が抱える産業の空洞化問題は「サプライチェーンのエンドツーエンドを国内で完結させることは、ビジネスを行ううえで難しい」と、各企業がギブアップしてきたから起こったともいえると思うんですね。ですが、レッツノートはそれを「ビジネスとして成立できる」と証明した。その功績は決して小さくないと自負しています。

― 30年間にわたり、レッツノートがビジネスパーソンの方々に貢献してきたことに対するお考えをお聞かせください。

青木:パソコンが大きく、重く、机上で使われるのが当たり前だった時代、モバイルパソコンの先駆けとして誕生したのがレッツノートです。レッツノートはデスクに縛られていたパソコンの「持ち運び」を可能にし、出張や外回りの多いビジネスパーソンの方々の働き方をサポートしてきました。時代に応じて変化するワークスタイルに呼応するかたちで機能・性能をアップデートしてこれたのは、30年間にわたり神戸工場でモノづくりを行なってきたからこそなのかもしれません。


スーツを着た男性が黒いバッグにレッツノートを入れている。
新幹線の車内でレッツノートを使う男性。

レッツノートは経済安全保障上のリスクが高まる昨今においても、お客様に安心をご提供できるモバイルパソコンです。さらにAIの普及により社会が一変し、パラダイムシフトが到来したとしても、レッツノートはまた新たな役割をもって新時代の働き方をご支援できる可能性を有している。むしろ、そうなっていかなければなりません。そのためにも長時間駆動、ネットワークの接続性、本体や液晶パネルの頑丈性といったあらゆる側面で、我々の強みである「高い品質」を磨き続けていきたいと考えています。

― 青木さんにとってレッツノートの魅力とは何ですか?

青木:もちろん、すべてです。打ちやすく打鍵感のあるキーボードのキーストローク、約1kgという軽さともち運びのしやすさ、オンライン会議をしてもバッテリーが切れる心配のない長時間駆動など、あらゆるビジネスシーンにおいて圧倒的に使いやすい。一人のユーザーとして絶対的に信頼できるモバイルパソコンだと感じています。

― レッツノートの生産現場となる神戸工場は、一般的な工場のイメージを覆すほどキレイで整頓されていますね。

青木:プロダクトをつくる環境がキレイに整えられているか否かは、かなりの確率で品質に直結しているんですね。仰っていただいたように神戸工場は非常にキレイですし、常に整理整頓されています。加えて電子部品の実装から組立まで、一つひとつの工程で多面的かつ細かに品質チェックをしていますし、組み立てたパソコンすべては人と機械の両方で入念に検査を実施。これらもレッツノートの品質の高さを裏付ける要素のひとつでしょう。神戸工場の従業員らのモノづくりにかける熱意と行動力にも、いつも感銘を受けています。


工場の製造ラインで作業する男性。

― 2026年8月1日には23回目となる「手づくりレッツノート工房」(以下、レッツノート工房)が神戸工場で開催されました。このイベントは小・中・高校生らがレッツノートの組み立てや神戸工場の見学を行い、それを通じてモノづくりの魅力に触れてもらうといった内容になっています。初開催は2002年とのことですが、20年以上続けてきたレッツノート工房にかける想いとは?

青木:レッツノート工房はモバイルソリューションズ事業部が総力を挙げて実施する、大事なイベントであると位置付けています。パナソニック コネクトの大義としても重要なCSR活動のひとつであり、神戸工場で生産を続ける意義や日本経済への影響を伝えていく――。
事業責任者としてそうした高尚な意義を語りたくなりますが、実はそれすら後付けに思えてしまうほど、何より現場の運営スタッフである従業員自身が心から楽しみ、生き生きと取り組んでいるんです。 レッツノートを長年ご愛用いただいている親御様や、モノづくりに目を輝かせるお子様といったファンのお客様と直接触れ合える、かけがえのない場になっていますから。
私自身、レッツノート工房の理事長として初めて参加しました。お子様たちが何かに夢中になって取り組む姿と、それを支える神戸工場メンバーのモノづくりへの情熱が交わる、そんな瞬間が積み重なる、本当に素晴らしいイベントなのだと、改めて実感しました。


子供がレッツノートの部品の組み立てを大人と一緒に学ぶ。

工場で働くこと、モノづくりに携わること、それらを職業とされる方々はとても輝いて見えますし、とにかくカッコいいんですよ。こうした仕事にもっともっとスポットライトが当たる時代は確実に訪れる。だからこそ次世代を担う若い方々に神戸工場でモノづくりに触れていただくことは、大きな意味があると考えています。そしてその方々が大人になったとき、レッツノート工房での出来事が職業を選択するうえでの何かしらの契機となっていたら、これに勝る喜びはありません。


パナソニックの神戸工場の前で大勢の人々が青い旗を持ち、集合している。

より品質を安定させ、より効率的に、神戸工場は進化を続けていく。
〜モバイルソリューションズ事業部 神戸工場 工場長・遠藤 昇〜

― 今回のレッツノート工房も大盛況のうちに幕を下ろしました。開催場所となる神戸工場にとって、レッツノート工房はどのようなイベントになっていますか?

遠藤:工場で働いていると、お客様と直接触れ合える機会はほとんどありません。ですので、レッツノート工房はレッツノートファンの方々と交流できる唯一の機会。「お客様とのタッチポイントを創出する」「レッツノートファンを増やしていく」といった企業イベントとしての目的も当然ありまして、神戸工場の従業員にとって、多様な体験ができる貴重な場となっています。
レッツノート工房の企画・制作・運営といった通常業務とは異なる仕事、希望した若手従業員で構成される運営スタッフの人材育成、お客様との触れ合いを通じて生まれる達成感など、従業員満足度(ES)の向上にも寄与している実感がありますね。


明るい部屋の中で男性が椅子に座り、微笑んでいる。

― レッツノート工房では運営スタッフの皆さんのイキイキとした表情も印象的でした。ES向上につながる神戸工場ならではの取り組みはほかにもありますか?

遠藤:私が工場長になってから、全社員参加型ミーティング「オールハンズミーティング」を毎月実施しています。パナソニック コネクト全体としても四半期に一度、オールハンズミーティングを開催していますが、これは神戸工場単独で行っているもの。レッツノート部門、決済端末部門、修理部門など、神戸工場内の各チームがその月の実績、現状、予定している取り組みなど、従業員たちの前でオープンに話していく。毎回アンケートを取り、翌月のオールハンズミーティングで各コメントに対する回答をしています。神戸工場がいま置かれている状況を正しく伝えることも工場長の役目ですので。神戸工場におけるEOS(従業員意識調査)の指標も年々、上がっていますよ。


室内でプレゼンテーションを受ける人々。スクリーンにはカラフルなスライドが表示。

― 神戸工場ならではの仕事の醍醐味は何でしょうか?

遠藤:以前、所属していた福島工場でも感じたことですが、工場は団結力が非常に強いんですね。とくに何かしらのトラブルが発生した際、従業員たちの団結力はフルに発揮されます。なぜかというと「納期までにきちんと出荷する」という使命感を全員が共有しているからでしょう。トラブルに対処すべく、力を合わせて尽力する従業員の皆さんの姿にいつも感服しています。

― 工場長として心がけていることはありますか?

遠藤:風通しのよい職場にすることですね。要は役職を問わず、何でも相談でき、どんなことも気軽に質問できる関係性の職場です。そのため私のところにも気兼ねなく話にきてほしいと、従業員たちに伝えているんですよ。風通しがよくなれば、職場の雰囲気も明るくなる。すると「ここが大変です」といった声も上げやすくなりますので、実際、解決に結びつくスピードも早くなっているなと感じています。

― もともと神戸工場は1990年6月に松下電器産業のワープロ工場として竣工、操業を開始しました。当時から現在にいたるまで、神戸工場の変遷について教えてください。

遠藤:神戸工場でパソコンの生産をスタートしたのは操業の翌年の1991年。それまで大阪・守口工場で行っていたパソコン生産を移管したかたちで、レッツノートは初号機から神戸工場で生産を続けています。1995年には阪神・淡路大震災に見舞われるも、6日後には工場を再稼働させ、リーマンショックやコロナ禍の影響も乗り越えてきました。
神戸工場ができた頃は大量生産の真っ只なかでしたので、当時の生産方式はコンベア生産。1990年代後半からセル生産を始め、多品種・変量生産に適した体制により、お客様の多様なご要望にも柔軟に対応してきました。自動化設備、検査ロボットを導入するなど時代に応じたアップデートを繰り返しながら、生産現場の「カイゼン」を積み上げています。


製造工場の生産ラインにある電子基板。

― 近年、神戸工場で取り組んでいるモノづくり改善にはどのようなものがありますか?

遠藤:主な改善の目的は生産性の向上になります。しかしどうしても現場だけで改善できることには限りがある。そこで2023年頃から、商品そのものを生産しやすい設計に変えていく方針へ徐々にシフトするようになりました。
大きな「カイゼン」の転機になったのは、新製品開発における生産性向上の取り組みです。予定されていた新製品で新たに打ち出されるコンセプトは「互換性」。サイズ違いの複数機種で、ハードウェアからファームウェアまで完全な互換性を実現することで、複数機種を同時に採用した際の導入・運用コストを大幅に削減するというものでした。
この全く新しい商品性と更なる生産効率の向上とを両立させるために、設計部門と工場が一体となって製品仕様と工程を見直す取り組みを推進しました。工程や工数を抜本的に見直す中で、ロボット導入など、新たな自動化にも挑戦しました。


サイズ違いの複数機種で、ハードウェアからファームウェアまで完全な互換性を実現。

― 最新モデル「SC」「FC」で商品性が変わったことで、モノづくりの現場ではどのような変化が起こりましたか?

遠藤:ええ。これまでのレッツノートは同じ機種であっても、12インチと14インチそれぞれで設計が異なっていたため、生産ラインも別々にせざるを得ませんでした。ですが「SC」、「FC」から、12インチと14インチの構成部品と設計は同様の仕様になっています。それによりひとつの生産ラインに12インチと14インチの両方を流すことができ、どちらかのサイズが増産になってもラインを増やさずに対応できるようになったのです。
神戸工場としても長年の経験と知識の蓄積によるアイデアがありましたので、「SC」と「FC」の開発に入るタイミングで設計・開発チームに「一緒に設計から関わっていきたい」と相談。設計・開発チームも前向きに受け止めてくれ、双方にとってベストなかたちで進んでいきました。

― なるほど。神戸工場と設計・開発チームとの密な連携によって実現できたのですね。

遠藤:もちろんこれまでもしっかり連携は取れていましたので、「SC」、「FC」からより連携が強化された、といったイメージですね。そのおかげで量産スタート直後から安定した状態で立ち上がり、連携する利点を一段と感じました。神戸工場の従業員も「自分たちの提案が具現化され、商品に反映された」という成功体験が得られ、仕事への意欲がますます湧いているようです。

― 神戸工場でレッツノートの一貫生産を行うメリットはどこにあるとお考えですか?

遠藤:やはり品質保証でしょう。万が一、不具合が発生したとしても、すべての工程を神戸工場で行っているため、原因の発見も対処もすぐにできます。また、ご注文に対するフレキシブルな変化対応力も神戸工場の自慢のひとつです。
日本の製造業の空洞化が叫ばれるなか、一気通貫のモノづくりは神戸工場とレッツノートの何よりの強みであり、大きな価値でもある。パソコンを生産し続けてきた工場だからこそ培ってこられた品質へのこだわりは、どこにも負けない自信があります。


品質チェック中のレッツノートの列。

― 遠藤さんが工場長として従業員の皆さんに発信しているスローガンはありますか?

遠藤:「神戸工場で働く者としてのプライドをもって仕事に臨みましょう」という想いを込めて、「KOBE PRIDE」を運営方針に掲げています。私が工場長になって3年目となる2026年度は、ここに「プロフェッショナル」というサブテーマを付けました。神戸工場の従業員は皆がモノづくりのプロ。「自分は何のプロフェッショナルか」と、自身に問いかけ、その自覚をもって仕事に励んでほしいと考えたのです。


作業服を着た人物が工場で機器を組み立てている。

― 神戸工場がこれから目指す姿とは?

遠藤:さらに品質のバラつきをなくし、さらに効率的な生産体制へ整えていく。進化を止めた時点で工場は衰退していきますので、これらの追求こそいまの神戸工場がやるべきことだと考えています。
そしてその先にあるのは、神戸工場のスマートファクトリー化です。近い将来、神戸工場はデジタル機器に慣れ親しんで育った若い世代が、より活躍できる環境になっているでしょう。次の時代の神戸工場を支えていくのは我々ではなく若い世代の皆さん。いままで学んできた知識を存分に発揮してくれることを期待しています。 だからといって若い世代にすべてを丸投げするつもりはありません。モノづくりの在り方が変わっても、高い品質を維持するために必要なことの本質は変わらない。モノづくりの根っことなる考えは、責任をもって継承していきます。