【経済学者・井上智洋氏インタビュー】自動化された「純粋機械化経済」における、サプライチェーンと人のあり方とは?

【経済学者・井上智洋氏インタビュー】自動化された「純粋機械化経済」における、サプライチェーンと人のあり方とは?

AIの進化は、人間の働き方のみならず、経済的な価値を生み出す生産構造を根本から変えつつある。いったい、どのような未来に行きつくのか。AI時代に求められる人間の役割とは何か。AI時代の到来を多角的な視点から分析した『純粋機械化経済』(日本経済新聞出版社)の著者で、気鋭の経済学者である井上智洋氏に「AI時代のサプライチェーン」をテーマにお話をうかがった。

井上 智洋(いのうえ ともひろ)

経済学者

駒澤大学経済学部准教授、早稲田大学非常勤講師、慶應義塾大学SFC研究所上席研究員。博士(経済学)。2011年に早稲田大学大学院経済学研究科で博士号を取得。早稲田大学政治経済学部助教、駒澤大学経済学部講師を経て、2017年より同大学准教授。専門はマクロ経済学。特に、経済成長理論、貨幣経済理論について研究している。最近は人工知能が経済に与える影響について論じることも多い。著書に『純粋機械化経済』(日本経済新聞出版社)、『「現金給付」の経済学』(NHK出版新書)、『人工知能と経済の未来』(文春新書)、『AI時代の新・ベーシックインカム論』(光文社新書)、『MMT』(講談社選書メチエ)など。

AIが進化すると人の仕事は「クリエイティビティ」「マネジメント」「ホスピタリティ」に集約される

――先生が2019年に上梓された『純粋機械化経済』は、技術、歴史、経済、哲学などのさまざまな視点からAI時代の到来を予測する大著として話題となりました。あらためて、この「純粋機械化経済」 がどういうものなのか教えてください。

井上:AIやロボットがあらゆる産業に浸透し、直接的な生産活動のほとんどを機械が担う経済のことです。ご存じのように、近年のAI・ロボットの進歩には目覚ましいものがあります。たとえば日本のある工場では、無人に近い環境でロボットがロボットをつくっているというSF的な光景が広がり、ほぼ完全にオートメーション化されている。また小売店でも、キャッシュレス決済やセルフレジの導入による省人型店舗が増えてきました。

こうした自動化・省人化へと向かう流れは、今後、製造業や小売のみならず、農業、金融、物流、飲食、医療、サービス業……など、ありとあらゆる産業で加速していくはずです。そして究極的には、直接的な生産活動の大部分をAIやロボットが担うようになります。いわば、「純粋に機械化された経済」がやってくる。これを指して、私は「純粋機械化経済」と名付けました。

――夢のような社会ですが、人間の雇用がAIやロボットに奪われていくということでもありますか。

井上:そうなると思います。「技術的失業」については、2013年にオックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン博士が発表した「雇用の未来」という論文が世界に衝撃を与えました。その内容は、「今後10~20年のうちに米国の労働人口の47%が機械に仕事を奪われる」というものです。この論文には様々な批判がなされてきましたが、実際のところ、すでに米国ではコールセンターのスタッフや経理担当者の数が著しく減ってきています。

コンピューター化の可能性

井上:もちろん日本でも、技術的失業は増えつつあります。たとえば、みずほ銀行は、2017年に「AIやロボット技術による業務の自動化を進め、2026年末までに全従業員の3割にあたる1万9000人を削減する」と発表しました。「金融」のような数値データを扱う業種は、とくにITやAIに置き換わられやすいです。

AIが人間の雇用の奪うことは間違いありません。しかし私は、「クリエイティビティ」「マネジメント」「ホスピタリティ」に関連する仕事については、比較的人間の仕事として残りやすいと思っています。

――「クリエイティビティ」というと、作家や芸術家といったごく限られた一部の職業ということでしょうか。

井上:もちろん、そうした職業が筆頭に挙げられますが、一般企業でもクリエイティビティを発揮する仕事は多くあります。たとえば、「新しいビジネスモデルの構築」「新商品の企画」「独自技術の研究開発」は、閃きや想像力など、まさにクリエイティビティがなければできない仕事です。

「マネジメント」もAIでの代替は難しい。たとえば、倉庫内の搬送やピッキングといった作業が自動化できたとしても、その工程をモニタリングして管理するのは人間の仕事として残されるでしょう。そして「ホスピタリティ」は人間のほうが圧倒的に優れている能力で、サービス業だけでなく、交渉事や営業活動などで、まだまだ人の力が求められると思います。

シャツメーカーであれば、「シャツの製造」そのものは、どんどんAIやロボットを導入して自動化していくでしょう。一方、人間は「シャツのデザイン」(クリエイティビティ)、「工場の工程管理」(マネジメント)、「販路拡大ための交渉」(ホスピタリティ)といった仕事を担当する。AIの力を借りて人間が得意な仕事に専念するのが、AI時代のめざすべき生産構造です。

純粋機械化経済の生産構造(人の役割)
(『純粋機械化経済』より、井上智洋氏作成の図を元に編集部にて作図)

井上:そして、機械はいくら働いても疲れないし、賃金も必要としない。メンテナンスは必要ですが、半永久的に生産活動が可能です。労働人口が減少の一途をたどる日本でも、AI・ロボットに生産活動の大部分を担わせることで、爆発的な経済成長も期待できます。

各国で起きようとしている「第四次産業革命」

――では、「純粋機械化経済」への移行は、どのようにして起こるのでしょうか?

井上:以前は、人間のようにあらゆる局面で思考し振る舞うことのできる「汎用AI」が発明されることで、現在の「機械化経済」から一気に「純粋機械化経済」に移行すると考えていました。

しかし、汎用AIの研究はそれほど進んでいるようには思えないです。しばらくは特定の領域で活躍する「特化型AI」が、生産活動の自動化を担うことになりそうです。そうなると、業種ごとに「純粋機械化」が進むことになると思います。製造業でも当然進行中です。

「AI」「ビッグデータ」「IoT」という3つの技術を基盤として、引き起こされつつある生産活動の劇的な変化を「第四次産業革命」といいます。ちなみに、「第一次産業革命」は1800年頃に蒸気機関の発明によって、「第二次」は1900年ごろに内燃機関の登場によってもたらされました。「IT革命」ともいわれる「第三次産業革命」は「Windows95」が登場した1995年を起点としており、現在も進行中です。

ドイツで進められている「インダストリー4.0」は、製造業に第四次産業革命をもたらそうという国家プロジェクトで、その中核には機械が自ら学習して生産工程を効率化する「スマートファクトリー」のコンセプトが据えられています。

「スマートファクトリー」は、まさに「工場の純粋機械化」です。ネットワークに接続された機械と機械が情報を交換しながら協調して、自律的に稼働する。人手は限りなく不要になる一方で、生産性は飛躍的に向上します。

同様の取り組みとして、アメリカでは世界最大の電気機器メーカー「ゼネラル・エレクトリック社」が主導する「インダストリアルインターネット」が、中国では段階的に「製造強国」をめざす「中国製造2025」が進められており、各国が第四次産業革命を起こそうと躍起になっているという状況です。製造業の「純粋機械化」は、もう間もなく起こるかもしれません。

――物流はどうでしょうか?

井上:物流では、倉庫内の搬送用のロボットは普及しつつありますが、運送の自動化に関してはまだ時間がかかりそうです。

日本政府は「2030年の物流完全無人化」を目標に、「トラックの後続車無人隊列走行」などの実験を進めていますが、そうした無人運送に必要な技術が出そろうのが、2030年ぐらいになるのではないかと私は見ています。そこから普及するまで15年はかかる。物流がほぼ完全無人化されるのは、2045年ぐらいではないでしょうか。

物流の無人化
GettyImages

――技術が完成してから普及するまで、かなりの年月がかかるんですね。

井上:日本は新しい技術が導入されるまでとくに時間がかかる国です。たとえば、セルフレジの導入も欧米と比べて遅かったですよね。その理由はコストが掛かるというほかに、「よくわからない」「導入しても消費者が使わない」などが多い。

でも、導入して一度使ってみれば、経営者も消費者もすぐ慣れるはずです。最初の一歩を踏み出せないがために、技術が普及しないのはもったいないことですよね。いっそのこと「すべてセルフレジにする」などと、大胆な決断もしてみてもいいと思います。技術開発だけでなく、いかにすみやかに普及できるかが、「純粋機械化経済」への移行のカギになります。

AI時代に必要なのは「感性」よりも「思考力」

――あらためて、純粋機械化経済を日本がめざす意味を教えてください。

井上:「純粋機械化経済」が人類にとって幸福なことなのか、不幸なことなのか、じつは私にはまだわかりません。しかし、「第四次産業革命」に乗り遅れれば、日本は相当に悲惨なことになるという予見はできます。

AI時代の覇権国家はおそらく中国になるだろうと私は踏んでいます。その次がアメリカ、そしてインドと続くでしょう。日本が第四次産業革命に乗り遅れ、技術力、経済力の面であまりにも中国やアメリカと差がついてしまうと、自動車や家、ロボットなどを提供する中国資本やアメリカ資本の企業が、日本で莫大な収益を生み出し続けるようになるかもしれません。それどころか、ロボットが働く無人工場を所有する中国資本やアメリカ資本の企業から、商品やサービスを買い続けなければいけなくなってしまう可能性もあります。

また、日本は地政学的な要因から、今後も中国と張り合っていかないといけません。中国が覇権国家になったら、安全保障上の脅威は今と比較にならないくらいになります。

それに、日本が国際的な発言力や存在感を保ち続けるためには、日本全体でAIやロボットの導入をどんどん進めて、ある程度の経済力をつけていく必要があると思います。と同時に、雇用がなくなっても、人々がちゃんと豊かに安心して暮らしできるような政治的な仕組みも、セットで考えていかなければならないと考えています。

――2021年5月に上梓された『「現金給付」の経済学』(NHK出版)では、人々が豊かに暮らすための社会制度として、「ベーシックインカム」の導入を提案しています。

井上:はい。昔の日本は、景気対策といえば公共事業に政府支出してきました。これを「オールドケインジアン」(古いケインズ主義)と呼ぶのであれば、最近は「ニューケインジアン」(新しいケインズ主義)のスタンスが主流になっています。ニューケインジアンでは金融政策が中心になっていますが、これは金融市場にお金が出回るだけで、一般的な労働者・消費者がお金をもらえるわけではりません。直接、各家庭に現金を給付し、需要を喚起したほうが景気対策として優れていると思います。それを私は「第三のケインズ主義」と呼んでいます。

また、今回のコロナ禍では、収入が途絶え、生活に困窮する方がたくさん出ました。緊急性が高い事態なので、すみやかに生活に十分なお金を各家庭に直接配ることが大切だったと思います。しかし、実際に行われたのは、全国民に一律10万円の一度だけです。十分とはいえません。

コロナ不況から脱却し、AI時代の貧困・格差をなくすためには、私は政府が積極的にお金をばら撒く必要があると考えています。そして、純粋機械化経済へ移行し、多くの人が仕事を失ったとしても、ベーシックインカムがあれば、必要最低限の生活が守られるのです。

img_article_21092901_04_
『「現金給付」の経済学 反緊縮で日本はよみがえる』 (NHK出版新書)

――企業はAI時代をどのように生き残ればいいのでしょうか。

井上:「AIによる合理化」と「ホスピタリティ」のメリハリをつけることが大切だと思います。

菅政権の経済政策ブレーンの1人である金融アナリストのデービッド・アトキンソンさんは、かつて「日本のホテルは、富裕層が泊まれる部屋が少ない。サービスがよければ、世界には一泊100万円出しても宿泊するセレブがたくさんいるのに、もったいない」というような主旨の発言をしていました。

たしかに日本は、価格競争ばかりに目を向けて、富裕層向けの高価格帯で勝負するサービスや商品が少ないように感じます。合理化をすすめる一方で、「ホスピタリティ」などを生かした、高付加価値のサービスも検討していくのがいいのではないでしょうか。

――純粋機械化された社会で人間が活躍するためには、どんな能力が必要でしょうか?

井上:「悟性」、つまり「思考力」ですね。よく「感性」と答える方が多いのですが、じつは絵を描くとか、音楽をつくるとか、過去の作品データなどに基づいて、人間の感性を真似ることをAIは得意としています。ですから感性よりも、不測の事態にも対応できる判断力や思考力を磨くことが、これからは大切だと思います。

たとえば、「人権」や「差別」というものに関して、AIはまだ理解できません。キーワードを入力すれば、自動的にキャッチコピーを考えてくれるAIがすでにありますが、AIは自分でつくったキャッチコピーが、差別や人権侵害にあたるものなのかどうかわからないのです。世の中に出していいものなのかダメなものか、最終的に人間が判断するしかありません。

本格的なAI時代の到来によって、これまでビジネスにはあまり役立たないと思われていた人文科学系の知識が、逆に重要性を増してくると思います。たとえばジェンダー論などですね。LGBTQの人達に配慮することは、いまやビジネスでも当然だからです。

理系の出身の人は、そうした人文科学の領域もできるだけ学んだほうがいいと思います。反対に文系の出身の方でも、簡単なプログラミングができるくらいのITの知識を身に着けたほうがいい。そのほうがこれからの時代、人にしかできない仕事において活躍の場が広がるのではないでしょうか。

――最後に、時代の転換期を生きる若い方に向けてメッセージをお願いします。

井上:「頭脳資本主義」ともいえる時代がこれからやってくるでしょう。労働者の人数は問題ではなく、頭脳のレベルが一国のGDPや企業の利益を決定づけるような世の中になります。ITベンチャーなどが、頭脳を駆使して莫大なお金を稼いでいる一方で、社会的に必要とされながらも低賃金が問題となっている職業はたくさんあります。

普通の人が普通に働いて、平均的な給料をもらえる時代が終わりを迎えつつあります。自身の目指す仕事の需要がいつまであるのか、頭脳を生かして働くにはどうすればいいのか、若い人はキャリアプランをしっかり練ったうえで、社会に飛び出してほしいと思います。

そんな時代に必要な経済政策として、ベーシックインカムにも、興味を持っていただけるとうれしいです。