エンド・ツー・エンドのデジタル化をいかに達成するか?――中国製造現場の企業間連携

エンド・ツー・エンドのデジタル化をいかに達成するか?――中国製造現場の企業間連携
文:高口康太

製造業の自動化、デジタル化をいかに進めるか。いわゆるインダストリー4.0に代表される製造現場の改革が世界的に進められ、働く環境としての工場も変化しつづけている。その取り組みが進むなかで課題として浮かびあがってきたのが、企業の垣根を越えてのエンド・ツー・エンドのデジタル化をいかに達成するか、だ。その実例として、本稿では主に中国EC(電子商取引)大手アリババグループの取り組みを紹介する。

変貌する中国の製造現場

2019年末、私は広東省東莞市にある中国スマートフォンメーカー大手OPPO(オッポ)の工場を訪問したが、緑豊かな敷地に驚かされた。工場内もきっちりと管理され、清潔さが保たれている。中国の大手IT企業は米国のシリコンバレー風のカジュアルなオフィスデザインを採用していることが多いが、工業地域である東莞市でもこれほどとは。

OPPO工場内の様子(筆者撮影)
OPPO工場内の様子。整然として管理も行き届いている(筆者撮影)

今や世界5位のスマートフォンメーカー(カウンターポイント・テクノロジー・マーケット・リサーチ調べ)であるOPPOだけに驚くのは失礼だったかもしれない。とはいえ、2010年にはiPhone製造を受託するEMS(電子機器受託製造)最大手フォックスコンの深圳工場で飛び降り自殺が相次ぎ、劣悪な環境が問題視されたこともある。十年一昔とは言うが、「世界の工場」中国の労働環境が大きく変化したことを実感させられた。

印象的だったのは環境だけではない。労働者の姿もそうだ。オシャレな従業員食堂や緑あふれる敷地には今風の若者たちが闊歩していたが、過半数は男性だった。実は、中国の電子機器組み立て工場を訪問すると、ラインで働く労働者の多くは女性が占める。電子機器組み立てに必要な、手先の器用な人材を集めた結果だとか。では、なぜOPPOでは男性労働者のほうが多いのだろうか?

OPPO工場敷地内の様子(筆者撮影)
OPPO工場敷地内の様子。緑あふれる労働環境を提供している(筆者撮影)

案内をしてくれた担当者に聞くと、OPPOでは産業用ロボットなどの導入によって自動化が進むなかで、機械の操作や整備など別の能力が求められるようになったためだという。製造現場の改革によって、そこで働く労働者に求められるスキルが変化しているというわけだ。

こうした製造現場の改革には多くの中国企業が取り組んでいる。今年8月、スマートフォンメーカー大手のシャオミは新工場を発表した。6億元(約96億円)を投じて、製造ラインの無人化を達成したため、工場内には明かりを付ける必要がなく、真っ暗闇のなかで製造機器が稼働する「ダークファクトリー」だという。

もちろん、すべての製造現場でこうした先駆的な取り組みが行われているわけではない。中小企業では昔ながらの単純労働力の数に頼った現場も多いが、人件費の高騰と安価な産業用ロボットの普及もあり、変化は広がりつつある。

中国で加速する「工業インターネット」

昨年、ある中国のIoT(モノのインターネット)ベンダーの担当者に話を聞く機会があったが、日本の製造現場向けの産業用IoT機器への参入に強い意欲を示していた。その狙いについてたずねると、「中国の工場と比べると、日本の工場のほうが自動化などの取り組みは進んでいる。日本での受注を重ねてノウハウを蓄積できれば、今後爆発的に需要が伸びる中国市場でシェアを獲得する武器になる」と話していた。

gettyimages
gettyimages

実際、中国の工業インターネット導入は急加速するきざしをみせている。中国政府は新型コロナウイルスに対する経済対策として、「新インフラ」という方針を打ち出した。道路や鉄道といった旧来型のインフラ建設ではなく、5G通信ネットワークやEV(電気自動車)用充電ステーション、データセンターなどの新たなインフラに重点的に投資する構想だ。

その新インフラの1つとして挙げられているのが工業インターネットである。デジタル化、自動化による製造業の改革としてはドイツのインダストリー4.0、米国のインダストリアル・インターネット、そして日本のSociety5.0など各国で取り組みが進むが、中国では工業インターネットという名称が使われている。

2018年には工業情報化部による産業政策に当たる「工業インターネットプラットフォーム建設・普及ガイド」が公布され、2020年までに、10社程度の有力企業を育成するとの目標が掲げられた。米GEや独シーメンス、日本のパナソニックのような、製造企業の改革を支援するベンダーを中国でも育成していく構えを示している。

アリババの新たな取り組み、プラットフォーマー主導の製造改革

製造現場の改革を進めるうえで、大きな課題となるのがいかにしてサプライヤーから顧客までをつなぐエンド・ツー・エンドのデジタル化を実現するかだ。とりわけ問題となるのが企業間の連携となる。ある企業が先駆的な取り組みを実施したとしても、取引先にまでそのシステムを導入してもらうことは容易ではない。

社内の管理や製造現場でのデジタル化、自動化は進んだのに、取引先とのやりとりはメールと電話から変化なしというのは、笑い話のようで笑えない大問題というわけだ。これは中国のみならず世界全体の課題だが、ここにきて中国でおもしろい動きが出ている。アリババグループが2020年9月16日に発表した、デジタルアパレル工場「迅犀(シュンシー)デジタル工場」だ。

迅犀(シュンシー)デジタル工場
迅犀(シュンシー)デジタル工場(提供:アリババグループ)

アリババグループといえば、小売産業の変革に取り組む「新小売(ニューリテール)」戦略で有名だが、実をいうと、その新小売は2016年に提唱された「五新」(新小売、新製造、新金融、新技術、新エネルギー)の1つでしかない。ついに「新製造(ニューマニュファクチャー)」が秘密のベールを脱いだのだ。

この迅犀デジタル工場は注文を受けてから製造することで、小売りの「ゼロ在庫」を実現するという。そして、たった1点からでも受注する超低ロット製造の実現を目指す。アリババグループのショッピングモール「淘宝」(タオバオ)では2010年頃からタオブランドと呼ばれる新興ブランドが登場している。日本でいうD2C(ダイレクト トゥー コンシューマー、ネット専売の新興企業)のさきがけというべき存在で、インフルエンサーや若いデザイナーがブランドを立ち上げ、小ロットで商品をネット販売し人気のある商品だけ速やかに追加量産するという機動的な製造モデルである。

多くの工場を擁する中国ならではのビジネスモデルだが、迅犀デジタル工場はタオバオともデータ連携している。顧客の受注が入ると自動的に製造の発注を送るなど工程を自動化することで、タオブランドの仕組みをより洗練させたと言えそうだ。

もっとも具体的に生産できる品目はまだ限定的なようで、工場内を撮影した中国メディアの映像やアリババの資料から推測するに、ロゴや図案のプリント、既製品の着色など極めて単純な加工が中心のようだ。

迅犀(シュンシー)デジタル工場
(提供:アリババグループ)

しかし、注文から製造指示までの自動化のほか、消費者の手元に届くまでの配送情報、さらには必要な素材の調達や中間倉庫の確保などの情報もデジタル化され自動処理されるというから志は高い。現時点でこうした売り文句のすべてが実現しているかどうかは別として、まさに工業インターネットが課題としていた企業間の情報連携をエンド・ツー・エンドで実現しようとしているわけだ。

異なる企業間で共通のデータ管理システムを導入するのはハードルが高いが、製造業以外の分野を見ると、中国には豊富な成功例がある。たとえば中国発のイノベーションとして知られるモバイル決済アプリだが、そのバックヤードでは企業ごと、業界ごとに多種多様なソリューションが存在しており、高レベルのデータ連携を実現している。

エンド・ツー・エンドのデジタル化は世界共通の課題

アリペイを展開するアリババグループにせよ、ウィーチャットペイを運営するテンセントにせよ、1社単体でそれほど多くのクライアント企業の面倒を見ることはできないが、個別案件のカスタマイズを手がけるISV(インディビジュアル・サービス・ベンダー)と呼ばれるパートナー企業と連携することによって、異なるニーズに対応しつつも高度な標準化を実現している。

また、アリババグループ傘下の物流ソリューション部門である菜鳥(ツァイニャオ)は、パートナーとなる物流企業にシステムを提供することで、異なる物流企業、倉庫会社を組み合わせた荷物配送を実現している。各社の送り状などのデータの統合から始まり、独自住所データベースの作成などに至るまで膨大な作業をクリアしての成功事例だ。

【関連記事】

物流崩壊を乗り越えた「菜鳥」のデジタル革命とは ――現代中国・イノベーションの最前線

さらに日本が今直面している地方自治体ごとにシステムが異なり、データの連携や自動化がうまく処理できないという問題も、中国では大手プラットフォーマーとISVが共同することにより、異なるシステムをつなぎあわせる作業を進めている。プラットフォームが主導し、無数のパートナー企業が協力するというエコシステムモデルが中国の特徴だ。

もちろん、企業間の垣根を越えた取り組みは中国の専売特許ではない。欧米や日本など他の地域でも意欲的な取り組みが続いているが、目標は同じくエンド・ツー・エンドのデジタル化であり、そのための大きな障壁をどう乗り越えるか、だ。

新型コロナウイルスの流行によって、デジタル化の推進によるレジリエンス(トラブルに負けない、しなやかな強さ。復元力)が求められていることが広く認知された。製造業のデジタル化、自動化、すなわちドイツ発の「インダストリー4.0」の取り組みもその1つだ。アフターコロナの時代にあって、エンド・ツー・エンドのデジタル化をいかに達成するか。同時に、労働者のあり方も含めて製造現場はどのように変化していくのか。今後の取り組みが期待される。

高口康太

フリージャーナリスト、翻訳家

フリージャーナリスト、翻訳家。1976年、千葉県生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。二度の中国留学経験を持つ。中国をメインフィールドに、多数の雑誌・ウェブメディアに、政治・経済・社会・文化など幅広い分野で寄稿している。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『現代中国経営者列伝』(星海社新書)、など。