パナソニックとJDA Software Groupが見据えるサプライチェーンの未来 ――日本の「つくる・はこぶ・うる」をアップデートする

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取材・文:小村トリコ(POWER NEWS)、写真:井上秀兵 /佐坂和也

製造から物流、流通までのサプライチェーン全体における価値向上を目指す「現場プロセスイノベーション」を推進するパナソニックの、新たな挑戦が始まった。2019年4月1日にはJDA ソフトウェアグループと合弁会社設立を発表した。両社が見据えるのは、「現場のノウハウ」と「最先端のテクノロジー」を組み合わせることで実現する新しいSCM(サプライチェーンマネジメント)の可能性だ。この取り組みによって、日本のSCMは今後どのように変わっていくのか。

パナソニックと連携したJDA社は米国アリゾナ州に本社を置くソフトウェア会社。SCM領域におけるソフトウェアの開発、販売、導入、運用コンサルティングを主な事業としており、これまでに4000社を超える顧客への導入実績を持つグローバルリーディングカンパニーだ。全世界の小売トップ企業100社のうち75社がJDA社のサービスを使用しているという。クラウド上で提供するSaaS(Software as a Service)やIoT、AI、機械学習といった最先端の技術を活用し、サプライチェーンの自動化、効率化に取り組んでいる。

パナソニックとJDA社が統合的なソリューションに協業で取り組むことを発表した際、JDA社CEO ギリッシュ・リッシ氏は以下のようにコメントしている。

「JDA社は12カ月以上にわたりパナソニックチームと協業してきました。私たちは彼らを心から尊敬しています。このたびはすばらしい提携を結ぶことができました。私はパナソニックの創業地である大阪を訪ね、松下幸之助歴史館に足を運び、現場プロセスとは何なのかを理解しました。イノベーションは現場から生まれます。パナソニックは創業100年が経った今でも創業者の理念や価値観を守っています。私たちにおいても次の100年間、パナソニックとの関係を築けることを心から楽しみにしています。」

一方で、パナソニックは今回の連携にどのような狙いを持っており、どんなソリューションを作り出そうとしているのか。連携のキーマンであるパナソニック コネクティッドソリューションズ社 イノベーションセンター システム統括部 統括部長の村上茂樹氏に話を聞いた。


SaaS (Software as a Service)
クラウドで提供されるソフトウェア全般。ユーザー側にソフトウェアをインストールするのではなく、ベンダー(プロバイダ)側でソフトウェアを稼働させ、ユーザーはネットワーク経由でソフトウェアの機能を活用できる状態を指す。


積み上げた現場の知見を社会課題の解決に

――JDA社との協業が始まった経緯を教えてください。

村上:自社のサプライチェーンを管理する中で、どのようにすれば最も高い価値を提供できるのかPDCAを回して検討し、より良いものを生み出していく。それがパナソニックの社員が共通して持っている遺伝子です。

パナソニック コネクティッドソリューションズ社 イノベーションセンター システム統括部 統括部長 村上茂樹氏
パナソニック コネクティッドソリューションズ社 イノベーションセンター システム統括部 統括部長 村上茂樹氏

村上:パナソニックには製造工場があり、倉庫や物流を管理する会社があり、小売の販売店もあります。サプライチェーンのすべてのポイントの「現場」のノウハウを少なからず有しています。この現場という階層を「エグゼキューションレイヤー」と呼んでいますが、100年のものづくりの経験によって、このレイヤーでのノウハウを蓄積してきました。次の100年における課題は、持続可能な社会を目指して、基盤となるソリューションを創造することです。その始まりとして、現在の日本のSCM業界全体が抱えている社会課題の解決を目指して、レイヤーアップを試みてはと考え、我々全員が周知を合わせて取り組んでいます。

――SCM業界の社会課題とは何でしょうか。

村上:深刻な問題の1つに「大量廃棄」があります。記憶に新しいのが、節分の際に売り出される恵方巻きです。大量の「食品ロス」が生まれていると議論を呼びました。農林水産省が小売店に対して需要に見合った販売を行うよう通達を出しましたが、このように行政機関が働きかけたのは極めて異例なことだと思います。

村上:しかし、それは氷山の一角に過ぎません。弁当や他の食品も毎日、山のように捨てられています。私たち家電製品の業界であっても同様です。世帯数は決まっているので、どのくらい売れるかというシェアは生産側で予測できるものの、現実には店舗での品切れ防ぐためには必要以上の数を供給しなければならない。すると機種の切り替えのタイミングでモノ余りとなり値下げして販売しなければならなくなります。

こういった現象はあらゆる業界のサプライチェーンの現場で起こっていると思います。生産、倉庫、物流、流通といった各ポイントにおいて、それぞれが品切れを起こさないように、たとえば10パーセントずつ余分に在庫を持とうとすれば、消費者に届くまでにその余剰分は相当な量になってしまいます。

――大量廃棄を防ぐためにはどうすれば良いのですか。

村上:サプライチェーン全体を最適化する、トータルな目線での取り組みが必要だと考えています。それには各ポイントの現状を分析して、需要予測、補充計画、リードタイムの短縮、在庫の圧縮といった改善策を適切に行うことが求められます。

パナソニック コネクティッドソリューションズ社 イノベーションセンター システム統括部 統括部長 村上茂樹氏

村上:そこで注目したのが、JDA社が開発したアプリケーションです。同社のプラットフォームでは、計画段階から実行段階まで、サプライチェーン全体を網羅するソリューションを提供しています。いわゆる「上位」のレイヤーにおけるノウハウを彼らは持っているのです。それを、パナソニックが持つエグゼキューションレイヤーでの技術と連携させることで、社会に対する価値を生み出そうという取り組みをしています。

協業による4つのソリューション

――2社の協業では具体的にどのようなソリューションがあるのでしょうか。

村上:パナソニックが持つリアルタイムセンシング技術をシステムに活用しています。リアルタイムセンシングとは、センサーによって現場の状況を数値化して正確に把握することです。得られたデータをJDA社のアプリケーションに提供し、即座にプロセスの最適化を行い、現場に対して作業指示を出すという仕組みです。今後、更にジョイントソリューションのテーマを増やしていきますが、現段階ではこれを4つのソリューションに応用しています。

1つ目は「欠品検知システム」。店舗での欠品情報や棚の状態をリアルタイムでキャッチして、JDA社のソフトウェア「Luminate Store Optimizer」に送信。プログラムが最適な製造、配送の優先順位を自動的に計算して、工場や倉庫に伝達します。また店舗に対しても、例えば「この棚にこの商品を置けば売れ行きが上がる」といったデータ解析を行った上で、最適な陳列レイアウトを指示します。つまり生産、物流、流通のそれぞれの現場に対して、最も収益性の高い作業を同時に指示できるようにします。

欠品検知システム
リテールテックJAPANに出展された「欠品検知システム」

村上:2つ目は「荷仕分支援システム(Visual Sort Assist)」。パナソニックのスキャニングとプロジェクションマッピングを組み合わせた技術で、倉庫のベルトコンベアにおける荷物の仕分け作業を効率化します。今までは作業員が荷物に貼られたバーコードや住所を一つひとつ読み分けていたので、必然的に時間がかかりました。そのため、たとえ大がかりなソーティングマシンを導入して倉庫内作業を自動化しても、最後の仕分けで詰まってしまい、結局マシンのスピードを落としたりするケースも耳にします。

荷仕分支援システム
リテールテックJAPANに出展された「荷仕分支援システム(Visual Sort Assist)」

Visual Sort Assistでは、流れてくる荷物の情報をスキャンして読み取り、行き先がひと目でわかるような記号や色をプロジェクションマッピングで荷物に映し出します。これだけで20%程度の作業効率化が図れます。さらに3Dセンサーで得た荷物の体積情報をJDA社の「Luminate Warehouse Tasking」に送り、配送トラックの積載状況を可視化して管理するのです。設定した値まで荷物を乗せた時点でオペレーターに通知が行き、次のトラックを呼び込むことができます。

荷仕分支援システム(Visual Sort Assist)の使用イメージ
流れてくる荷物の上方をスキャナーで読み取り、ダンボール上に大きく荷物の情報を出力することで、住所などを確認せずとも荷物を仕分けることができる。

村上:また、3つ目の「顔認証」、4つ目の「動線分析」の技術を活用したソリューションでは、工場や倉庫、店舗において作業員や消費者などの行動を検知します。最終的に集まったデータを「Luminate Store Optimizer」で包括的に管理し、最適な人員の配置やマーケティング活動につなげることができます。あわせて、フォークリフトやパレットといった機器の動線を最適化することも可能です。

「顔認証」技術と「動線分析」技術イメージ
「顔認証」技術と「動線分析」技術を組み合わせ、誰がどこでなんの作業をしているのかリアルタイムで把握し、最適な人員配置を可能にする

2つのレイヤーが重なり、イノベーションの起点に変わる

――4つのソリューションによって、サプライチェーンにおけるあらゆる局面での自動化と最適化が実現するということですね。

村上:個々の技術としては、パナソニックとJDA社が独自に開発し、すでに商用化しているものがほとんどです。しかしこれらのデータを一元的に集約して活用することで、新たな価値が生まれます。

例えば、JDA社のソフトウェアはもともと、予測データを元にしてシミュレーションを行うものでした。これはJDA社に限ったことではなく、ソフトウェア会社という上位レイヤーのプラットフォームにおいて使用されるのは「プランニングデータ」と呼ばれる理論値のデータで、実際に現場がどうなっているのかは把握することが難しい。その部分を現場のエグゼキューションレイヤーのノウハウを持つパナソニックが補完します。

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パナソニック社とJDA社の役割分担のイメージ。主に店舗等で得られる実データをパナソニック社が、その情報を処理し店舗等にフィードバックするソフトウェアをJDA社が開発する

パナソニックが持つセンシングの技術を組み込むことで、サプライチェーン上にある流通や物流の在庫といった、現場の実データがシステムの中に入ってきます。その結果、これまでよりはるかに精度の高い需要予測や生産計画、あるいは計画通りに進まなかった場合のリカバリーといった、プロセスごとの実践的なマネジメントが可能になります。

――今回の取り組みは、日本のSCM業界にどのような影響を与えていくと思われますか。

村上:まだ取り組みは始まったばかりで、まだまだ日本のSCM業界への影響を語れる立場ではありませんが、このソリューションを導入してくださる企業様との連携を進めながら、その可能性を広げていきたいと考えています。

個別のソリューションを組み合わせることによってサプライチェーン全体を最適化しようとする今回のアプローチは、我々にとっては大きな挑戦だと考えています。こうした協業を通じてお客様との連携を進める中で、少しでもインパクトを与えることのできるソリューションに育てていければと考えています。

パナソニック コネクティッドソリューションズ社 イノベーションセンター システム統括部 統括部長 村上茂樹氏

村上:私たちの最終的な目的は、社会課題の解決です。全体の在庫を削減して廃棄を最小限に抑えることはもちろん、人手不足、働き方の改善といったさまざまな課題と向き合っていく必要があります。ですが、私たちが動いているだけでは社会は変わりません。パナソニックとJDA社の連携を成功事例として世の中に示し、それをきっかけにして業界にひとつの流れを作れたらと考えています。

――業界の流れを変えるために必要なことは何でしょうか。

村上:連携のパフォーマンスを加速させるには、私たちがやろうとしていることの価値を正しく理解してもらうことが不可欠です。新しい挑戦というのは、どうしても最初は周囲から認めてもらうのが難しい。「本当に、そんなことができるのか」という声はやはり、あるかと思います。その解決法としては、地道ではありますが、まずは「自らやって見せること」だと考えています。

まずは社内での理解を深めてベクトルを合わせ、少しずつ協力者を増やしながら、外部に向けて価値を広めていきます。本当の意味でのイノベーションにつながる、最初の一歩になればと考えています。ゆくゆくは私たちの活動を見た他社が同様の活動を推進していき、世の中全体が社会課題の解決に向けて動いていくことの一助になればと考えています。また、パナソニックとしても今回のJDA社との連携を契機にして企業間連携のビジネスモデルを形成し、さらなるイノベーションの可能性を高めるように取り組んで参ります。

JDAとパナソニックが合弁会社設立に関する覚書を締結