デジタルの力でリアルでの体験を最大化する「渋谷PARCO」―― 次世代の商業施設のかたちとは

デジタルの力でリアルでの体験を最大化する「渋谷PARCO」―― 次世代の商業施設のかたちとは
取材・文:杉原由花(POWER NEWS)、写真:渡邊大智

常に時代に先駆けカルチャーを発信してきたショッピングセンター「PARCO」が、リアルとデジタルが融合した新しい商業施設を作りあげた。2019年11月22日にグランドオープンした「渋谷PARCO」に、これまでのデジタル開発の成果を集約。IoTや人工知能、ロボティクス、VRなどの先端テクノロジーが駆使された、まさに“次世代型商業施設”となっている。その成果や、リアル店舗ならではの魅力、新しい買い物体験について、執行役 グループデジタル推進室担当の林直孝氏に伺った。

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パーソナライズされた顧客体験のためにデジタル化を推進

――御社の事業内容について教えてください。

林:全国に18店舗(2019年11月末日現在)を出店しているショッピングセンター「PARCO」の運営が主な事業です。1969年に第1号店の池袋PARCOを開業してから、今年で50年周年を迎えました。ファッションだけでなく、音楽やアート、演劇などの先端カルチャーを紹介し、新しいライフスタイルの提案を行うのがPARCOの特徴です。

PARCO50周年ロゴ

林:我々の中核事業であるショッピングセンター事業とは、要するに商業施設のトータルプロデュースを行う事業です。小売業と不動産業どちらの要素も併せ持つものだと思っていただけるとわかりやすいかもしれません。具体的には、集客のための広告宣伝や販促活動、売上向上のためのテナントサポート、さらに、ビルの開発やテナントの編集、建物の保守管理などを行っています。

――2019年11月22日にオープンした渋谷PARCOは、“リアルとデジタルが融合した次世代型商業施設”がコンセプトになっています。御社がそのように、最新テクノロジーの活用に注力されているのはなぜですか。

林:PARCOをはじめとするリアル店舗での買い物は、ネットショッピングとは異なり、欲しいものがあらかじめ決まっていない「非計画購買」の方々が中心です。そのため、商品やサービスとの出会いの機会をいかに生み出せるかが肝心なのです。

株式会社パルコ 執行役 グループデジタル推進室担当 林直孝氏
株式会社パルコ 執行役 グループデジタル推進室担当 林直孝氏

林:つまり、各ショップで扱われているさまざまな商品の中から、気に入るモノを探しやすくする環境を整えることが重要になるわけで、そのための手段として、デジタル技術は非常に役立つと考えています。特にお客さまに求められているのは、パーソナライズされた購買体験です。

例えば、デジタル技術を使って顧客理解のためのデータを獲得して、データに則して接客を行えば、接客が充実し、より満足度の高い買い物体験の提供が可能になるでしょう。

4つの施策でデジタルショッピングセンタープラットフォームを構築

――デジタル化戦略について教えてください。

林:2017年に「デジタルSC(shopping center)プラットフォーム」という構想を打ち立てました。これは、データや人工知能、ロボットを駆使して、顧客1人ひとりにあわせた商品提案を行ったり、館内の買い回り率を高めたりするための仕組みです。2019年11月の渋谷PARCOオープンに向けて開発に取りかかり、可能なものから実装していこうという計画でした。

デジタルSCプラットフォーム構築のために、まずは4つの施策を進めました。

アプリ・WEBを使った接客のデジタル化
IoTによる行動・行動要因のデジタル化
VR(仮想現実)などによる体験のデジタル化
RFIDによる商品・在庫・購買情報のデジタル化

これに加え最近では、それらの施策によって徐々に集まりつつあるデータを人工知能で解析し、お客さまへの情報提供を最適化したり、接客の質の向上に役立てたりしています。ちなみに接客に関しては、ソフトバンクロボティクスのロボット「Pepper」や、日本ユニシスと08ワークス、弊社とで開発した自走式ロボット「Siriusbot」、hapi-robo stのパーソナルアシスタントロボット「temi」など、ロボットの活用も進めています。

「①アプリ・WEBを使った接客のデジタル化」は、一足早い2013年からスタートさせたデジタル改革です。スマートフォンが普及し、人々が日常的に接触するメディアが従来のマスメディアからネットに移行していったのがちょうどそのころで、我々もお客さまとのコミュニケーション方法を変えていく必要に迫られたのです。

まずは、商品の魅力や店そのものの雰囲気といったテナントの情報に、いつでも、どこにいてもアクセスしてもらえるよう、ショップブログページを公式スマートフォンアプリ「POCKET PARCO」上に整備しました。

さらに、同アプリを用いて、個客(個別のお客さま)の行動分析も始めました。アプリを通じて来店履歴や購入履歴のデータを取得。渋谷PARCOの一部のショップでは「電子レシート」サービスの提供を開始し、購買された商品データ等を活用し、接客に役立てようとしています。

これに加え、PARCOにいらっしゃった方に館内歩数カウントを提供するサービスもアプリを通じて行っています。もちろん、ただデータをとるだけではなく、館内を歩いた歩数に従いポイントを付与することでお客さまにもメリットをご提供しています。歩数計使用者の買い回り店舗数が、非使用者に比べて2倍にも増えるなど、高い効果が現れました。

「②IoTによる行動・行動要因データのデジタル化」は、2017年11月開業の「PARCO_ya上野」で取り組みを開始しました。お客さまの動きをセンサーやカメラで解析し、一定時間ごとの来店客数に加え、性別や推定年齢のデータを取得。それをテナントに提供して、例えば来店客が多い時間帯には店員を多く配置いただくなど、接客の質や売り上げの向上に活かしてもらっています。

「③VR(仮想現実)による体験のデジタル化」については、実験を重ねている段階です。2017年には期間限定で福岡PARCOの一部テナントにて「VR PARCO」を実施しました。これは、VRゴーグルや、パソコン、スマホを利用することで、自宅にいながら遠隔で店内を見て歩き、バーチャルショッピングを楽しんでもらうコンテンツでした。

さらに、2018年にはVR作品を公募するコンテンツアワード「NEWVIEW AWARDS2018」を開催し、気鋭のVRクリエイターを発掘。渋谷PARCOでは、そのアワードでPARCO賞を受賞した、XR空間デザイナー・Discont氏によるデジタルインスタレーション作品を常設展示しています。

「NEWVIEW AWARDS2018」でPARCO賞を受賞した作品
「NEWVIEW AWARDS2018」でPARCO賞を受賞した作品(提供:株式会社パルコ)

林:次に、実際の店舗の見え方を、MR(複合現実)を用いてリッチにする実験も行いました。店頭には商品を置かず、MRゴーグルを付けてバーチャル空間に並んだ商品を見て選び、ネット経由で購入してもらう試みでした。

「④RFIDによる商品・在庫・購買情報のデジタル化」も実験段階です。2017年には、自走式ロボットSiriusbotが閉店後の夜間にテナントを回り、RFIDを読み取って自動で棚卸作業を行う取り組みを実施しました。RFIDはまだコストが高く、多くのショップではまだ導入に至っておりませんが、棚卸業務の負荷を確実に軽減するので、将来的に普及したタイミングで各店に実装したいと考えています。

設定2018年5月にセレクトショップ店内で走行実験を行った際の様子(提供:株式会社パルコ)なし
2018年5月にセレクトショップ店内で走行実験を行った際の様子(提供:株式会社パルコ)

デジタル時代の買い物のあり方を追求した「渋谷PARCO」

――4つの施策は渋谷PARCOのオープンに向けて開発されてきたとのことですが、実際の店舗にはどういった取り組みとして結実したのでしょうか。

林:渋谷PARCOでは店頭販売に加え、店内でEコマースを利用してもらえるオムニチャネル型の売り場「PARCO CUBE」を展開しています。平均的な売り場面積の半分程度の小型ショップが11店舗設置され、展示商品が少ない代わりに、Eコマースの商品がサイネージ(電子看板)で見られるようになっていて、店頭にない商品は、弊社の公式オンラインストア「PARCO ONLINE STORE」でご購入いただけます。これは「①接客のデジタル化」に当たりますね。

PARCO CUBE内の様子(提供:株式会社パルコ)
PARCO CUBE内の様子(提供:株式会社パルコ)

林:世に出る前の製品を、実際に触れて試してもらえるショールーム「BOOSTER STUDIO by CAMPFIRE」では、「②行動・行動要因のデジタル化」のテクノロジーが活用されています。IoTの技術で来店客の属性や店内での行動を解析し、製品を開発した各メーカーに報告する仕組みです。

そのほか、フロア案内のために、日本語・英語・中国語(繁体字・簡体字)・韓国語・タイ語の5カ国語に対応したAI音声認識と、ディスプレイによるインフォメーションシステムを館内7カ所に設置しています。

また、対話型・音声操作に対応したAIアシスタント機能が実装され、テレビ電話が可能なロボット「temi」をフロア回遊させ、お客様と遠隔で操作するインフォメーションスタッフが会話できるご案内サービスの実証実験も展開予定です。

hapi-robo stのパーソナルアシスタントロボット「temi」
hapi-robo stのパーソナルアシスタントロボット「temi」(提供:株式会社パルコ)

――渋谷店において、デジタルSCプラットフォームの構想はどの程度実現したと言えるでしょうか。

林:まだまだ実験を繰り返しながら、使えるものとそうでないものを判別しているような状況で、まだ発展の途上です。ただ、テクノロジーは驚くべき速さで進化しているので、これからの実現スピードはもっと早まってくると思っています。

リアル店舗の長所をデジタルで伸ばす

――リアル店舗ならではの価値はどういった点にあるのでしょうか。

林:リアル店舗が素晴らしいのは、各テナントの販売員が商品に詳しく、熱意がある点です。そうした販売員の接客、「お似合いですよ」の一言は、リアル店舗での買い物体験の大きな魅力だと私は思いますし、お客さまへのアンケート調査の結果としても如実に現れています。

株式会社パルコ 執行役 グループデジタル推進室担当 林直孝氏

林:それに、モノを買うだけならインターネットでもできますが、素敵なモノに偶然に出会ったり、予想外のモノを発見したりするセレンディピティを生み出すことは、リアル店舗の方が圧倒的に得意です。また、リアル店舗でないと試着はできません。実際に商品に触れてもらうことで、ブランドの価値を強く伝え、ファンを増やしていく。ご家族や友人、販売員の皆さんとのコミュニケーションも楽しみながら買い物やイベントを楽しむ。そんな力をリアル店舗は持つとも思います。

50年目の、新しいパルコ。紙面

――Eコマース市場が拡大するなか、今後どのように商業施設をプロデュースしていく考えですか。

林:リアル店舗ならではの長所を伸ばしつつ、デジタルの力を使って個客満足をより高めていきたいと考え、デジタルSCプラットフォームの構築をはじめとしたデジタル開発に日々取り組んでいます。

お客さまの欲しいモノと、各ブランドが提供する商品やサービスを結びつけるのが、我々の最大の役割です。それを、かつてはアナログですべて行ってきましたが、デジタル技術を併用すればもっと上手にできるはずです。具体的にはこれまでにお話しした通り、リアルとデジタルを融合させた商業施設づくりに取り組み、これからもショッピングの楽しさを提供していきたいと思います。