これからはサプライチェーンの時代である ――SCM専門企業「Blue Yonder」を大解剖
2021年は新型コロナウイルス感染症の拡大によって、生産・物流の停滞、EC需要の高まりなど、サプライチェーンマネジメント(SCM)の重要性が世界的にも大きく見直された1年となった。そうしたなか、2021年9月にパナソニックは3年半前から進めてきた米国アリゾナ州のソフトウェア会社「Blue Yonder」の100%子会社化を完了させた。2021年10月22日に行われた合同記者会見から、知られざるBlue Yonderの全貌を紐解いていこう。
サプライチェーンの混乱を回避するBlue Yonderのソリューション
今年サプライチェーンに混乱をもたらした出来事としてとりわけ象徴的だったのが「スエズ運河座礁事故」である。2021年3月23日、大型コンテナ船「エバーギブン」がアジアと欧州をつなぐ海上輸送の要衝であるエジプト・スエズ運河で座礁。世界貿易の主要ルートが1週間にわたって遮断され深刻な物流障害を引き起こした。
コロナ禍も重なり全面復旧にかなり時間を要する見込みであったことから国際的物流の大停滞が懸念されたが、結果的に遅延による損害を縮小できた背景には、Blue Yonderの存在があったという。
Blue Yonderとは、SCM領域におけるソフトウェアの開発・販売・導入・運用コンサルティングを主な事業とするグローバルカンパニーである。小売・製造・物流の顧客のニーズに応えるべく「地球上のすべての人・組織がその潜在能力を支援できるよう支援する」ことをミッションに置き、4つの“Our Values” 「Empathy(共感・共創)」「Results(結果にこだわる)」「Relentless(たゆまぬ変革)」「Teamwork(衆知を集める)」を掲げている。
「スエズ運河座礁事故」からの復旧にあたっては、そんなBlue Yonder社ソリューション「Luminate Control Tower」が活用されていたという。
Luminate Control TowerはAI・機械学習の活用により物流ネットワーク全体の可視化、コラボレーション(協働)、オーケストレーション(自動化)を実現するSCMソフトウェアプラットフォーム。データとイベントを相関させ、混乱や被害の可能性を予測することができる。
「当社ソリューションの物流可視化、代替ルートの提案などがSCMの困難を打破した」とBlue Yonder CEO ギリッシュ・リッシ氏は話した。
実際に多くの企業で、より正確なETA(到着予定時刻)を割り出すためにLuminate Control Towerが活用されたという。そして事故の影響で予定よりも輸送が遅れるとわかった場合、企業は在庫品を送り出せる代替地を探し出し、消費者の需要を満たすといった対応をとることができた。
続けて、Blue Yonderがこの1年半の間に貢献した分野として次のトピックがあげられた。
●労働力の確保が世界的に深刻な課題となるなか、モバイル端末から従業員の健康状態・スケジュールを管理できるソフトウェアを提供
●ソフトウェアの提供で在庫管理の可視化を実現
●需要が高まった電子商取引の領域で、店舗と消費者双方にとってより利便性の高いECの仕組みを構築
コロナ禍でSCMのさまざまなボトルネックが顕在化するなか、上述したようにその有用性を世に示したかたちだ。
“現場”を誰よりも熟知したSCMソフトウェア開発チーム
実は、グローバルサプライチェーンにおけるBlue Yonderソフトウェアの影響力は大きい。Blue Yonder CEO ギリッシュ・リッシ氏はBlue Yonderの主な実績として、いくつかのトピックをあげた。
「具体的には、アメリカにおけるボトル入り飲料水のサプライチェーンの5割にBlue Yonderソフトウェアが使われています。ほかにも、世界の石鹸のサプライチェーンの6割、処方薬のサプライチェーンの7割でも同様に調達・計画・在庫・配置をサポートしています。さらに世界の瓶ビール年間1,650億本の出荷においても、当社ソリューションが採用されています」(ギリッシュ氏)
また、Blue YonderはMicrosoftベースのソリューションを開発・提供したパートナーを表彰する2021年度「Microsoft Partner of the Year」において「Global Independent Software Vendor」「Global Manufacturing 2021 Microsoft Partner of the Year」、および、日本マイクロソフト社の「オートモーティブ・アワード」を受賞したばかりでもある。
さらにギリッシュ氏は、コロナ禍におけるSCMの変化として「運輸パターンや輸送ルートの変化、リアルタイムでの労働力管理、在庫状況の見える化、在庫の確保など、エンドツーエンドでのサプライチェーン実現の重要性が増してきた」と強調。そのうえでBlue Yonderの強みをこう説明する。
「SAPやOracleなどの競合があるなかで、Blue Yonderの強みは、倉庫・輸送、小売店舗、そしてeコマースなど、サプライチェーンに含まれるすべてのノードでシミュレーションができるという点です。つまり、SCMに特化しているというのが弊社のユニークなところだと言えるでしょう。当社スタッフにはSCMのエキスパートしか存在していません。 SalesforceがCRMの領域の代表的なソリューションであるのと同様に、SCM=Blue Yonderだと思っていただきたい 」(ギリッシュ氏)
ハードウェアとソフトウェアの知見がつながることで実現するもの
これから何が起ころうとしているのか。サプライチェーン領域のパッケージソフトウェアに強みを持つBlue Yonderとパナソニックのパートナーシップは本格化していく。これは、パナソニックが持つセンシング、IoT、エッジデバイス、ロボティクス等々の現場の機器からデータを取り出し制御する『地上』での強みとBlue Yonderが長年培ってきたSCM領域のソフトウェア技術、AI・機械学習技術といった『低空・上空』での強みが組み合わさることになる。
「この買収により、SCM領域で革新的にビジネスを進めていくことが可能になる。ほかにも、Blue Yonderは経営理念や企業文化面でもパナソニックと高い親和性がある」と、パナソニック株式会社コネクティッドソリューションズ社(以下、パナソニックCNS社)社長・樋口泰行氏は話した。
現在は買収後の事業プラン「100日プラン」において両社連携のもとビジネスモデルが構築されている。パナソニックCNS社の上席副社長・原田秀昭氏、ギリッシュ氏の両名は質疑応答のなかで「パートナーシップの具体的な方向性」について次のように言及した。
「当社が保有するソリューションの強みをBlue Yonderソフトウェア上で活かしていく領域として『画像認識』に大きな期待を持っています。例えば当社は、既設の監視カメラを用いた駅のホームからの転落検知のソフトウェアをすでに保有していますが、Blue Yonderソフトウェアと組み合わせれば、トラック、電車、船舶、飛行機の位置がリアルタイムでわかり、さらには現場にいる作業や人の動きを検知し最適化できるようになります」(原田氏)
原田氏の発言を受けて、ギリッシュ氏は次のように続けた。
「パナソニック、Blue YonderはともにMicrosoftのパートナーです。両社にオープンテクノロジーがあり、APIが用意されていて、インターフェイスが融合しやすいかたちになっています。(原田氏が言及した)画像認識においては、IoTや画像認識といったモバイルデバイスがクラウドベースのサプライチェーンソフトウェアと効果的に連携して結果を出すことがとても重要です。例えば、寒冷地のとあるスーパーマーケットの棚からスープがなくなれば、すぐに欠品の補充を促すこともできるようになるでしょう。100日プランのなかで両社連携の道筋を見つけたい」(ギリッシュ氏)
ミッションは「次世代に引き継げるサービス、持続性のあるサービス」
樋口氏は経営的観点から、今後の方向性を次のように補足した。
「パナソニックとしては、ハードウェアの単品ビジネスで戦い続けていくのはこれからますます厳しい状況となるでしょう。ソリューションシフトを標榜している企業は今も多いと思いますが、我々はあくまでお客様の“現場”というフィールドにおいて、ハードウェアとソフトウェアの最適な組み合わせを追求していきたい」(樋口氏)
欧米の市場においてはBlue Yonderの既存顧客である3,000企業以上の顧客に対し、Blue Yonderソリューションが求めるIoTデータ、エッジデバイス、エグゼキューション(実行)レイヤーのハードウェアは何かを追求する。そこに注力し、開発・横展開していくという。
「ハードとソフト、サイバーとフィジカル一体で、誰にも負けない強みを実現できます。日本においてはパッケージのサプライチェーンソフトウェアが普及段階に入るため、純粋にBlue YonderのGo-to-Market(市場開拓)を強化していきたい。
これまでの20%という出資比率では“突っ込んだ”協業ができませんでしたが、M&Aのクロージング後、急速に両社の会話が始まっています。すでに両社の従業員を互いに送り込み、お客様とも連携が始まっています。今後は、ハードウェア主体での開発・提案だけでなく、上位の経営課題から逆算して開発を進め、お客様にとって本当に必要なものを提供していきます」(樋口氏)
現在は、Blue Yonderとパナソニックはソフトウェアを強化するためにパーツを揃えている段階だという。今後はさらに、パナソニックしかできない、差別化・先鋭化されたハードウェアが、Blue Yonderソフトウェアと最適につなげていくことを構想している。
これまで取り組んできたハードウェア単品による大量生産は、それを得意とする企業の台頭により、長続きさせることが困難な状況にある。しかし、これから両社が目指していくことは「効率化という手段でサプライチェーンの現場に貢献すること」である。サイバーとフィジカル、それぞれの世界が融合する未来を見据えながら、顧客のビジネスを向上させていくための付加価値をどのように生み出していくのか。今後も注目していきたい。