コンビニシェア100%を誇るウェザーニューズの流通気象サービス――トータルサプライチェーンマネージメントで発注支援
気象情報と聞いてまず思い浮かぶのは天気予報だが、実は気象情報の利用範囲は実に幅広い。サプライチェーンへの貢献も大きく、気象情報を販売戦略に活かす「ウェザーマーチャンダイジング」もそのうちの1つだ。ウェザーニューズは1993年、ウェザーマーチャンダイジングのための「流通気象サービス」を他社に先駆けてスタートさせ、いまや全国各地5万7,000の小売店に日々利用され、流通を支える、まさに“縁の下の力持ち”なのである。そんなウェザーニューズの流通気象サービスとはどういったものなのか。大手コンビニ全店舗でサービスが利用され、世界最大級の民間気象情報会社になり得たのはなぜか。気象予報士である武井弘樹・流通気象チームリーダーに話を聞いた。
気象情報や販売実績から需要予測する「流通気象サービス」
――流通気象サービスとはどのような経緯で生み出されたものですか。
武井:後楽園球場(現東京ドーム)時代の弁当屋からの問い合わせがサービス開始のきっかけでした。雨で野球の試合が中止されると、大量の弁当が廃棄になるが、気象情報の活用でロスを軽減できないかという相談でした。この課題は、球場がある場所のピンポイントの気象情報を提供することで解決させました。それ以来このサービスを発展させていき、現在はメーカーや小売、外食産業が、生産計画や販売計画、プロモーション計画などを立てる際に役立てられるようになりました。
具体的には、コンビニエンスストアなら、気象情報を利用した発注業務支援を主に行っています。長年蓄積してきた気象変化による販売動向のデータ、つまり気象条件と商品ごとの販売数の関係から需要を予測して、「明日の気象条件では、牛乳の販売数が前日比20%増加する」などと伝えるのです。
気象条件というのは、天候や最高気温、最低気温だけでなく、湿度や日照、雨風などの時間帯ごとの変化、前日からの差なども含みます。それらが消費者の体感に影響し、購買パターンが変化します。このような気象データに加えて、さらにコンビニからは販売実績データを入手し、ビッグデータとして日々蓄積しています。予報技術者の知見を反映させた独自システムで分析し、需要を予測します。
消費動向は天候に大きく左右されるものであり、需要予測に気象情報が欠かせないのはそのためです。寒くなればホットコーヒーが、暑くなればアイスコーヒーがよく売れるのは簡単に想像できると思いますが、原理としては同じことです。
特に、コンビニでの流通気象サービスの利用率は非常に高く、国内100%の店舗が弊社と情報利用の契約をしています。これは、コンビニはバックヤードが狭くて在庫を持てず、売れ残るとそのまま廃棄処分となり、売り切れると販売機会の損失に直結するため、過不足のない発注が求められるためです。
そのほか、宅配ピザ会社に対しては、プロモーション支援を行っています。ピザの宅配は、在宅率が高い雨の日が販売のチャンスになります。そこで、「これから雨が降る」という情報をピザ会社に提供し、雨が降る日時を狙って割引クーポンなどを会員に配信してもらうのです。すると、驚くほど効果が上がる。支援を始めた当初は、雨の日にクーポンを出すと通常の2倍も売れて、生産が追い付かないほどでした。
24時間365日サービスを提供することでコンビニシェア100%を達成
――コンビニシェア100%とはすごいですが、それだけ高いシェアを獲得できた要因は、やはり予測精度が高いからでしょうか。
武井:予測精度は、気象予測に限れば、直近の予測なら9割を超えます。この高い予測精度は、自社の2機の衛星(下写真)や、世界中に設置された80基のレーダー、3000台のセンサーからの情報に加え、気象庁など公的機関の観測情報、全国のサポーターから1日約18万通届く体感によるウェザーリポート(感測)というように、観測・感測データを多岐にわたり収集することで実現させています。
感測
人の感覚によって測定すること。
また、多くのコンビニが弊社のサービスをご利用いただいているのは、弊社の流通気象サービスが他社に先駆けていたということと、24時間365日サービスを提供している点にメリットを感じていただけているからではないでしょうか。常時、安定した気象情報サービスを、確実に提供している気象会社はごく稀だと思います。
気象情報を多面的に利用し、新サービスを開発
――ところで、貴社は新しいサービスを開発して、既にトライアルも実施したそうですね。
武井:「Big Hit Chance」(以下BHC)というサービスです。スーパーマーケットやコンビニエンスストアの人手不足は深刻で、発注業務に労働力を割けず、自動発注を行う店舗が増えてきているのです。ところが、自動発注の場合、店舗ごとの売上動向や客層、曜日特性、気象条件など過去のデータに基づき需要を予測するため、どうしても過去の販売数を上回るような強気な発注ができません。
そうした課題を解消すべく考え出したのが、BHCです。気象条件ごとの販売傾向から「この気象条件なら、このカテゴリーは過去の販売数を超えてもっと売れるだろう」と予測し、発注担当者に伝え、自動発注による算出数にプラスした発注を促すというわけです。このサービスは、2017年と2018年の夏にトライアルを行い、2019年から本格的に始動させる予定です。
また、天気連動型の広告も企画しているところです。これは、宅配ピザ会社へのプロモーション支援のサービスを進化させたもので、ある商品が売れる気象条件を満たすエリアにいる方々のアプリに、その商品のクーポンを広告として出すなどして販促します。つまり、気象条件によって、広告表示を変える戦略ですね。対象となるアプリは、広告主のアプリと弊社の会員アプリの両方です。このサービスに関しては、これからトライアルを始める予定ですが、プロモーション支援の当初の反響を考えると、影響力のあるサービスになると期待しています。
――どのサービスも企業や消費者のニーズに行き届いていると感じられます。
武井:「いざというとき人の役に立ちたい」というのが弊社のサービスのコンセプトで、私たちは単なる天気予報ではなく、お客さま一人ひとりに、本当に役立つ対応策情報を提供することを目指しています。どのような気象情報やサポートがあれば、お客さまの課題を解決できるのかというところまで考えてサービスを構築しているので、自ずとサービスはきめ細かくなるのです。
また、企業文化も関係しているかもしれません。創業者の故・石橋博良は「1匹目のペンギンであれ」と社員に語っていました。これは、餌を求めて最初に海に飛び込むペンギンのように、失敗を恐れず困難に立ち向かえという意味です。企業自体がフロンティア精神に満ちていて、社員の挑戦を応援する体制が整えられているので、新しい企画やサービスが生まれやすいとも考えられます。
そうして多角的に展開された弊社の気象情報サービスは、流通気象サービスのほか、気象リスクを軽減して航海の安全を支援する「航海気象」、安全で快適な航空輸送サービスを支援する「航空気象」、陸の交通気象である「道路気象」や「鉄道気象」など、44市場にまで広がり、おかげさまで世界最大級の民間気象情報会社に成長しました。
気象情報による災害支援サービスの強化に注力
――流通気象サービスにおける今後の目標についてお聞かせください。
武井:昨今は災害が多発しているため、災害に対する支援の強化が喫緊の課題だと考えています。
2017年の夏、小売業大手7社は、災害対策基本法に基づき指定公共機関に指定されました。これにより、災害発生時でも食品や日用品を提供するなど、緊急支援の実施が求められるようになりました。
これまでは、災害が予測されていても、確度が高まっていないので伝えるのを控えていました。むやみに災害の可能性を伝えると、そのインパクトから混乱を招く恐れがあるからです。しかし、それでは対策が遅れ、指定公共機関として必要な物資の確保が追いつきません。そこで、予測がはずれる可能性があったとしても、より事前に災害のリスクを伝える取り組みを、2018年の冬からトライアル的に始めました。
加えて、生産者と物流業者、小売を結んで情報を共有させ、弊社がサプライチェーンを総合的にサポートすることで、有事の際に商品を安定供給できないかと摸索しています。
例えば2012年の豪雪で、山梨県の物流は約3日間途絶えました。その際、商品がなくなった小売店が発注して、山梨県の工場はそれを受けて生産したものの、雪で商品が運べず、事情を把握できていない小売店は追加で発注し、工場もまた生産し…ということが繰り返されました。結果、大量に生産された商品は運ばれないままロスになり、損失が膨らんだのです。
このケースで気象情報が活用され、当面運べないと明確に判断できていれば、そして情報が生産者と物流業者、小売の間で共有できていれば、大量の廃棄を生まずに済んだでしょう。その反省から、気象情報を活用したトータルサプライチェーンマネージメントの仕組みづくりを進めています。
気象情報は、鉄道のダイヤ通りの運行に役立てられたり、乱気流に対して航空機のフライトの高度を変更し、揺れが少ないタイミングで食事を提供することで快適性を実現させたりなど、さまざまなシーンで活用されています。そうした活用法はもちろん有効ですが、気象情報の最大の価値は人命や財産を守ることにあると考えています。
というのも、弊社の原点は船舶事故なのです。総合商社で用船を担当していた創業者の石橋は1970年1月、小名浜(福島県いわき市)に貨物船を向かわせましたが、爆弾低気圧により沈没し、人命が失われました。その事故から、石橋は危険を回避するための気象情報を船乗りに提供しようと決意し、ウェザーニューズを創業しました。
ですから、流通気象サービスが平時のみならず有事の際にもお客さまの支えとなり、また、私たちの気象情報が真の災害支援として機能するよう、今後もサービスを発展させていきたいと切に思っています。