IVIが考える、日本のものづくりのアップデートとはーーIoT導入、「ゆるやかな標準」づくり
世界から信頼を得てきた日本のものづくりは、IoT時代に突入した今後も、高い競争力を保ち続けられるのか――。ドイツ、アメリカなどは製造業の主導権獲得のため、データ流通に不可欠な「世界標準」づくりに躍起になっている。こうした覇権争いの中で、2015年に設立された一般社団法人「インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ(Industrial Value Chain Initiative=IVI)」は「つながる工場」と「ゆるやかな標準」などのコンセプトを打ち出し、標準づくりの一翼を担おうとしている。IVIの活動と日本のものづくりの現状などについて、渡部裕二事務局長に話を聞いた。
インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ(IVI)
日本機械学会の生産システム部門に関わる分科会の有志メンバーが中心になって2015年6月に設立し、16年6月から一般社団法人。理事長は西岡靖之・法政大学デザイン工学部教授。「つながる工場」「ゆるやかな標準」「アナログとデジタル」「協調領域と競争領域」をコンセプトに、デジタルデータでモノをつなげ、企業の垣根を超えて人と人がつながる場を提供することで、日本のものづくりの高度化を目指している。18年3月現在、会員は264社・団体で620人。そのうち、自社で工場を持つ正会員は大企業88社、中小企業68社。技術面で貢献するサポート会員は大企業32社、中小企業39社。ほかにIVIの活動を経済面で支援する賛助会員が18団体、学識経験者からなる学術会員は19人。
現場力が活かされていない情報システムを強くするには?
――そもそもIVIを設立する際、日本のものづくりの課題はどこにあると考えていたのでしょうか。
渡部:日本の製造業は情報システムの活用があまりうまくいっていないという懸念があったため、IoTなどの情報技術の活用で生産レベルをより高いものにするのが設立の目的でした。
というのも、日本の製造業で使われている情報システムの多くは外国産パッケージ。日本の製造業は現場力が強いとよく言われますが、その特徴は、生産の流れを考えるエンジニアの技術力が非常に高いことや、現場をよく見ながら生産方式を作るという点にあります。しかし、こうした強みがトップダウン指向の外国産の情報システムではうまく吸収できません。
さらに、国内ベンダーも含めパッケージもののシステムを導入する際には、通常コンサルタントが工場に来てエンジニアたちにヒアリングし、業務を分析してパッケージにフィットするように設計し直します。しかし、実際は、エンジニアたちが考えている勘所が情報システムに活かされていないことが多いのです。
また、違う角度から見た課題としては、現在Googleに代表されるようなIT企業が、製造業の技術を利用したビジネスを考え、業界に参入しようとしています。そうした場合、製造業側の強みやメリット、ノウハウがしっかりと活かされるかどうかが世界的な共通課題になっています。特に日本の場合は現場が強いと言われているだけに、その課題も一番深刻な国となるでしょう。
こうした課題を乗り越え、製造業をさらに進化させるための方策の1つとして、現場のIoT化は不可欠です。そのためには現場のエンジニアが情報化の技術を身につけ、エレクトロニクスからメカニカル、さらにインフォメーションも合わせて作り込みができるようになることが大切です。
エンジニアからの評価高い「業務シナリオWG」の魅力
――IVIではどのような活動や取り組みをしているのですか。
渡部:我々の活動の柱はワーキンググループ(WG)で、その中でも一番大きなものが「業務シナリオWG」になります。現場の情報システム化や工場のデジタル化がうまくいってない会員のために、効果が出るようなIoTシステム、現場情報システムを作るのが狙いで、WGの内容はIoTなどを使った生産性向上のための実証実験です。エンジニアなどの会員からは非常に高い評価をいただいており、毎年20以上のチームが立ち上がり、200人ぐらいの会員が参加しています。2017年度の活動状況をみても、「品質のトレーサビリティ」「データによる品質保証」「稼働データ利活用」「IoTによる予知保全」「匠の技のデジタル化」「中小製造業のIoT利活用」など、取り組んだテーマはさまざまでした。
このWGでは正会員に工場を提供してもらい、現場系の正会員とITベンダーのサポート会員、合わせて10人前後の小さなグループで1年間かけて情報システムを構築します。
最初にその現場の困りごと、例えば品質が悪くて出荷できない製品があるとか、手順が悪く工数がかかって納期遅れが頻発しているなどの問題点から、現状の業務をシナリオ化して議論します。次に、あるべき姿のシナリオを考え、そこから問題の改善方法を導き出していきます。さらに、情報システムに落とすモデル化、データ設計の作業と続きます。
このWGに参加しているメンバーは製造現場のエンジニアたちが多いのですが、コンセプトからモデル化、データ設計という一連の流れにはあまり慣れていません。だからこそ、工場内にセンサーを取り付けてデータを集めたり、取得したデータを我々が用意している方法論を使って分析したりして、IoTを使った情報システム構築の知識を身につけてもらいたいのです。
IVIが提案する安価な「10万円IoTキット」とは?
――国内の製造業でのIoT導入の進み具合をどうみていますか。
渡部:行き届いているという感覚は全くありません。特に日本の製造業を支える中小企業こそまだまだですね。しかもIoTを使って部分的にセンサーを付けてデータ取りができていても、データ単体を見るだけでは意味がない。全体的な生産システムの中で分析していかないと、経営として何が悪いのかというのはわからない。そのレベルまでには全然達していないですね。
――即効性がないという理由で、IoT導入に関心を持たない経営者もいると聞きます。
渡部:確かにそうです。でも、今の時代、IoT導入の発想が出来ない経営者は脱落せざるを得ないのではないでしょうか。コツコツ頑張るだけでは無理なところまでに来ています。
逆に、IoT化をしっかり進めようという経営者もいるので、我々としては積極的に支援して、製造現場におけるIoT導入の重要さを全国に広めていきたいと思っています。
――IVIはIoT化推進のために「10万円IoTキット」というソリューションを提案していますが、どのようなものなのでしょうか。
渡部:「10万円IoTキット」の最大の目的は、まずはIoTをまったくわからない人に「IoTとはどんなものか」を知ってもらうためのツールです。「ラズベリーパイ」という小さなコンピューターやセンサーなどを3セットそろえて「わずか10万円弱でIoTができますよ」というのが概要です。さまざまな用途に使えるのですが、我々は主な実用例として、ICカードを使った工程管理や各種センサーを使った製造設備の稼働管理、省エネ管理を紹介しています。
渡部:このキットは工場のデジタル化になじみのない参加者が多い地方でのセミナーなどで、IoT設計のプロセスの説明をするときに、実物を見せたり、興味があれば使ってもらったり、プログラミングの手法を教えたりしています。地方や中小企業にデジタル化の知識や技術を普及させていくことは、我々の大切な課題であり責務だと思っています。
関連記事
IT導入の成功は「導入前」にあり? 町工場の稼働率を60%から80%にした「10万円IoT」キット
各社をつなぐ「ゆるやかな標準」で生まれるメリット
――一方で、IVIは「つながる工場」や「ゆるやかな標準」という独自の概念を提唱していますが、どういったものですか。
渡部:これまでの話とは切り口が違うのですが、我々の基本的な定義の狙いの1つに、製造業は連携しないといけない、つまりは工場をつなげる必要があるということです。
大艦巨砲主義といった昔の大企業がすべての作業を自社でまかなうスタイルでは、今の競争時代を生き抜けません。大量生産の時代ならまだしも、今は多品種少量生産の時代で生産品目が目まぐるしく変わることに対応しなければならない。ですから、今後は1つの製品を作り上げるのに、さまざまな企業が協力していかなければならないと考えています。
例えば、最初の工程はA社がやり、次にB社に引き継ぎ、その後はC社、D社に回していく。まさにそれが「つながる工場」なのですが、そうすると各社をつながなければなりませんよね。さまざまな工場のさまざまな現場が業種、業態を超えてつながるためには、各社間で言語が違っていては話ができないので、それぞれの仕事や情報の形式をある程度そろえなくてはなりません。そこで出てくるのが「ゆるやかな標準」という考え方です。
要はルールを決めるということなのですが、本来は各社間でスムーズにやり取りするためには、ルールは厳密に決めれば決めるほど、話は通じやすいし、つながりやすい。
しかし、ルールを厳密に作るとなると手間がかかるし、いったん決めてしまうと変更がきかず、固定化してしまう。そうなると、技術が進歩したり、自社のビジネス環境が変化してやり方を変えようとしたりした場合、ルール変更が非常に大変になります。固定化は、進歩の妨げにもなりうるのです。
もちろん、一定の厳密なルールは必要なのですが、局面によってはルールを作るためのルールを定義しておき、その都度足りない部分を追加したり、新たなルールを作ったりしてやり取りすればいいというのが、ゆるやかな標準です。
どんな生産方式を採るとか、納期をいつにするとかといったレベルだとゆるやかな状態でもやり取りができます。そういった分野での情報のやり取りの方式を各社間で考えてやりませんか、というのが我々の考えです。
標準化で欧州、北米に後れを取る日本の課題は?
――IVIはまた、「協調領域と競争領域」というコンセプトも強く打ち出していますが、つながる工場やゆるやかな標準と、どう関係してくるのですか。
渡部:協調領域に入るものは自社にとって付加価値とはならない技術やノウハウなど、他社と共有してもいい情報です。逆に、競争領域は自社の収益の源泉になるようなもので各企業が独自技術で競争すべき情報となります。
この協調領域こそ、ゆるやかな標準で各企業の技術や人、モノが連携し、つながる工場が実現する場となります。つまりは、各社がwin-winになるような情報を協調領域の情報としてやり取りしたり、その情報を各社が共有することで連携して生産をしたりしましょう、ということです。
ただ、協調領域と競争領域の区別は、各社のビジネスモデルの問題であり、保有技術の中身などによっても変わってくるので各社の判断に任せるしかありません。しかし、問題なのは「協調領域に出す情報と出さない情報を区別してください」と言っても、区別できない会社が多いことです。
日ごろから、自社の付加価値の根源がどこにあるのかを意識していないのは、つながる工場を作るときには大変な障害になります。自社の付加価値がどこにあるのか、競争領域と協調領域に峻別しておくことはとても重要なことです。
――国外と比較して日本の標準化の動向はどうなっていますか。
渡部:一般的に、日本はルールの標準化がうまくないと言われます。一方で、最近の「インダストリー4.0」のドイツを中心にした欧州や、Googleなどの北米の動きを見ると、日本が後追いになるという従来の構図は変わっていません。日本が世界の動きをコントロールするような標準化の中身を提示できない状況が懸念されています。
――日本の企業は標準化や協調領域・競争領域についてどう考えているのですか。
渡部:各社で考え方が違うので難しいところですが、協調領域、競争領域を各社がしっかり切り分けをして協調領域に情報を出さないと、標準化はできません。日本の企業はそこがうまく切り分けられず、競争領域をできるだけ多く取ろうとしてしまう。それが、標準化があまり順調に進んでいない原因です。
日本の製造業が発展し続けるためのポイントは?
――今後も日本の製造業が国際競争力を増し、発展していくためにはどうするべきだと思いますか。
渡部:「現場力が強い」という従来からの強みをしっかり発揮させるべきです。
現場でいかに情報技術を生産に活かせるかが重要で、そのためにはIoTなどの技術を使って、仕入れから加工、デリバリー、決済まで含めてトータルでうまくつなげることを意識しなければなりません。こうしたことは日本だけではなく、世界が考えていることで、特に北米が強く、最近中国も非常に力を入れている。世界にこれ以上後れを取らないためにも全体をうまくつなげる方法論を持たなければならないと思います。
やはり日本の強さの源は現場のエンジニアにあるので、他国との差別化を図るポイントはそこだと思います。日本人の仕事の仕方の特徴を表現するときに「すり合わせ」という言葉がよく使われますが、現場でエンジニアが周囲と相談しながらカイゼンを積み重ね、結果として未だに品質面にも優位性がある。そうした現場のカイゼン力という強みに、情報技術をしっかり取り込んでいかなければなりません。
そして、IoTなどによってデジタル化が当たり前となる中、工場や現場、企業、人、モノがつながって連携して、日本の競争力や付加価値を高めることが必要だと思っています。
関連記事