「Society 5.0」とは? JEITAが読み解く、産業界の飛躍に向けた超スマート社会

「Society 5.0」とは? JEITAが読み解く、産業界の飛躍に向けた超スマート社会
取材・文:大西由花(POWER NEWS)、写真:山﨑美津留

日本の政府や産業界が推進する「Society 5.0」とは何か。Society 5.0の推進を事業計画の基本方針に掲げ、その動向に関して詳細な調査を行っている「電子情報技術産業協会」(以下、JEITA)を取材した。話を聞いたのは、スマート社会ソフトウェア専門委員会委員長であり沖電気工業株式会社 OKIイノベーション塾 塾長兼政策調査部主幹の千村保文氏(下写真、右)と、同委員で三菱電機株式会社 スマートコミュニティプロジェクトグループマネージャー代理の小倉博行氏(下写真、左)。Society 5.0が製造現場の課題解決にどう結びついていくかなどについて、解説してもらった。

JEITAの千村氏と小倉氏

Society 5.0=ITを駆使した未来の「超スマート社会」

――貴協会はどのような団体ですか。主要な事業内容について教えてください。

千村 JEITAはIT・エレクトロニクス分野の業界団体で、会員数は390社/団体(2018年6月時点)と日本最大級の規模です。Society 5.0の実現を目指し、政策提言や産業界に共通する課題解決に向けた取り組み、業界調査統計、市場創出のための事業などを行っています。あらゆる産業をつなげ、業種・業界を超えて社会課題に向き合う課題解決型の業界団体への変革を進めています。

JEITAはいくつかの組織から構成されていますが、私たちが所属する「スマート社会ソフトウェア専門委員会」では、「超スマート社会」におけるソフトウェアの役割を調査、研究の対象にしています。

――Society 5.0とは何ですか。詳しく教えてください。

千村 Society 5.0は目指すべき「未来社会の姿」として提唱されたコンセプトで、社会構造の変化を歴史的に捉えたときに、狩猟社会、農業社会、工業社会、情報社会の次に来る5番目の社会像を示した言葉です。2016年に閣議決定された第5期科学技術基本計画の中で次のように定義されました。

必要なもの・サービスを、必要な⼈に、必要な時に、必要なだけ提供し、社会の様々なニーズにきめ細かに対応でき、あらゆる⼈が質の⾼いサービスを受けられ、年齢、性別、地域、⾔語といった様々な違いを乗り越え、活き活きと快適に暮らすことのできる社会。(原文ママ)

要するに、IoTやAIなどITを使い、人や物が高度に連携した社会を目指し、人が暮らしやすい社会を作ろうという趣旨です。2030年から2050年ごろの未来像で、「超スマート社会」とも呼ばれます。

インタビューに答える千村氏
沖電気工業株式会社 OKIイノベーション塾 塾長兼政策調査部主幹の千村保文氏

――経済産業省が推し進めている「Connected Industries」とはどう違いますか。

千村 Connected Industriesは、Society 5.0を実現させるためのコンセプトです。超スマート社会は、各国、各産業、各企業が別々で発展するだけでは訪れません。そこで、“様々なつながりにより、新たな付加価値が創出される産業社会”として、2017年3月、経済産業省が新たにこのコンセプトを提唱しました。

「SDGs」を達成する手段でもあるSociety5.0

――Society 5.0はどのような目的、課題解決のために立てられたコンセプトですか。

千村 ビッグデータの利活用により、サイバー空間と実空間をつなぐのが大きな目的です。目標を達するための検討項目にはいくつかあり、①プラットフォームの創出とルールの整備、②データ利活用のためのルール整備、③セキュリティ確保に向けた課題解決、④規制・制度改革と社会受容性の醸成、⑤能力開発・人材育成の推進、この5つが主な項目です。

小倉 Society 5.0が提唱されたのと同じころ、国連は2030年までの国際目標「SDGs」(Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)を採択しました。これは、「貧困をなくそう」「飢餓をゼロに」など、持続可能な世界を実現するための17のゴールから成っています。

そして、それを受け日本の経団連は、“Society 5.0はSDGsを達成するための手段(Society 5.0 for SDGs)”だとしました。

インタビューに答える小倉氏
三菱電機株式会社 スマートコミュニティプロジェクトグループマネージャー代理の小倉博行氏

興味深いのが、コンサルティング会社であるデロイトトーマツコンサルティング合同会社によるレポート(日本規格協会の調査研究「SDGsビジネスの可能性とルール形成」)です。SDGsが掲げる17の目標の市場規模が試算され、2017年度のトータルは約3,500兆円でした。

この数字からも明らかなように、社会課題の解決は利益を生み出します。近江商人の「三方よし」と同じ考え方ですね。SDGsを達成する手段であるSociety 5.0も同様なので、業界団体としては積極的にSociety 5.0を推進しています。

千村氏の胸元にあるSDGsのバッジ
17の「THE GLOBAL GOALS」をイメージしたSDGsのロゴをあしらったバッジ

豊富で質の高い製造業のデータが日本の強み

――国内外のスマート関連プロジェクトのうち、製造領域でのプロジェクトの動向について教えてください。

千村 製造業スマート化の取り組みについて、日本の代表的な団体の一つが「IVI(Industrial Value Chain Initiative)」です。工場のIoT化や、工場や企業をつなげる仕組みを産官学連携で構築し、各種実証実験を行っています。

アメリカだと「IIC(Industrial Internet Consortium)」が代表的でしょうか。2014年、アメリカの民間企業5社により立ち上げられた業界団体です。日本からはトヨタや富士通なども参加し、Industrial IoTの実現を目指してテストベットを構築しています。
ヨーロッパは、2013年からドイツが進めている「Industry 4.0」が中心です。中小企業と政府が連携して、工場の高度化や、工場間をつなげるための実証を行っています。
日本以外のアジアですと、2015年、中国政府が「中国製造2025」を発表しましたが、実態について多くは公開されていません。

小倉 アメリカは市場で受け入れられたものが事実上の標準となるデファクト標準、ヨーロッパはどちらかというと、公的標準化組織が中心となり長期の標準化計画を策定するデジュール標準が主流です。

千村 また日独、日仏、独中、独米、独仏など国際協力も近年進展しており、協調しながら、いかに自国の強みを打ち出すかを各国が摸索している状況です。

――日本の製造業の強みは何だと思いますか。

小倉 Society 5.0は、ビッグデータとIoT、AI、エッジ、クラウドを組み合わせたプラットフォームの上に構築される社会です。故に、データはSociety 5.0にとっていわば駆動源であり、非常に重要なものです。日本は、Society 5.0のベースとなり得る質の高い製造業のデータを、他国よりも豊富に持っています。それは一つの強みではないでしょうか。

千村 ハイクオリティな多品種少量生産も強みだと思います。お客さまのニーズに合わせ、細かく擦り合わせて提供する。それを巧みに行えるのは、日本の製造業ならではです。沖電気工業(OKI)では工場の国内回帰を進めていますが、事実、国内工場では主に高品質で多品種な少量製品の受託生産(EMS)サービスを提供しています。

インタビューに答える千村氏と小倉氏

個人情報保護法改正でビッグデータ利活用促進に期待

――国内で工場のスマート化はどの程度まで進んでいますか。

千村 工場のスマート化の第一段階はインテリジェント化、つまりITの活用で課題を見える化し、障害予想などをできるようにすることです。第二段階は工場のロボット化、完全自動化です。第三段階が仮想工場で、複数の工場をつなぎ、あたかも1つの工場であるかのように機能させることです。

現在実装が進んでいるのは、第一段階と第二段階が中心です。また第三段階についても、少しずつ事例が出始めています。例えば、工場から保守拠点に図面を送り、そのデータをもとに3Dプリンターでネジを作り、修理を完了させるといった具合です。

――製造の領域で、スマート関連の取り組みに力を入れている国内のベンチャーや中小企業はありますか。

千村 例えば、「IoT推進Lab」が主催するイベント「IoT Lab Selection」で、2016年に審査員特別賞を受賞した「エブリセンスジャパン」のサービスは興味深いと思います。

同社は、データの持ち主と、そのデータを欲する人を仲介するデータ取引市場を作ろうとしており、そのためのIoTプラットフォームが受賞となりました。これは製造業を含め、社会全体に関わるサービスでしょう。

――Society 5.0の検討事項の一つでもある、データ利活用のためのルール整備は進んでいますか。

千村 経産省とIoT推進コンソーシアムが一定のガイドラインを出しています。企業がビジネスをする際、参考になると思います。

小倉 2017年には改正個人情報保護法も施行されました。本人が特定されないよう加工した個人情報を、ビッグデータとして利活用できるようにするための改正で、産業発展への寄与が期待されます。

インタビューに答える小倉氏

Society 5.0実現に向け注目を集める国際標準化

――日本の製造業がSociety 5.0を実現するためのポイントはどこにあると思われますか。

千村 例えば、複数の工場をつなげる場合には、製造実行システムや各種センサー、生産管理システムなどを互いに連携できるよう、データを統一化させなければなりません。そのために必要なのは標準を作ることで、それがSociety 5.0実現のカギになると思います。

小倉 IVIが策定したアーキテクチャーモデルに「IVRA ; Industrial Value Chain Reference Architecture」があります(記事末の参考リンク参照)。3次元の立方体で表現し、製造現場などでの取り組みを「資産」「活動」「管理」の3つの視点で評価します。目指すのは「ゆるやかな標準化」です。大企業だけでなく、日本の産業を支える中小企業も巻き込めるよう考え出されたモデルです。

他方、各国の標準化団体や民間企業によるアライアンス、コンソーシアムがこぞって国際標準を作ろうと動いています。日本の団体も含め、複数の団体が標準づくりに力を注いでいるのには、標準化を通じてイニシアティブを取る狙いがあると言われています。

「信頼」は工学の知識だけではなく、文系の力も必要

――Society 5.0の実現により、社会はどう変わると予想されますか。

小倉 アメリカの文明評論家のジェレミー・リフキン氏が、IoTなどの技術の進歩により、再生可能エネルギー、コミュニケーション、運輸の3つの分野で限界費用がゼロに近づいて行き、それが資本主義経済の衰退と共有型経済(シェアリングエコノミー)の台頭を招くと予測しています。

これは当たっているかもしれないと思い、昨年度のJEITAスマート社会ソフトウェア専門委員会では、運輸の中の自動運転をテーマにして、ソフトウェアに関する具体的な事例や標準化戦略についての調査や検討を行いました。

千村 その一環として、「東京大学生産技術研究所次世代ITSセンター」を見学し、そこで確認したいくつかの事実が大変興味深かったです。まず、自動運転のレベルは1から5までありますが、今後、ステアリング操作と加減速の運転支援を行う「レベル2」と、特定の場所ですべての操作が完全に自動化される「レベル4」の実用化が進んでいく。つまり、公共車の自動運転が進むと見られています。

次に、自動運転の実用化が進んだ時、自動車メーカーではなく、既存オペレーター、つまり運行ノウハウを持つ団体がキープレイヤーになるのではないかと、研究者たちは見ているようです。実際、ギリシャやシンガポールでは自動運転の実証実験が進んでいるのですが、これらの国には大手の自動車メーカーがない一方で、公共交通機関が非常に発達しています。究極に進んだ自動運転はレールがない鉄道のようなものなので、オペレーションシステムこそが大事になるのでしょう。

いずれにせよ、自動運転の普及には社会受容性が不可欠だとの見解もあります。もし、人が乗っていない自動車が街中を走っているのを突如見かけたら、どれだけ安全だからと言われても、不安に感じるものですよね。それを利用する人も嫌がったりするかもしれません。

小倉 結局、たとえ優れた技術であっても、それがエンドユーザーである人間に受け入れられなければどうしようもなく、社会的受容性が最終的なゴールになります。
平常時の快適・便利、有事の安心・安全サービスの両立が必要で、そうしないと社会に受け入れられない。そうなると、工学の知識だけでは対応できず、経済学、人文学、心理学、社会学などの社会科学の知識も必要になってきます。

千村 社会受容性の根幹にある安心・安全とは何ぞやという問題になり、「信頼をどう得るか」に行きつくことになります。それを考えるに当たってはもはや、人文科学や心理学などの知識も必要です。「文系」、「理系」と言っている場合ではないのです。

インタビューに答える千村氏

価値ある一歩先の情報の提供を目指したい

――今回お話しいただいた内容を含め、貴協会が制作した書籍『IoT、AIを活用した ‘超スマート社会’ 実現への道』には、超スマート社会に関する重要な情報が整理されています。

書籍の書影
『IoT、AIを活用した ‘超スマート社会’ 実現への道』

千村 この本は、超スマート社会に関する国内外の動向について調査した、2012年度から5年間のレポートをもとにまとめたものです。超スマート社会のことをもっと広く知ってもらいたいとの思いから、全体が俯瞰できるよう、情報を中立的に集めています。

小倉 私たちは、政府が超スマート社会を提唱する2~3年前から、スマート社会に関する調査や検討を行ってきました。またJEITAでは2012年には、スマート社会実現のための社会インフラ情報の利活用基盤モデルである「JEITA I-model」を提唱するなど、他に先駆けて活動してきました。

――超スマート社会に関する調査は今後も続けていきますか。

千村 スマート社会問題は根も深く、幅も広いです。また今後、データの利活用が産業の発展にとってますます重要になっていくと考えられます。私たちは業界団体なので、各企業、各産業にとって価値のある、一歩先行く情報が提供できるよう今後も調査を続けていきます。そして、活動を通して日本の産業を盛り上げていきたいと思います。


本文に関する参考リンク
1.書籍『IoT、AIを活用した ‘超スマート社会’ 実現への道』
https://www.jeita.or.jp/cgi-bin/public/detail.cgi?id=692&cateid=6(JEITA内刊行物サイト)
https://r.impressrd.jp/iil/society(販売元・株式会社インプレス)
2.日本が出したリファレンスアーキテクチャ「IVRA」
https://iv-i.org/docs/doc_161228_Industrial_Value_Chain_Reference_Architecture_JP.pdf
P2 IVRAにおける3次元モデル(出典:IVI)