町工場の稼働率を60%から80%にした10万円IoTキットーーIT導入の成功は「導入前」にあり?
生産現場のIoT(Internet of Things)化を検討する際に大きな課題となるのは、設備投資にかかるコストだ。特に中小企業にとって、費用対効果の見込めない投資は死活問題となるため、IoT化に二の足を踏む企業が多い。そんな中、千葉県流山市にあるプラスチック製品の製造加工業の「朋友」は、低コストでのIoT導入を成功させた。債務超過に陥っていた企業を救った「10万円IoTキット」がもたらした効果やIoT導入成功の秘訣を同社の高田敬司代表取締役(上写真右)と、IoT導入をサポートした中小企業診断士で「経営改善研究所」の細野祐一所長(上写真左)に聞く。
ブラックボックス化していた夜中の稼働状況をIoTで可視化
――IoTキットの導入前までは、どのような課題を抱えていたのでしょうか。
細野:最初に高田社長からご相談を受けたのは2015年ごろ、生産性向上についてでした。朋友さんは取引先からの信頼が厚く、常に安定した受注があります。交代勤務による24時間体制の生産を行っており、仕事量も多いはずなのに利益率が低く、債務超過に陥っていました。
高田:細野さんに経営改善のために弊社を分析してもらうと、やはり強みは「24時間稼働」ということでした。弊社のような規模では人件費がかかるので、24時間稼働をしている工場はほとんどありません。メリットは短納期ができるということ。そのためには夜の時間をしっかりフル活用しなければなりません。
高田:弊社のプラスチック製品は、射出成形機という機械に金型をセットし、溶かしたプラスチックの原料を入れ圧力をかけて形作り、製品にしていきます。製造については、この射出成形機が正常に稼働してさえいれば、製品は自動的にどんどん出来上がります。従業員は、機械が正常に動いているか見ながら、製品に不備がないか検査して箱詰めしていきます。ですが、夜に生産した製品が、朝になってみると予想していたより出来上がった数量が少ないことがありました。機械が止まっても、弊社は外国人従業員が多いため日報による報告ができません。私も夜は工場にいないので、不具合が起こった際の詳しい状況がわからなかったのです。
――稼働時間を可視化するために、御社が2017年に採用した、IoT導入のために使用したツールについて教えてください。
高田:「Raspberry Pi(ラズベリーパイ)」と呼ばれる小型PCボードを利用したキットです。射出成形機の動力モーターに電流センサーを取り付けることで、稼働状況がクラウド上に蓄積され、現在は工場にある全9台の機械の稼働率をモニタリングすることができています。導入にあたっては、細野さんにプログラムを作成してもらいました。
細野:仕組み自体は非常にシンプルな装置です。「Industrial Value Chain Initiative」(IoTなどを推進することで日本のものづくりの高度化を目指すフォーラム、以下、IVI)が提供する「10万円IoTキット」を活用しました。収集したデータを分析するためのコンテキサーはオリジナルで開発しました。
細野:最初は、私が独自にラズベリーパイに電流センサーを繋ぐ試作品を作りました。そして試作品で射出成形機の電流を測定することで機械の稼働が分かるようになったのです。試作品作成前から、IVIの西岡靖之理事長(法政大学教授)が代表を務める「法政大学大学院 つながるものづくり研究所」に所属していたことから、西岡先生に試作品のことを報告したところ、当時構築段階にあった「10万円IoTキット」にその機能を組み込んでいただけました。それからは「10万円IoTキット」で測定しています。
実は試作品や「10万円IoTキット」を導入する前は、私自身が工場に張り付き“人間センサー”となり、夜の機械の稼働状況について調べました。24時間かけて射出成形機の稼働状況を定点観測した結果、稼働率はおよそ60%だと判明しました。調べる前は90%と予想していたので、はるかに低い結果でした。ただ、稼働率が下がる原因や継続的な調査したくとも、何日も寝ずに現場に張り付くわけにはいかず、「10万円IoTキット」を導入しました。
【 用語解説 】
Raspberry Pi
ARMプロセッサを搭載したシングルボードコンピュータ。イギリスのラズベリーパイ財団によって開発されている。安価に入手できるIoT機器として趣味や業務に広く用いられている。
射出成形機
プラスチック製品を加工する機械。プラスチックの材料を溶かし、金型に流し込み、固めて形を作る。ペットボトルから医療用具、携帯電話用部品などさまざまな製品に使用されている。
IoT導入からわずか1カ月で稼働率は60%から80%に
――なぜ予想よりも稼働率が低かったのですか。
高田:当初から稼働率に問題があるかもしれないと思っていましたが、この時初めて数値として理解しました。よく調べてみると、稼働率を下げる原因は2つありました。
1つは、生産計画が粗かったこと。当時は週ごとに日単位で生産を計画、管理しており、1台の射出成形機につき1日1製品を製造する、という流れでした。小ロットの製品は数時間で生産が終わります。次に作る製品の用意がなく、従業員の手が空いてしまうことがよくありました。そういう状態なので受注は多いのに、社内での製造が間に合わず、結果的に外注の割合が高くなってしまっていました。当然、外に出していては売り上げは伸びません。
もう1つは、段取り替えの負担です。段取り替えとは、1つの製品の製造が終わるごとに射出成形機に設置していた金型とプラスチック原料を入れ替え、熱、圧力、スピードなどの設定条件をセットし、品質を確認しながら微調整する作業です。経験を要する重要な作業であり、従業員の技能によってどうしても品質にバラつきが生じます。段取り替えはほぼ毎日発生しますが、品質を保たなくてはならないので、基本的に私が工場にいる時間にしか行わせません。そのため、段取り替えができず、手の空いた社員が待つだけの状態が発生していました。
細野:この結果を受けて、工場のリーダー役を交えて現状について徹底的に議論したところ、「今後は常に稼働状況を把握する必要がある」ということで意見が一致しました。方向性が明確になったので、本格的なIoT導入に乗り出しました。約1カ月半のシステム開発期間を経て、2017年8月にまず2台の機械にIoTキットを取り付け、その成果が見えてきたので12月に9台すべてに実装を行いました。総費用はわずか110万円程度でした。
高田:機械メーカーにも稼働率を調べられるソフトウェアがあるのですが、メーカーごとにしか使えず連携できない上、1つあたり150万円ほどかかります。弊社は3つのメーカーの機械が入っており、全てにそのソフトを導入すると大きな出費になってしまう。細野さんが安価なIoTキットを使って作ってくれたので、本当に助かりました。
――IoT導入を進めたことで、何が変わりましたか。
高田:これまでは不透明だった時間ごとの稼働状況が詳細にわかるようになりました。可視化によって見えてきたのは、不具合による「チョコ停」です。チョコ停とは、ちょこっとだけ機械が止まることです。
夜間はフル生産していると思っていたら、実は細かな停止がとても多かった。以前は大きなトラブルが起こった際にしか報告が来なかったので、チョコ停がこんなに多く、稼働率を下げていたとはわかりませんでした。
機械が止まるときには、金型の不具合や機械の設定条件、原料の問題など必ず理由があります。1つずつ原因を解明していくことによって、大きなロスにつながるトラブルを未然に防ぐことができるはずです。細野さんと工場長の3人で、収集データを見ながら改善計画を練りました。
細野:モニタリングを始めた直後から、目に見えて数字が変化しましたね。2017年8月にIT導入をした翌月には、稼働率は約60%から約80%に上昇しました。
稼働状況の可視化がもたらした従業員の意識改革
――IoT導入にあたり、従業員の働き方や意識などに変化はありましたか?
高田:大きな成果が出ました。それまではできる力があったのに、やれていなかった。それに製品によっては作り始めたら何時に終わるかわからないこともありましたが、業務におけるムダやムラが可視化され稼働率が上がる中でそれぞれの製品にかかる製造時間も詳しく見えてきました。
それを受け、以前は日単位で立てていた生産計画を、時間単位で精密に管理するようにしました。これが大きな変化の1つです。前もって機械の空き時間が出ることが判明しているときは、その時間にもう1つ別の製造を入れ込むなど、フレキシブルな生産が可能になりました。また、詳細な週間予定表を作成し従業員に共有したことで、従業員たちは事前に準備するなど効率的に仕事を進められるようになりました。
段取り替えの負担も極力減らすようにしています。日中は私と工場長が作業をサポートできるので、なるべく昼間の、万全のタイミングで段取り替えを済ませられるように計画を立てています。段取り替えの後は数時間生産を行い、製品のでき具合を安定させてから夜間に引き継ぐようにしました。そうしたことで、夜間の従業員は生産に集中できるようになりました。
また、それまでは夜の中途半端な時間に製造が終わってしまうこともありましたが、現在は明け方に生産が終わるようにスケジュールを組み、金型を交換したところで昼間勤務の従業員と交代しています。朝もすぐに生産体制に入れて、スムーズな仕事の流れになりました。結果的に全体の生産量がアップしました。
また、従業員の中に「時間の無駄をなくそう」という共通認識も生まれ、業務に関するコミュニケーションが以前よりも頻繁に交わされるようになりました。結果、時間の無駄が大幅に減ったことで、外注加工費率は約9%から約4%に減少し、経営はかなり改善されました。
IoT導入成功の鍵は業務プロセスの見直し
――IoT導入だけでそこまで変わるものですか。
細野:IoT導入だけではありません。IoT導入の前のプロセスとして現場をしっかりと分析した上で稼働率をKPIに設定し、さらに経営者が従業員を巻き込んで全社的に話し合い、課題感を共有することが大切です。土台となる生産現場の可視化の必要性について従業員の納得が得られていない状況では、たとえIoTを導入しても効果は発揮されなかったでしょう。
経済産業省の「2018年版 中小企業白書」によると、IoT導入の成功率には「業務プロセスの見直し」の有無が大きく関わっているという結果が出ています。見直しを行わない際のIoT導入の成功率は、わずか30%程度。プロセスの見直しによって大きく向上するものの、それでもやっと50%弱の成功率です。いかにIT投資のリスクが高いかということがわかります。
朋友さんの場合は、IoT導入に至るまでの業務プロセスの見直しに2年の月日を要しました。ここも大切なポイントだと思います。
――導入前の取り組みこそが肝心なのですね。IT導入によって新たに見えてきた今後の可能性としては何がありますか。
細野:品質への視点です。現在は設備稼働率だけをKPIにしていますが、それをベースとして今後は「良品率」をKPIとして追加します。機械が何回動いたかをIoTキットがカウントすることで、正確な製造量を把握し、そのうち何個が出荷されたのかを割り出せば良品率の測定が可能です。
また、お客さんからクレームが出た際には、誰がその製品の生産に携わったのかというトレーサビリティをとることもできるようにします。より詳細な情報をモニタリングできる生産実績管理システムを現在開発中です。
高田:業界の潮流として、低コストでありながらも高品質な製品が求められています。クオリティを上げるにはもちろんコストがかかりますが、それをいかに抑えられるか。精度を上げ、品質を打ち出せることは弊社にとって新しい強みとなり、信用の確保となります。さらなるIoTの活用によってトレーサビリティをとり、品質を担保した生産体制を整えていくことが今後の目標です。