キャッシュレス決済を推進する「経済産業省」ーー小売業界の業務効率化に寄与し、消費者に利便性を提供
キャッシュレス決済比率が約20%と普及が進まない日本のキャッシュレス。そんななか、2019年10月から「キャッシュレス・ポイント還元事業」を実施するなど、現在、国を挙げてキャッシュレスを推進している。事業開始から6カ月が経ち、全国の中小店舗や商店街、コンビニ、決済事業者において、キャッシュレス決済比率上昇などの事例が出てきているという。国が考える、キャッシュレス化で目指す社会のビジョンとはどのようなものなのか。キャッシュレス推進の真の狙いについて、経済産業省商務・サービスグループ キャッシュレス推進室 坂本弘美室長補佐に語ってもらった。
人手不足解消や現金決済インフラのコスト削減に貢献するキャッシュレス
——政府が掲げるビジョン「キャッシュレス社会」とはどのような社会なのでしょうか。
坂本:経済産業省が目指すキャッシュレス社会は、電子マネーやクレジットカードなど繰り返し使える電子的な決済手段、いわゆるキャッシュレスで支払いが行われることにより、消費者、実店舗などの事業者、クレジットカード会社やQRコード 決済事業者などの事業者がそれぞれ生産性向上と、データの利活用等による付加価値を享受できる社会です。
坂本:キャッシュレス化がもたらす具体的なメリットとして、第一に、店舗での現金管理の手間が削減されることが挙げられます。レジ現金残高確認、つまり「レジ締め」は従業員が手作業で行っており、レジ1台当たり平均25分が日々費やされているといった調査結果が出ています。この作業時間が短縮されれば、社会問題である人手不足改善の一助になると考えられます。
さらに、「レジ締め」などの店舗での現金管理業務に加え、現金の製造や金融機関と店舗間の現金輸送、ATMの設備費などそれぞれにコストが発生しており、総額で年間約1.6兆円にのぼるとの試算も出ています。キャッシュレス化により、こうした現金取扱いのために費やされているコストが抑えられるようになるでしょう。
また、キャッシュレス化は店舗の売上向上にもつながり得ると考えています。訪日外国人の約7割が、クレジットカードなどが利用できる場所が今より多かったら、もっと多くお金を使ったと回答したというアンケート結果もあります。店舗にとってはこうした訪日外国人の需要をつかむことが可能になります。
キャッシュレス化がもたらすデータによるビジネス
——日本では現金を使うことが当たり前で「現金の使用によるコスト」が認知されていないかもしれませんね。その他にもメリットはあるのでしょうか?
坂本:キャッシュレス決済により得られる消費データを分析・利活用することにより、高度なマーケティングや、ターゲットに特化したサービス開発が可能になると考えています。さらには、サプライチェーン全体や業界を超えてデータを連携することで、融資や資産運用サービスなど新たな消費者向けサービスの創造や、在庫管理や物流の効率化などにつながり、より市場経済が活性化していく可能性もあると考えています。
——現在日本ではどの程度キャッシュレス決済が利用されているのでしょうか。
坂本:世界各国のキャッシュレス決済比率は、比較可能な最新のデータでは韓国は約96%に達し、欧米諸国などキャッシュレス化が進展している国は軒並み40~60%台に到達するなか、日本は約20%となっています。
キャッシュレス決済は、多くの消費者や店舗が使うほどに決済サービス自体はインフラとなっていくので、決済事業それだけでは儲からなくなると予想されます。そうすると、決済事業以外の付加価値を収入源とするビジネスとなり、新たな経済圏が生まれていく可能性があります。このような世界の動きがあるなかで、キャッシュレス化と、それにまつわるデータの利活用を推進していくことは急務であると考えています。
現金に対する信頼や支払いサービスのコスト構造がキャッシュレス化に向けた課題
——他国に比べ日本でキャッシュレスが普及しにくいのはなぜなのでしょうか。
坂本:キャッシュレス化が進まない理由として、日本は現金への信頼が高いという点が挙げられます。一方、使い慣れていないキャッシュレスに対しては、使い過ぎやセキュリティ面に対する懸念など漠然とした不安感から、「現金でいい」という感覚になってしまう面もあるようです。
また、キャッシュレス決済に対応していない店舗が多いのも事実です。現金支払いの店舗がある限り消費者は現金を持ち歩く必要があるため、現金決済中心の生活からなかなかライフスタイルを変えられないのではないかと推察されます。
坂本:キャッシュレスに対応していない店舗が多い原因として、キャッシュレス決済に対応するための端末導入コストや、決済事業者に支払う手数料が高いことが挙げられます。中小・小規模事業者の場合、手数料は高くなる傾向があり、5~7%台になる店舗もあると言われていました。特に、利益率が高くない業態においては、せっかくキャッシュレスで売り上げても、店舗によってはこの手数料水準では赤字になる場合もあり、このことが、中小店舗へのキャッシュレス普及を妨げているとの指摘もあります。
こうした現状も踏まえて、消費税率引上げに伴う需要平準化と、消費税率引上げの影響を受ける中小企業の支援、キャッシュレス推進による消費者の利便性や店舗の効率化・売上拡大を目的として、2019年10月からキャッシュレス・ポイント還元事業を開始しました。
「キャッシュレス・ポイント還元事業」でキャッシュレス化を推進
——改めて、「キャッシュレス・ポイント還元事業」の内容や狙いについて教えてください。
坂本:「キャッシュレス・ポイント還元事業」は、 2019年10月1日から2020年6月末まで、対象店舗において登録されたキャッシュレス決済で支払いをすると、最大で5%のポイント還元を受けられる事業です。対象となる店舗は店頭に貼られているポスターや地図アプリ、ホームページから確認できます。
中小店舗に対しては、決済端末の費用を補助し実質負担ゼロにするとともに、手数料については3.25%以下とすることを条件とした上で、期間内にその3分の1を補助することで、実質2.17%以下としています(※ポイント還元事業における決済事業者は、4月末までに事務局へ申請を完了し、5月末までに店舗に決済端末を設置する必要があります。このため、決済事業者によっては、店舗からの受付を3月前後に締め切っているものもありますのでご注意ください。
坂本:消費者のみなさまや中小店舗のみなさまには、ぜひこの機会にキャッシュレス決済を利用していただき、その利便性を実感していただきたいと思っています。現在、経済産業省としても、全国各地で「キャッシュレス使い方講座」を開催しています(※2020年3月現在、コロナウイルスの影響で開催を中止しております)。
地方での導入も増加し、登録加盟店数は約100万店超に
——事業開始から6カ月が経ちました。これまでの成果など、手応えはいかがですか。
坂本:登録加盟店数は、事業開始時には約50万店であったのが、2020年3月23日時点で約107万店にのぼっています。さらに、効果が現れているという声も届いています。コンビニでキャッシュレス決済比率が上がった例や、決済事業者でポイント会員の新規入会数が大幅に増えた例もありました。全国の中小店舗や商店街からも前向きな声をいただいています。例えば、広島県の東城町商工会は独自の電子マネーを発行していて、飲食店やスーパーなど町内約140店舗のうち55店舗で利用でき、地域住民の約9割がその電子マネーを保有しているそうです(2020年2月現在)。
——キャッシュレス・ポイント還元事業を開始してみて明らかになった課題はありますか。
坂本:中小店舗、消費者の方からよく聞かれる質問としては、各決済事業者が提供する決済サービスが多く、たくさん選択肢がある分どれを使ったらいいのかわからないといったものが挙げられます。たしかに、現状では様々なキャッシュレス決済サービスが提供されていますが、自由競争のなかで各社が切磋琢磨し、より便利なサービスが創出されていくことを期待しています。
また、特にQRコード決済については、中小店舗に導入する決済サービスの分だけQRコードを置かなければならない場合があります。そのため、産学官からなる一般社団法人キャッシュレス推進協議会において、QRコードの統一規格である「JPQR」を策定し、経済産業省としてもその普及に取り組んでいます。これにより、決済サービス毎にQRコードを設置する必要がなくなるため、店舗や消費者の混乱を解消することが可能になります。
キャッシュレスをだれにとっても使いやすく身近なものに
——経産省の「キャッシュレス・ビジョン」の中では、2025年までにキャッシュレス決済比率を40%に、将来的には80%を目指すという目標が打ち出されています。キャッシュレス・ポイント還元事業の終了以降は、今後どのような方法でキャッシュレス化を推進していく予定ですか。
坂本:今回のポイント還元事業では、決済事業者には手数料を3.25%以下にするとともに、事業終了後の手数料の取扱いを公表することを事業への参加の条件としました。決済事業者間で市場競争が働いた結果、店舗が支払っている手数料の平均は下がり、事業期間終了後も半数強の決済事業者がこの手数料を維持するといっています。また、入金サイクルの遅れによる資金繰りの悪化を心配される中小・小規模事業者の方を対象に、日本政策金融公庫による低利の融資制度も創設したので、ぜひご利用いただきたいです。
キャッシュレス化は、消費者に利便性を提供し、店舗の業務効率化や売上拡大に寄与するものだと考えています。そして中長期的には、事業者間のデータ連携を通じて、新しいサービスやビジネスモデルを生み出すきっかけにもつながっていくでしょう。
事業者にとって、キャッシュレスは目的ではなく手段となり得ます。キャッシュレスは決済事業者にとって重要な顧客接点の一つとなり、新しいサービス創出の要となると考えています。
また、これまで決済分野以外のビジネスを展開していた企業が、顧客接点を獲得するために決済事業に参入する動きが見られています。このような動きが増えてくると、これまで決済を中心にビジネスを展開していた企業が、得られた決済データを活用して新しいサービスを作る動きも今後出てくるのではないかと考えられます。
坂本:あとは、1人でも多くの消費者のみなさまにキャッシュレスの利便性を知ってもらうことが重要だと思っています。キャッシュレスは、どうしても都心部で若い方々が利用するものというイメージをお持ちの方も多いのですが、与信審査やスマートフォンがなくても使える地元のスーパーが発行しているカードなどもあり、高齢者を含めた多くの消費者に御利用いただくことができると考えています。
まずはキャッシュレス・ポイント還元事業を契機にキャッシュレスの利便性を体感していただき、事業終了後も継続して使っていただきたいです。全国の幅広い地域で1 人でも多くの方々に使ってもらえるよう、地道に周知活動に取り組んでいきたいと思っています。