「Connected Industries」で官民一体となり、強い現場力の再構築を——経済産業省からの熱きメッセージ

「Connected Industries」で官民一体となり、強い現場力の再構築を——経済産業省からの熱きメッセージ
取材・文:大西由花(POWER NEWS)、写真:佐坂和也

経済産業省がものづくりの現場で提唱する「Connected Industries」とは、どういった理由から生み出され、何を目指すためのコンセプトなのか。そして、今どうして「Connected」=「つなげる」ことが必要なのか。世界から見た日本の製造業の課題やその克服などについて、経済産業省の坂本弘美・製造産業局総務課課長補佐と戸田悠子・商務情報政策局情報経済課課長補佐に話を聞いた。

【用語解説】
Connected Industries

第四次産業革命による技術革新を踏まえ、サイバー空間とフィジカルな実社会とが高度に融合する「Society 5.0」を実現するための産業像を示すコンセプト。2017年に経済産業省が提唱。企業や業種の垣根を越えたデータ連携を推進し、新たな価値創出を図る。

Connected Industriesが新たな付加価値創出のチャンスに

――Connected Industriesが生み出された背景には何があるのでしょうか。

戸田:Connected Industriesは、日本の産業が目指すべき姿、コンセプトとして、2017年3月に経済産業省が提唱しました。さまざまな業種、企業、人、機械、データをつなげ、デジタル技術によりデータを有効活用し、技術革新や生産性向上、技能伝承を行う。その結果、人手不足やエネルギー制約などの社会課題を解決し、産業競争力を強化させるのが狙いです。 「第4次産業革命」、「Society 5.0」との関係から言えば、デジタル技術を背景にした第4次産業革命が起きたから、Connected Industriesの考え方が可能となりました。また、デジタル技術を使ってデータを活用し、その先にある未来社会「Society 5.0」の実現を目指すので、この3つは一体です。

経済産業省 戸田悠子氏
経済産業省 商務情報政策局 情報経済課課長補佐の戸田悠子氏

昨今のIoT、AI、ビッグデータなどデジタル技術の進歩により、データ利活用の幅が広がっています。海外では蓄積したデータを使い、生産性を上げるための新しい仕組みやサービス作りに向け動き出しています。当然、日本の産業でもデータを活用していきたいところなのですが、例えば製造現場で積み上げられてきた素晴らしい技術の多くは、データとして利活用できる形態になっていません。また、データプロファイルが標準化されていないため、企業間あるいは社内においてでさえ、データ連携ができていません。その点を課題視し、立てられた政策がConnected Industriesです。

データがデジタル技術と結びつくことが企業のチャンス

坂本:経産省がConnected Industriesを打ち出す数年前から、世の中の流れに敏感な一部の企業はデジタル技術活用に取り組んでいました。ただ、政府がConnected Industriesとして位置付けたことは大きかったと自負しています。各社独自の取り組みに対し、国も同じ方向に進んでいるという認識づけができたからです。

経済産業省 坂本弘美氏
経済産業省 製造産業局 総務課課長補佐の坂本弘美氏

Connected Industriesの製造業での先進事例の一つに、人工知能による技術伝承があります。東京都八王子市で精密機械部品機械メーカーの月井精密株式会社では、手間のかかる見積り作成を、熟練の社員が長年の経験に基づいて行ってきました。そのノウハウをデジタル化、若手技術者らに共有して技能を継承し、誰でも簡単に作成できる仕組みを開発。社内でコネクトが成功した例です。さらに同社は、自社内での利用による省力化にとどまらず、他の中小製造業に展開することで本業以外での収益モデルの構築を図ろうとしています。ものづくり企業がビジネスモデルを変革し、会社の経営にも影響を与えるということが特徴的です。

また、京都市のアルミ切削加工を行うHILLTOP株式会社は、過去数十年にわたる職人の技のデータ・デジタル化を進め、24時間無人稼働での多品種・単品・短納期加工を実現させました。製品の設計をして夜にデータを入力すると、機械が加工データ通りに作業し、朝には製品が出来上がるという仕組みをデジタル技術を使って編み出し、生産性向上や取引拡大を実現させました。今は米国カリフォルニアにも進出し、高い評価を受けています。

経済産業省によるConnected Industriesの資料

同様の事例は少しずつ出てきています。企業が持つデータがデジタル技術と結びつくことによって、製造はじめ産業にとってはチャンスになる可能性が高いのです。

日本の存在力をどれだけ高められるかが今後の課題

――データの利活用の状況はどうなっていますか。

戸田:センサー技術が進み、いろいろな物からもデータを取れるようになり、ディープラーニングなどの新たな処理・分析技術が生まれ、多種多様なデータをビジネスに活用できる環境が整ってきました。

これまでビッグデータは、米国のAmazonやGoogleといった大手ITプラットフォームが持つ、PCやスマホなどから取れるアクセス履歴や消費動向などのデータが大半を占め、マーケティング分野などBtoCでの活用が中心でした。しかし、今後はIoTの進歩で、モノから取得したデータによってビッグデータの量や質そのものが増強されることで、生産管理の自動化や物流全体の効率化など、BtoBの領域でも新しいサービスが出て来ると考えられており、現在がまさにその転換期だと言えます。

製造業のバリューチェーン
製造業ではソリューション層のポジション確保でせめぎ合いが起きている

坂本:製造業のバリューチェーンは「製造現場・ハードウエア」、「ソリューション」、「IT基盤・ソフトウェア」の3層に分類できます。今後の競争の主戦場、かつ利益の源泉となるのはソリューション層だと、欧米企業も含め認識しています。つまり、物理のデータがIT基盤・ソフトウェア層に上がってきた時に、いかに優れたソリューションを提供できるかが勝負であり、そこで利益を取れる企業を増やし、日本の存在感をどれだけ高めていけるかが課題だと思っています。

産業全体をつなげることが海外メガ企業への対抗策

――企業や産業が垣根を越えてつながることがどうして必要なのですか。

戸田:これまで日本の各企業は自分たちのデータを囲い込もうとしていましたが、それだけでは今後の競争に勝てないというのが、Connected Industriesの考えの前提になっています。各企業、各業界、ベンチャーと大企業などが互いにつながり連携することにより、日本の強みがより発揮できると期待しています。

自社だけで抱えていても活かしようのないデータや、ビッグデータ化した方が強みを活かせるデータをお互いに融通し合って利活用すれば、それを使いサービスを生み出すなど、新たな付加価値を創出していけるはずです。こうした複数のプレイヤー間で相互協力を進めるべき領域を、「協調領域」と呼んで、その具体的な特定やさらなる拡大を後押ししています。

Connected Industriesの考え方
Connected Industriesが描く、日本の産業が目指す姿

先ほども述べましたが、日本は同一工場内のシステムでさえ統一されず、データのフォーマットが違ったりしていて、その点は海外よりも遅れています。日本の現場力は素晴らしく、匠の技など現場にさまざまな技術の蓄積があります。ところがそういった技術は、データとして使える状態にまだなっていないのです。

坂本:日本の企業、特に中小企業はデジタル化した匠の技が外部に漏れてしまうことを恐れています。経営すら危うくなるかもしれないからです。だから、Connected Industriesでは、各企業がデータを出しやすくするために、データが活用できる仕組みづくり、基盤整備の推進にまさに取り組んでいるところです。

経済産業省 戸田悠子氏と坂本弘美氏

戸田:AmazonやGoogleなど海外のメガ企業との競争に負けないためという理由もあります。メガ企業は何をするにも投資の額が桁違いです。それに対抗するためには、企業が協調して、業界横断的に物事を進めなければなりません。

分野ごとの政策資源投入と横断的支援策で推進

――Connected Industriesに関する国の具体的な取り組みについて教えてください。

坂本:さまざまな方面からしっかりサポートしていきたいと考えています。例えば、中小製造企業向けには「スマートものづくり応援隊事業」を推進しています。これは、中小企業や小規模事業者に人材を派遣して、IoTやロボット等を用いたカイゼンを指導する事業を支援する予算事業です。指導者の育成も行っています。商工会議所や各都道府県にある産業団体を中心に、相談拠点の整備を進めています。

製造現場の課題をしっかり見極め、その課題解決のための手段としてITやロボットを提案するなど、「身の丈」に合う導入支援となるよう心掛けています。指導実績も上がってきていて、その一部は今年の「ものづくり白書」でも紹介しています。

経済産業省 戸田悠子氏

戸田:産業間の横断的な取り組みとして、「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」を策定しました。これは、契約による産業データの利用権限の取り決めを促すためのものです。昨年度作ったガイドラインを、より民間の実態に合うように改訂し、今年の6月に公表しました。

同じく6月、「生産性向上特別措置法」も施行されました。その中に、データの共有・連携のための設備投資に対する減税措置や、公的データの提供を要請する制度の創設などを盛り込み、データ連携の仕組み構築に向けた支援を行っていきます。

AI技術を持つベンチャー企業と大手企業をどうつなぎ、連携を進めるかも課題です。AI技術を社内に持つ企業は少ないので、外部のAIベンチャーと共同で事業をスムーズに進められるよう、「AIシステム共同開発支援事業」を予算事業として行っています。

加えて、国の補助金には、中小企業や小規模事業者がソフトウェアを導入する際に経費の一部を補助する「IT導入補助金」や、設備投資の一部を支援する「ものづくり・商業・サービス経営力向上支援補助金」などがあります。

経済産業省 坂本弘美氏と戸田悠子氏

坂本:Connected Industriesの重点5分野の一つである「ものづくり・ロボティクス分野」においては、経済産業省とともに、「RRI(ロボット革命イニシアティブ協議会)」も推進の主体となり活動しています。

ホームページで公表している「スマートものづくり応援ツール・レシピ」は大変好評です。これは中小企業を対象として、安価で使えるIoTツールを目的ごとに紹介しています。見える化がされているので分かりやすく、大変便利です。

また、RRIは日独連携を積極的に推進し、2017年には第4次産業革命に関する日独協力の枠組みを定めた「ハノーバー宣言」を締結。国際標準化やセキュリティなどについての専門家会合を開催してきました。

ドイツとの国際協力でスマート製造に拍車

――ドイツとそういった密な協力関係を築いている理由はなぜですか。

坂本:これまで重ねてきた会合で専門家の方々が語っていたのは、世界の中で存在感を示していくためには両国が協力し、補い合っていくことが不可欠だということでした。つまり、抽象的思考力に長けるドイツはビジネスモデルの視点からの分析が得意で、実際にモデルを作り、既に現場レベルで使用を始めていると聞きました。一方、強靭な現場力を持つ日本は機能に関する分析が得意で、現場に落とし込み、地道にIT導入をするのに向きます。そういった必要性からも、ドイツとの連携は欠かせません。

経済産業省 坂本弘美氏

――Connected Industriesの価値観は新しいですが、浸透させるのは容易ではないと推測されます。どのようにして企業に参画を促していますか。

坂本:その点については大変難しく、様々な方々から「Connected Industriesと言われても……」と言葉をいただくことも少なくなかったです。Connected Industriesは概念なので、なかなか伝わりにくい。そこで、デジタルツール導入ありきで話を進めるのではなく、課題解決に向けたツール導入を提案するよう意識し、また行動こそが大切なので、「とにかく一緒にチャレンジしてみましょう」というメッセージを地道に伝えてきました。そうしていくうちに、理解の広まりを実感できるようにまでなりました。

経済産業省 戸田悠子氏

戸田:Connected Industriesは必要とされ生み出された概念です。「現場の課題解決をしましょう」というのが根底にある考え方なので、事例レベルにかみ砕いて伝えていけば、あらゆる方々に関心を持ってもらえるものだと信じています。特に日本の製造現場では人材不足が深刻な課題となっています。当然、危機感を持っている経営者もたくさんいて、そういう点からもConnected Industriesに関心を持ってもらえています。現場力の維持・強化のためにも、デジタルツールの活用は大いに役立つので、Connected Industries推進に向け一層力を注いでいかねばならないと考えています。

経営主導でスピーディーに革新する実行力を

――どうすればConnected Industriesをさらに推進させ、日本の製造業をより発展させられるでしょうか。

坂本:デジタル技術の利活用による効果を最大化するためには、工程ごとや工場内だけでなく、バリューチェーン全体の最適化を目指し、取り組みを進めることが重要です。そしてその実現には、全体を俯瞰できる経営層による経営力の発揮が不可欠になります。

これまで、日本の製造業は、現場主導のボトムアップ型の課題解決を得意としてきましたが、それでは部分最適化にとどまりがちです。今後は意識を変え、経営層が主体となり、現場と密に連携して現場力を再構築していくことが必要です。

経済産業省 坂本弘美氏と戸田悠子氏

戸田:デジタル化の波は激しいです。世界に遅れを取らないよう、Connected Industriesに日本の産業界全体に協力してもらい、スピード感を持って変革を進めていかなければなりません。そのためにも、先頭を切ってデジタル化をガンガン推し進め、新しいサービスを作る企業が出てきてくれることを期待しています。