地域密着型宅配の「ベクトルワン」——ドライバー不足を自社開発のシステムで克服し、家事の課題を解決し家庭料理の文化を守る(1)
マルエツ、ライフ、東武ストアなど全国260店舗のスーパーに食品を中心とした宅配サービスを提供し、成長がとまらない企業がある。2010年設立のベンチャー「ベクトルワン」だ。家事の負担を軽減し、古き良き家庭料理の食文化を守っていきたい——田中靖丈・代表取締役社長はその志をどう結実させていったのか。前編では同社の武器である、食品の即日配送に特化した狭域宅配のノウハウと、配送業務を大幅に効率化する自社開発の配送管理システムについて話を聞いた。
食材宅配で現代社会が抱える家事の課題を解決
——どのような事業を展開されていますか。
田中:食品スーパーなど小売店から依頼を受け、食品や日用品をお客さまにお届けするサービスを提供しています。サービスは主に2つで、小売店がインターネットで受け付けた注文商品を個人宅まで即日で届ける「ネットスーパー型」と、お客さまが店舗で購入された商品を宅配する「来店型」があります。
高齢化が進むとともに、共働き世帯が増える現代社会において、買い物をはじめとした家事に課題を抱える家庭が増えています。我々が提供しているサービスは、そんな家事の負担を軽減する手助けを行うもので、特に日常のお買い物支援に焦点を当てて事業を展開しています。
田中:ユーザーは、65歳以上の高齢者の方々と、30代から40代の子育て世代が中心です。高齢の方はスーパーには行くものの、買い物の荷物を持ち帰るのに苦労されることが多く、主に来店型のサービスをご利用いただいています。子育て家族は、特に共働きだと買い物に行く時間すらなく、ネットスーパーで購入されるケースが多いです。
——家事支援のなかでも、まず買い物支援をと考えたのはなぜですか。
田中:古き良き家庭料理の食文化を守っていきたいと考えたからです。私は出張が多くどうしても外食になるのですが、味が濃いと感じたり、同じような味が重なることが多いです。私のように自分で作った味噌汁の味が一番ホッとする、落ち着くという人は少なくないと思います。それに、日々の家での食事は、家族で食卓を囲むかけがえのない時間ですし、それぞれの家庭の味は、母から子へと世代を超えて引き継がれる貴重な文化でもあります。
一方で、高齢で家事ができない、あるいは、共働きで子どもが小さく家事に割く時間がないといった家庭が増えています。そうした家事の課題への解決策としては、弁当や惣菜を提供するのも1つの方法だと思います。しかし、我々は家庭料理に大きな価値を感じているので、家で料理をするためのサポートを行おうと決めました。
「三温度帯」「2WAY」対応で食品の即日配送を実現
——マルエツ、ライフ、東武ストアなどから業務委託を受け、260店舗分、1日約8000件、年間だと130万件あまりの荷物を運んでいるそうですね。御社が提供する宅配サービスは、ほかの宅配と比べてどのような違いや特徴がありますか。
田中:食品は品物によって常温、冷蔵、冷凍の「三温度帯」に分けて管理しながら宅配する必要があります。一般的な宅配では、温度帯によりトラックを分けて配送するため、別小口、別料金の扱いになりますが、弊社では三温度帯に分かれる注文商品を蓄冷剤やドライアイス、保冷ボックスを活用して商品ごとに適切な温度帯で管理し、常温の車で配送するので、温度帯が様々でも1軒分の荷物として受け付けられます。
配達先と店舗の間を往復、巡回しながら配送サービスを提供している「2WAY」も特徴です。 使い捨てずに繰り返し使用する通い箱に品物を詰めて配達先にお届けし、配送が済むとその箱を店舗に戻して、別のお客さまからの注文商品をまた箱に詰めてお届けして……を繰り返します。
田中:他の宅配業者でも、例えば、旅行のための荷物を宿泊当日にホテルに届け、帰る日に自宅まで届ける往復の宅配サービスを提供しているところはあります。ただし、往きと戻りそれぞれに伝票が発行されて、荷物は別便の扱い。つまり1WAYと1WAYで往復の荷物を運ぶ方式を採っています。
弊社の方法が、即日配送の場合には効率的なのですが、2WAYの配送の仕組みを持つ業者は案外少ないと思います。
即日配送を実現するためには、さらに、1日を通してランダムに入ってくる配達依頼にも随時対応しなくてはなりません。そのため、配達の途中でも、新たに入ってきた注文に関わる集荷を追加で行う予定を差し込むなど、既に立てられた配送ルートを柔軟に変更する必要があるのです。
そうした配送管理を行うためのシステムが、自社で開発した「デリバリーソリューションサース」です。デリバリーソリューションサースは、いまお話しした配車計画やルート計算を自動で行う機能のほかにも、配達予定時刻のお客さまへの自動通知、お預かりした商品の配達状況を店舗やコンタクトセンタースタッフに知らせる動態管理、注文内容やお客さまのご要望を細かく共有する顧客管理、電子サインによるペーパーレス化など、食材宅配をはじめとした狭域宅配を効率的に行うためのさまざまな機能を有しています。
自社開発のシステムで、暗黙知の物流ノウハウを形式知化
――デリバリーソリューションサースについて、さらに詳しく教えてください。
田中:2015年に物流子会社である株式会社インテンツを設立し食品や日用品をお届けする配送サービスを始めると、次々に仕事の引き合いが舞い込んでくるようになりました。
ありがたいことではあるのですが、そうして依頼が増えると、業務が追いつかなくなってきました。そこで、それまで委託元によってバラバラだった配送作業の手順などのオペ―レーションを標準化するためにも、デリバリーソリューションサースを開発しようということになったのです。システムによりオペレーションを統一して、委託元ごとに必要だったマニュアルやドライバーのトレーニングを省き、配送効率を高めようと考えたわけです。
システムを開発したのには、もう1つ大きな目的がありました。それは、ドライバーの経験がない方でもドライバーとして活躍してもらえるようシステムでサポートして、不足する労働力を確保することでした。
そのためにシステムに組み込んだのが「ドライバー支援機能」です。具体的には、どの車両がどういう順番で荷物の集配を行うと効率がいいかを導き出す、配車計画や配送ルートの自動計算機能。配送先の住所に一軒家が複数軒ある場合のお届け先の詳細な位置情報、あるいは分かりにくいインターホンの位置や駐車位置などの情報をスタッフ間で共有するための機能などが搭載されています。
このドライバー支援機能の構築にはとても苦労しました。というのも、ドライバーの業務を支える物流ノウハウには、暗黙知が多いからです。例えば配車計画は、ベテランのドライバーが経験や勘を頼りに行う場合が多い。そのように言語化すらされていないノウハウを、情報として整理してシステムにするのはなかなか大変なことなのです。
そういうわけで、ドライバー支援機能のうち、配車計画とルート計算のシステムの構築については、物流の輸配送システムのエキスパートである「光英システム」に協力をお願いしました。
配車計画やルート計算のシステムを提供する企業はたくさんありました。しかし、先ほどお話しした、新たに入ってきた注文に応じるため配送ルートを柔軟に変更する「割り込み機能」をうまく処理するシステムが見当たりませんでした。
当時は、光英システムもそうしたシステムをお持ちではなかったようですが、割り込み機能がほしいと相談すると、要望通りに、素早く開発してもらえました。
そのほかの部分については、社内のエンジニア6人で内製しました。完成したデリバリーソリューションサースは、弊社の宅配サービスをご利用いただいているすべての店舗でご利用いただいています。さらに、他の宅配サービスをご利用の企業からもシステムだけ使いたいとご要望があり、現在外販に向けたブラッシュアップ開発を行っています。
そのデリバリーソリューションサースを活用するなどして、我々は人手の確保に成功し、業績を順調に伸ばしていくわけですが、それについては後編でお話ししたいと思います。