工場音楽レーベルINDUSTRIAL JPを手がけた「由紀精密」社長が語る情報発信と人材育成の重要性
工場の機械音をサンプリングし、工作機械の動きの映像と組み合わせた音楽作品「INDUSTRIAL JP」が2017年、世界最大級の広告祭「カンヌライオンズ」でブロンズを受賞し、世間を驚かせた。この作品のプロデューサーでもある由紀精密の大坪正人社長は、そのほかにも「精密コマ」や「超高級機械式腕時計」の製作など、ユニークな取り組みを行っている。それらはすべて中小製造業の存在を世にアピールするためのプロジェクトだ。大坪社長が考える情報発信の重要性とは。また、中小製造業を盛り上げるために、いまなすべきこととは何なのか。
新たな広告的手法で製造業への興味喚起に成功した「INDUSTRIAL JP」
――由紀精密といえば「精密コマ」や「超高級機械式腕時計」などユニークなものづくりでも知られています。「INDUSTRIAL JP」は「カンヌライオンズ2017」デザイン部門でブロンズ、東京アートディレクターズクラブの「ADC賞2017」では最高賞のグランプリを獲得されましたね。
大坪:INDUSTRIAL JPは、さまざまな現場の機械音をサンプリングしてオリジナル楽曲を作成し、製造工程の映像と組み合わせてミュージックビデオにして、ネット配信するプロジェクトです。
きっかけは、東京大学の機械工学科時代の同級生との再会でした。大学院を卒業した彼は、どういうわけか広告代理店の電通に入社したのですが、彼はクライアントの中心が大手企業である広告業界の構造に問題意識をもっていました。そのような話がとてもおもしろく、一緒に何かやろうとすぐに意気投合しました。
プロジェクトの核になったのは、中小製造業に興味を持ってもらい、若い人材を集めたいという思いでした。弊社も他社同様、その悩みを抱えていたからです。工場の仕事は一般に知られる機会がほとんどなく、薄暗い場所で油まみれになりながらおじさんたちが作業しているというようなネガティブな印象がある。それが若い人たちが製造業を職に選ばない1つの理由だと感じていました。
そんな思いをクリエイターたちに伝えて話し合い、町工場本来の活気ある姿をデザインの力で広めることで多くの人に関心を持ってもらおうと、プロジェクトの方向性は固まっていきました。それを形にしたのがINDUSTRIAL JPです。
大坪:人に知ってもらう広告は、とても大切だと思っています。3分以上回り続ける精密コマもパリの航空展に出展する際に、精密機械加工の技術力をアピールするためのノベルティーとして製作しました。864万円で注文販売する機械式腕時計だって、あっと驚かれるものづくりをしたくて始めたプロジェクトです。 実際、そうしたプロジェクトのおかげで、製造業に興味を持ってくれる人がたくさん出てきました。そのなかには、潜在的にものづくりに向いている人が必ずいるでしょうし、いずれ業界を背負ってくれる人が出て来ることを期待しています。
大手と中小の一番の差は情報発信力
――自社の広報活動にも力を入れているのでしょうか。
大坪:正確にはCI(コーポレート・アイデンティティ)ですね。企業文化の発信に力を入れるか、入れないか。大手と中小の圧倒的な違いは、実はそこにあると思っています。いいものを持っていても、正しく伝えられなければ仕事は広がりません。それはとても残念なことなので、中小企業でももっと力を入れるべきでしょう。
ですから、弊社もアピールの仕方には気を配っていて、情報発信のクオリティを高めようと、社内にデザイナーや広報を置いています。私が入社してから、ロゴマークや封筒、段ボールに至るまで、すべてデザインし直しました。特にWEBサイト刷新による効果は高く、リニューアル以降、多くの新規問い合わせが入るようになりました。つまり、CI戦略は仕事が入ってくる仕組みづくりだというわけです。
大坪:また、外への情報発信は、そのまま社内に向けたメッセージにもなると思っています。例えば、外部のメディアが弊社について書くことには客観性があり、その記事は社員にとって多くの学びともなるでしょう。
社員への情報発信という観点でいえば、昨年完成させた「由紀スタイルブック」も企業文化作りの1つです。品質に対する考え方や取引先との付き合い方など、弊社のミッションやポリシー、行動指標など、判断基準がまとめられています。これは、1つひとつ稟議書を書いて上司に通すというやり方が私は嫌いで、社員各自に判断を任せられるよう、会社としての判断基準を共有するために作りました。
少量生産のマーケットで勝負すれば中小製造業は伸びる
――INDUSTRIAL JPも、また御社の精密コマをきっかけに開催されるようになった全日本製造業コマ大戦も第6回を迎えるなど、中小製造業の存在をアピールしていると思います。さらに活性化させていくためにどうすればいいか、何かお考えはありますか。
大坪:偉そうなことは言えませんが、ビジネスの規模が大きくなり得ない事業だと、中小製造業は力を発揮しやすいのではないでしょうか。一例を挙げると、高齢化に伴い、これから人はサイボーグ化していくと予想されます。体を支えたり、動かしたりする機能を補うための義足や義肢など、さまざまな機械が必要とされるようになりそうです。そして、そうした機械はカスタマイズが不可欠な少量生産品で、このような機械の製造は中小製造業に向くでしょう。
大企業なら100億円の利益が見込めないと事業化できなくても、私たちは1億円か、それ以下でも事業化できる。そのように、世の中には中小企業にしかできないビジネスがたくさんあるはずなので、そこに力を注ぎ長所を活かしていけば、中小製造業は活性化していくと思います。
大坪:また、IoTやAIなどのデジタル技術の積極的な活用も大切でしょう。デジタル技術は、スマートフォンに代表されるように、便利なのであれば当然使われるものです。中小製造業にとってのIoTやAIは、いずれ使うのが当たり前になると考えられ、競争力という意味では先手を打つべきです。
私も、中小製造業へのデジタル技術普及のため、工場をIoT化する人材を育成する教育プログラムを、何人かで協力して作っているところです。IoT導入には、そこまで深い知識を必要としません。それに、知識を持った人が社内にいれば、最適な仕様のIoTを導入できます。また、IoT導入を他社に依頼すると、初期費用に数百万円、月の維持費が数十万円と膨大なコストがかかるものも少なくありません。ですが、自社で行えば数万円にまで抑えられます。そう考えると、人材の育成こそがIoT普及への近道なのです。ちなみに、この教育プログラムは経済産業省の補助事業にも採択され、授業料の半分が国により負担される予定です。
日本の強みは「試作」に強い流通網――安い労働力を求め、海外へ生産拠点を移管する企業も多いなか、日本の中小製造業が競争力を増していくためにはどうすべきでしょうか。
大坪:日本は流通網が非常に発達していて、注文した次の日には大抵のものが届きます。工具は翌日に調達できるし、試作も速い。その環境は、ハードウェアや機械の開発などにも有利ですし、インフラをうまく活用してビジネスをするといいと思います。
また、高い技術力が投入された製品には、世界共通の価値があります。ですから、そうした製品をつくり、積極的に海外から仕事を獲得するのも手かもしれません。
大坪:私たちも海外展開を進めていて、2015年にはフランスに子会社を設立しました。フランスの航空宇宙産業における生産量は世界第2位です。航空宇宙産業向け部品の一貫生産を得意とする弊社と親和性が高く、市場規模も日本の約4倍なので、ビジネスチャンスが豊富だろうと見込みました。
次はシンガポール、北米に進出する計画で、由紀精密をグローバル企業に成長させたいと進行中です。世界から難加工の仕事や、ものづくりのネタを拾ってきて、日本で作る。そうして日本の産業を盛り上げていきたいと思っています。