「個別最適の壁」を越えて。日本企業のサプライチェーンを“レジリエントでサステナブル”に変革する処方箋とは
災害や感染症、そして戦争が事業継続に深刻な影響を及ぼす現在、サプライチェーンマネジメント(SCM)は企業の競争力、ひいては社会全体の持続可能性を左右する最重要テーマのひとつとなりました。しかし多くの日本企業は、「部門間の壁」や「現場の強み」がもたらす個別最適の罠に陥り、抜本的な改革に踏み出せずにいます。
今、私たちが目指すべきサプライチェーンの姿とは何か。そして、その実現のためにいかに組織を変革すべきなのか。SCM研究の第一人者である学習院大学 河合亜矢子教授と、グローバルな知見に基づくSCMソリューションで顧客の現場改革に取り組んでいるパナソニック コネクトの専門家が、その答えを探して語り合いました。
AI記事要約 by ConnectAI
※ConnectAIは、パナソニック コネクトが社内で活用している生成AIサービスです。
- SCMは経営戦略そのもの──「個別最適の罠」からの脱却が急務
日本企業の多くはSCMを「現場の改善手法」と誤解し、調達・製造・販売が各部門のKPI達成に向けた局所最適化に陥っています。欧米のようなCSCO(最高サプライチェーン責任者)が不在で、経営層の戦略的関与が不足。これまで現場の努力で問題が顕在化しなかったものの、今後は経営層が広く戦略的に全体像を捉えて対策を講じる必要があります。
- データ連携と標準化が全体最適化のカギ──段階的アプローチで改革を
サプライチェーン最適化には、製造から販売までデータをシームレスにつなぎ、需要予測と実行をリアルタイムで分析できる環境が必要です。部門ごとに分断されたシステムやデータを統一するハードルは高いため、明確なゴールを設定し「導入しやすい施策」から段階的に進める戦略が有効。グローバル標準パッケージの「Fit to Standard」導入も推奨されます。
- レジリエントで持続可能な社会へ──国内産地の再評価と企業間連携
物流業界では納品条件の見直しや共同配送など、企業間でのデータ共有と対話が必要。近年の経済動向から、“モノづくり”から“コトづくり”への意識改革を進めることも欠かせません。グローバル化で伸びきったサプライチェーンは分断リスクが高く、経済安全保障の観点からも、国内産地を適切に組み入れてサプライチェーンのレジリエンスを高め、持続可能な社会の実現につなげることが求められます。
河合 亜矢子(かわい あやこ)
学習院大学 経済学部 経営学科 教授
筑波大学第三学群社会工学類を2000年に卒業。物流企業に3年勤務したのち、筑波大学大学院システム情報工学研究科修士課程に入学。2008年に同博士課程を修了。博士(工学)。筑波大学サービス・イノベーションプロジェクト研究員、高千穂大学経営学部准教授などを経て、2017年から現職。専門はサプライチェーン・マネジメント、経営情報システム。
勝川 宏明(かつかわ ひろあき)
パナソニック コネクト株式会社 サプライチェーン事業総括部 エグゼクティブコンサルタント
京都大学工学部卒業後、日本IBMにてSE、PM、コンサルタントとして、30年以上に渡り企業の業務プロセス改革及び基幹業務システムの開発、導入をリード。2018年に経営コンサルタントとして独立。現在、ITをベースとした業務改革を支援。
小笠原 隆志(おがさわら たかし)
パナソニック コネクト株式会社 現場ソリューションカンパニー 現場サプライチェーン本部 SCM事業センター ダイレクター
SCM事業の成長・立ち上げをミッションとし、海外グループのアセット(Blue Yonder、Zetesなど)を日本市場向けにローカライズして展開する商品企画や、カスタマーサクセス・営業サポートを担う。
SCMを経営戦略の視点から考えるマインドを持ってほしい
ひと昔前と比べ、近年はSCMの重要性が広く認知されるようになってきました。しかし、現実にはまだ多くの企業がサプライチェーンに課題を抱え、社内議論も進んでいないように思われます。なぜでしょうか?
河合:確かにSCMという言葉そのものは、広く知られるようになりました。しかしその本質は、まだまだ理解されていないように感じています。そもそもSCMは、原料調達から製造、販売までの一連の流れを俯瞰し、取引先から顧客に至るまでの長い道のりを長期的な視野で考えなければならないものです。
ところが、2000年頃にアメリカから日本にSCMの考え方が入ってきた際、多くの企業が「現場の改善手法」だと捉えてしまいました。それが今も尾を引き、局所的な「コスト改善」や「効率化」に目が行きがちになってしまっているため、サプライチェーン全体の最適化がなかなか進まないのだと思います。
勝川:まさにおっしゃる通りで、多くの人が「ジャスト・イン・タイム」や「トヨタ生産方式」などと同じ文脈でSCMを捉えましたよね。そのために「SCMは経営戦略そのもの」という認識が根付かなかった。調達はコスト、営業は売上、製造は稼働率といったように、それぞれ「自分の持ち場のKPI達成に向けた最適化」をSCMの実践だと考えてしまっている。欧米ではCSCO(最高サプライチェーン責任者)というサプライチェーン全体の最適化を経営の視点で考える役割の人がいますが、日本にはほとんどいません。経営層もまた本当の意味でのSCMという発想に、なかなか至っていないのが現状ではないでしょうか。
小笠原:そこには現場で働く人が優秀であるがゆえに、なんとかやりくりできてしまっているという要因もあります。実際にはサプライチェーンのあちこちでトラブルの火種が日常的に発生しているのですが、それを各現場の実行力や柔軟性でうまく「消火」している。現場の頑張りで大火にならずに済んでいるため、サプライチェーンに対する危機意識を持ちにくくなっている気がします。
しかし、労働力が不足し、さらにはベテランが引退していく中で、いつまでも現場頼みではいけません。そのことに気付き始めている経営者も増えてきました。国もサプライチェーン最適化の推進に本腰を入れはじめ、ようやく経営戦略と一体で考えることの重要性が理解されるようになってきたと感じます。
勝川:しかし実際、多くの企業でSCM改革が進まない要因には、情報システムや業務関連のデータが部門ごとに分断されていることも大きいですよね。
小笠原:ええ、たとえば物流業界では、本社と各拠点との間だけでなく、拠点内でさえもデータ連携が十分にできていない会社も少なくありません。よそから来たデータをいったんエクセルに落とし込み、自分のところのシステムに入れ直すといったケースもしばしば目にします。
河合:先日、WMS(倉庫管理システム)と配送システムが連携されていない物流会社が多いと聞いて驚きました。WMSはバースに荷物を出すところまでで、その後のトラックでの配送状況などは別のシステムで管理していて、データがつながっていないので全体が見えないというような事例です。
小笠原:そうした企業は多いと思います。
勝川:データ連携だけでなく、業務プロセスの標準化という点にも着目が必要です。標準化するためには、前提としてデータの標準化が必要なのですが、そもそもデータが取れていない、あるいはデータを取っていたとしても単発的で有効に活用できていない現場が多くあります。
サプライチェーンの一連のデータを継続的に収集することで、初めて“標準”が見えてきて、改善すべき点が浮き彫りになってくるわけです。各オペレーションをデータ化することが業務プロセスの標準化につながり、ひいてはSCM最適化の近道になるはずです。サプライチェーン全体でデータを連携することで、どこに問題があり、何から手をつければいいのかを検討できるようになるのです。
データをシームレスにつなげる。それが、サプライチェーン「全体最適化」へのカギ
では、サプライチェーンを最適化するポイントは、どこにあるのでしょうか?
勝川:メーカーに関しては、「需要起点」の発想が重要になります。そのためには、顧客ニーズや市場動向を販売部門にフィードバックしてもらい、それらの情報に基づいて製品開発や生産計画を行う。この「生販統合」のアプローチが基本です。
「需要起点」を実現するためには、需要予測も大事になります。AIがはじき出した需要予測をしっかり分析し、その背景や根拠まで探る。それを繰り返してPDCAを回すことで、需給バランスの取れたものづくり、つまりサプライチェーンの「全体最適」に近づくことができるのではないでしょうか。
小笠原:勝川さんも指摘していましたが、やはりサプライチェーン全体のデータをシームレスにつなげるというのが一番のポイントだと思います。製造から販売まで一貫してデータを共有できる世界をめざすべきですし、需要予測や需給計画といった「計画」と、生産ラインや倉庫・物流の「実行」がそれぞれデータでつながって分析できるような状態が理想です。
河合:新型コロナ禍のとき、サプライチェーンの現状を知るのために、いくつかの会社を調査したことがあります。その際、SCM担当者として対応してくださったのは多くの場合、販売物流を担当する部門の方で、調達物流は別部門であるとみなさんおっしゃっていました。このことからも、やはり日本企業は調達、製造、販売が分離していると感じましたね。
お二人が言うようにS&OP(Sales and Operations Planning)という考えのもと、サプライチェーンの最適化に向け、各部署が連携して情報を全社的に可視化・共有することが求められます。その実現にはまた、経営層の積極的な関与が欠かせません。
勝川:日本は個別最適化が浸透しすぎてしまっています。たとえば部品ひとつにしても、製造番号、品番、販売番号など、各部門、各社が独自に管理番号をつけてしまっている。さらに国ごとでもそれぞれ違う。それらをすべて統一するハードルは高いため、抜本的な改革になかなか踏み切れない状況なのです。
河合:現実にモノが動き続けている以上、システムを大きく変えることは難しいですよね。
勝川:本来であれば、ERP(統合基幹業務システム)を導入する段階でシステムを統一するのがベストでした。ただ、日本の場合は、事業部ごとにERPを導入することにそこまで抵抗がなく、社内で複数のERPが構築されるようなケースが生まれてしまいました。
河合:ボトムアップ方式で、それぞれの現場の声を取り入れてシステムを導入していった結果ですよね。現場の声を取り入れることももちろん重要ですが、本来ならば全社的な情報システムの構築では広い視野と意思決定権限を持つ経営層などがより高い視座から舵取りをしなければいけません。
小笠原:企業内の連携はもちろん、企業同士の連携においても、まず理想とする青写真を描いて、その目標に向かって、できるところから改善していくというのが大事でしょうね。日本人の気質も考えると、今までの制度・システムを捨てて一気に改革を進めるというのはなかなか難しいと思いますから、アメーバ的にジワジワと変えていき、最終的に全体をつなげていくというアプローチがよいのではないかと思います。
勝川:明確なゴールを設定し、それに向かってフェーズ1、2、3……と、段階的にSCM改革を進めていく。往々にして、施策の「導入のしやすさ」と「効果」はトレードオフの関係にあるので、まずは「効果は低いけど、導入しやすい施策」を試してみる。そして状況を見ながら、「導入ハードルは高いけど、効果が高い施策」を進めていく。そういった流れがいいのではないかと思います。いずれにしても大切なのは、経営のトップがきちんと現在地を把握しながら、一歩一歩、ゴールに向かって歩を進めていくことです。
河合:すごく大事なことだと思います。日本の産業界は、横文字の新しい施策やソリューションにすぐ飛びついて、「皆やっているので、とりあえずやってみました。でも効果が出ませんでした。ダメでした」で諦めて、かつその概念自体をお蔵入りさせてしまうことも多いですよね。でも、しっかりゴールを設定して、専門家やコンサルの力を借りながら取り組んでいけば、SCM改革はきっと実現できると思います。
未来を拓く、レジリエントでサステナブルなサプライチェーンへ
ここまで企業におけるSCMの課題を中心にお話を伺ってきました。日本のサプライチェーン全体をよりよいものにするために、すぐにでもできることはありますか。
小笠原:物流業界の納品条件や時間指定の制約は厳しいため、見直す必要があると思います。特に日本の場合は、顧客の要望に応えようと現場が無理をしてしまいがちです。人口が減少し、物流を担う働き手も少なくなっていく中で、今まで通りの慣習を継続することは現実的でないように感じます。
たとえば小売側から納品条件に余裕を持たせたり、物流事業者に共同配送の可能性を探る提案をしてみたりする。サプライチェーンのあちこちでそんな対話が増えれば、無理、無駄が解消されていくのではないでしょうか。
勝川:顧客から急に「納品を2日早めてくれ」と言われたら、全力で応えようとするのが日本企業ですよね。その生まじめさが美徳でもあると思いますが、働き手が不足している今は、すべてに応える余裕はなくなってきています。荷主側の配慮も必要です。
小笠原:サプライチェーンに関わる企業同士が同じ目線で対話するためにも、データの可視化・共有が大切です。共同物流や共同配送の話になると、「このデータを他社に渡すのはリスクがあるのでは?」といった懸念の声も耳にするのですが、企業間でどこまでデータを共有するのか、その線引き自体についても、もっと議論が進んでほしいですね。
現場の担当者レベルの話し合いではなかなか事が進まないと思うので、ぜひ経営層の方々に先陣を切っていただきたい。業務の標準化が進み、中長期を見据えたサプライチェーン横断や業界横断のユースケースがもっと増えると、動きも加速すると思います。
最後に、皆さんからサプライチェーンに関わる企業へのメッセージをお願いします。
小笠原:繰り返しになりますが、サプライチェーンの最適化を果たすにはデータ連携が必要不可欠です。そのためには「標準化」が重要で、たとえば業務プロセスのシステム導入においても、まずグローバルで実績のあるパッケージを導入することから検討していただきたいです。
オーダーメイドのカスタム開発ではなく、多くの企業が使っているシステムの標準機能に業務を合わせる「Fit to Standard」を推進することは、システム導入の迅速化や保守の安定性を高めるといったメリットも大きいですし、データ連携する際のさまざまな障壁も小さくて済みます。データ収集と標準化にはなかなかのパワーを使いますが、こちらも経営層による現場の後押しに期待したいですね。
勝川:今はよいものをつくるだけでは売れない時代で、つくったものをいかにちゃんと届けきるか、それを考えなければいけません。加えて最近では、“モノ”よりも “コト”のほうが利益を生むケースも増えています。“モノづくり”から“コトづくり”への意識改革を進めながら、SCM改革に取り組んでいってほしいと思います。
河合:私はいま「レジリエンス(強靭性)と持続可能性」というテーマに注目しています。これまでグローバル企業が、製造コストがより安い地域への進出を繰り返してきた結果、日本の産業全体のサプライチェーンも世界中に広がり、完全に伸びきってしまいました。伸びきった糸はちょっとしたことでプツリと切れやすく、サプライチェーンの分断も生じやすくなってしまいます。日本経済のレジリエンスと経済安全保障を考えるなら、改めて国内に目を向けるタイミングが来ているのではないでしょうか。
そして、日本経済を盛り上げていくためにも、ぜひ地方の産地の価値を見直していただきたいと思います。物、情報、お金の流れを整えて、日本各地の産地を復興させる。それが日本社会のレジリエンスを高め、持続可能な社会の実現へとつながるはずです。日本の経営者の方々には、コスト偏重ではなく、地政学リスクなども踏まえながら、もう一度、伸びきった補給線を必要に応じて締め直していただきたい。サプライチェーンの全体設計という観点から国内産地の価値を再評価するときに来ています。私もより大きな視点からSCMを考えていきたいと思います。
パナソニック コネクトからのご提案
当記事で取り上げた物流関連2法(物流総合効率化法、貨物自動車運送事業法)の改正に伴い物流業界に求められている対応要件や、新法に対応するパナソニック コネクトの製品について、こちらのウェブサイトで詳しくご紹介しています。ぜひご覧ください。