「ESG経営」実践の本命はサプライチェーンのアップデートである

「ESG経営」実践の本命はサプライチェーンのアップデートである
文・村上茂久

昨今、投資家による「ESG」に関する企業動向への注目が増している。本稿では、ファイナンスの専門家である村上茂久氏が、「ESG投資」と「ESG経営」の本質を解説する。村上氏によれば、ESG経営を実践するために重要なのは「サプライチェーン」のアップデートだという。それはなぜなのか。企業活動のインプット、アウトプット、アウトカムに注目しながら「ESG投資」「ESG経営」のポイントを紐解く。

ESGの考え方が投資と経営の主流になる

昨今、「ESG」という言葉を見かける機会が多くなってきたのではないでしょうか。ESGとは、環境(Environment)のE、社会(Social)のS、そしてガバナンス(Governance)のGの頭文字をとったものに由来しています。

「ESG投資」は投資というだけあって、投資家視点で使われる言葉です。一方で、企業側から見た場合には、「ESG経営」とも呼ばれる傾向にあります。

ESGという言葉は、一過性のブームと捉えられる場合もありますが、決してそのようなものではなく、投資と経営の文脈ではこれからの主流になるものです。そのなかで、企業がESGに取り組む経営をするにあたって、最も重要な論点の1つが「サプライチェーン」のアップデートなのです。

なぜ「ESG」が重要なのか

ESG投資とそうでない投資の違いは、「機関投資家が企業や事業に投資をする際に、通常の財務情報に加えて、非財務情報であるESGを考慮に入れて投資判断を行う」という点です。つまり、ESG投資とは企業が行うものではなく、あくまで機関投資家が主体的に行うものです。具体的なEとSとGのインダストリーごとに選定されるキーイシューとしては、以下の図表1で示されています。

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図表1(参考:MSCIの図表をもとにGEMBA編集部にて作成)

ESG投資が広まったきっかけは、「PRI(Principles for Responsible Investment:責任投資原則)」です。PRIとは、2006年に当時の国連事務総長だったコフィー・アナンが機関投資家を中心とした投資家コミュニティに対して課した国際的なガイドラインです。

このPRIに署名した機関投資家は図表2にあるように年々増えています。2021年7月時点で世界中で4,000(うち、日本の署名機関投資家は96)を超え、PRIに署名している機関投資家の運用残高の総額はなんと121兆ドル、日本円にして1京3,000兆円を超える程です。

つまりESG投資の考えは、いまや機関投資家のなかではスタンダードになっているとも言えるでしょう。具体的に、PRIでは以下のことが掲げられています。今回、そのなかでも重要な原則1と原則2について触れていきます。

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PRI(責任投資原則) における6つの原則

前提として、これまで機関投資家が投資をするかどうかの意思決定は主に財務情報を中心に行われてきました。しかしながら、PRIに署名した投資家は、投資分析と意思決定のプロセスに、通常の財務情報に加え、ESGの課題を組み込むことを求められるようになりました。

この「ESGの課題」を評価するために重要になるのが、「非財務情報」です。企業活動のプロセスにおける環境、社会、そしてガバナンスへの取り組みに関する情報のことで、これは財務諸表などの財務情報として直接出てくるものではありません。この非財務情報についても考慮して投資の意思決定をすべきというものが原則1で書かれていることです。

次に原則2で書かれている、「活動的な所有者になり」というのは、「株主として、積極的に株主の権利を行使するべき」ということです。そのうえで、株の所有方針や所有習慣にもESGの考え方を組み込むことをPRIでは求めています。

つまり、企業がESGの課題にきちんと取り組んでいなければ、機関投資家は、株主として企業にESGを求めるべきであり、またそれでも企業の行動が変わらない場合は、株を保有し続けるかどうかをきちんと判断する必要があるということです。

このようなプロセスを通じて、機関投資家が企業にESGの課題に向き合うように仕向けるのがESG投資です。また、その結果、企業が自社の取引先に対してもESGを考慮に入れた経営を求めることが考えられます。例えば、製造メーカーのサプライチェーンにおいて、ESGを考慮にいれない物流の企業とは取引をしないといったことが起こります。こういったプロセスを通じて、ESGの考え方は拡がっていくことになります。

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ESGの考え方の拡がり

ESG経営では企業活動そのものの見直しが求められる

それではここからESG経営に取り組むうえで、企業はどのような変革が求められるのかを考えていきます。企業の取り組みは大きく分けると次の4つのステップから構成されます。

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図表3

すなわち、企業が活動をするうえで、①ヒト、モノ、カネを中心にしたインプットがあり、そのインプットを活用して②生産活動等を行い、その結果として、③モノやサービスといったアウトプットが提供されるというものです。そして、これら企業活動の全般がもたらされる変化や効果として、④アウトカムが存在します。

この企業活動のアウトカムには、生活の質の向上といった望ましいものの他に、過労や環境汚染といった望ましくないものも含まれます。ESG経営では、これら①〜③の企業活動の全般と④のアウトカムにおいて、ESGの課題に対処することが求められているのです。

2021年に世界経済フォーラムが発表した「The Global Risks Report2021(グローバルリスク報告書)」によると、現代のグローバル社会が直面しているESGを含む課題として、発生の可能性が高いリスクと影響が大きいリスクはそれぞれ図表4のようになっています。

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図表4(「The Global Risks Report2021」をもとにGEMBA編集部にて作成)

このように世界が直面している課題としては、環境に関するもの(緑色)が上位を占めています。なお、温暖化を含む気候変動に関しては、2021年8月9日のIPCCの報告書で「気候変動は人間の活動が影響していることは疑いの余地はないこと」と報告されています。

これらのグローバルなリスクこそが、今後企業が取り組むべき課題そのものであり、ESG経営において善処すべきポイントなのです。これらの課題にきちんと向き合った経営を行うことで、持続可能性のある経営をすることにもつながってきます。

ESG経営に求められる「サプライチェーンのアップデート」

ここで、あらためて図表1を確認してみましょう。図表1において、とくにサプライチェーンと関係すると考えられものを赤で囲っています。全部で35個あるキーイシューのうち、半数以上の18個の項目はサプライチェーンに関わることなのです。

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図表1(参考:MSCIの図表をもとにGEMBA編集部にて作成)

企業のビジネスモデルにもよりますが、企業がESGの課題に取り組む「ESG経営」を行うにあたっては、多くの場合、サプライチェーンのアップデートが非常に大きな役割を果たすということです。

環境問題や環境災害に関しては、企業活動のアウトカムとして発生しているものもあります。このようなアウトカムについては表面上の現象を捉えて対応するだけでなく、その原因となりえる企業の活動におけるインプット、生産活動、そしてアウトプットとしてモノやサービスの見直しも求められることになります。

例えば、世界的に有名なコーヒーチェーンであるスターバックスにおいて、ストローの素材がプラスチックから紙に代わりました。これは、海洋汚染の原因となるプラスチックごみの軽減を目指したESG経営の取り組みの1つです。プラスチックストローを使わなくなると、生産活動における材料(インプット)や、消費者に使われるストロー(アウトプット)が変わり、サプライチェーンも変更されることになります。これらの一連の企業活動のアウトカムとして、海洋汚染の軽減につながるということです。このようにESG経営を推進していくことで、企業のインプットからアウトプットまでのサプライチェーンを含む、企業活動全体が変わることになるのです。

これらを踏まえ、マテリアリティマップを用いて個別の企業にとっての重要な課題を具体的に考えていきましょう。前提として、ESGの文脈において、自社の重要課題を「マテリアリティ」と呼びます。そして、横軸に自社にとって重要な課題、縦軸にステークホルダーにとって重要な課題を並べることで、課題をマッピングし、優先順位を可視化したものをマテリアリティマップやマテリアリティマトリックスと呼びます。

今回、日本企業のなかでもESG経営に積極的な1社である「味の素」を例に説明します。2020年に味の素は、将来に向けたビジョンを「アミノ酸の働きで、世界の健康寿命を延すことに貢献する」へと10年ぶりに更新しました。そのうえで、2030年にむけて、「事業を成長させながら環境負荷を50%削減する」ことも掲げています。

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味の素のマテリアリティマップ(出典:味の素ホームページ)

マップ右上にあるのは味の素の事業にとっても社会にとっても重要な課題で、主に「健康な生活」に関するものとなっています。これらの項目は、味の素の事業活動におけるアウトカムと捉えることが出来ます。

次にマップ中央付近には、「廃棄物削減」「サプライチェーン・マネジメント」「フードロス」「児童労働、強制労働」「職場の労働安全衛生」といったものがあげられています。これらは、企業の取り組みにおける、インプット、企業活動、そしてアウトプットに関係するものです。

このようにマテリアリティマップで企業の課題の優先順位を可視化することで、具体的に取り組まなくてはならない部分が明確になります。そして、サプライチェーンはマテリアリティマップのすべてに関係しているということも読み取れます。

社会の課題解決を見据えたサプライチェーンを考える

環境、社会、そしてガバナンスに関する非財務情報も含めた企業への投資判断が一般化するのに伴い、企業経営においてはESGの課題に取り組むことが今まで以上に重要になってきます。

そのために、まずは自社の事業と社会にとっての重要課題であるマテリアリティの優先順位付けが必要になります。マテリアリティのなかには企業活動そのものに関するものもあれば、企業活動の結果としてのアウトカムもあります。ただ、アウトカムは企業単体ではコントロールしづらいのが現状です。

ここで企業が直接コントロール可能なのは企業活動そのもの、つまりインプットとアウトプットとそのプロセスに関係するものであるといえます。そして、ESG経営を具体的に行うにあたっては、企業活動のプロセスそのものであるサプライチェーンのアップデートこそが、本命の1つだと考えられます。というのも、企業の活動において、インプットからアウトプットの流れまでサプライチェーンがあらゆるところで関係しているからです。

ESG経営に企業が取り組むということは、決して抽象的な話をしているのではなく、極めて実務的でかつ現場にまで落とし込んだ具体的な施策が重要です。それは、事業活動そのものの変革を行うことといえます。その際に重要な役割を果たすのがサプライチェーンのアップデートなのです。

今後ますますESGに関する記事やニュースを目にする機会が増えてくることが予想されます。その際には企業がどういったかたちでESG経営に取り組むのかを確認するためにもサプライチェーンがどのようにアップデートをされていくのかというポイントに是非注目してみてください。その先にはきっと社会課題の解決につながる取り組みが見えてくるはずです。

村上 茂久(むらかみ しげひさ)

1980年生まれ。株式会社ファインディールズ代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社CFO、iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。新著に『決算書ナゾトキトレーニング』(PHP研究所)がある。