組織が先か、戦略が先か――組織と戦略の関係から考えるコロナ禍のサプライチェーン

組織が先か、戦略が先か――組織と戦略の関係から考えるコロナ禍のサプライチェーン
文:村上 茂久

現在、新型コロナウイルス感染症の影響で多くの企業が経営の戦略の見直しを余儀なくされ、組織改革を行う企業も増えてきている。そうなるとそれぞれの企業がもっているサプライチェーンのあるべき姿も変化するという。そこで今回は、ファイナンスの専門家である村上茂久氏が「戦略」と「組織」の観点から、サプライチェーンはどのように変わっていくのかを考察する。

「組織が先か戦略が先か」は時間によって変わってくる

組織は戦略に従うのか、戦略が組織に従うのか。経営戦略においてよく使われる「組織は戦略に従う」という言葉。これは経営戦略の始祖とも言われるアルフレッド・チャンドラーが1962年に発表した『Strategy and Structure』の邦訳のタイトルです。一方、もう1人の経営戦略の始祖ともいえるイゴール・アンゾフは「戦略は組織に従う」ということを1979年に発表した『Strategic Management』(邦題:アンゾフ戦略経営論)において指摘しました。

これは、両者のどちらが正しいということはなく、企業と組織構造の関係、さらには常に変化する外部環境と組織や戦略との複雑な相互関係によって変わってきます。いずれにせよ、チャンドラーもアンゾフも「戦略」と「組織」は互いに影響すると考えました。では、戦略が先か組織が先かはどのように考えれば良いのでしょうか。ここで重要になってくるのは時間の概念です。

経済学では、企業が製品やサービスというアウトプットを出すためのインプット(生産要素)は、人の労働と機械や設備などの資本からなると考えます。また、製造業において「サプライチェーン」は人の労働と設備の両方によって構成されるものといえるでしょう。

調達・製造・販売までのサプライチェーン

多くの場合、短期的に人(労働力)を増減させることはできますが、機械や設備を短期的に増減させることは難しいです。これは、一度、工場や物流拠点、店舗などの設備ができあがると物理的な制約となるからです。つまり、短期的な視点では「戦略はサプライチェーンに従う」となります。

しかしながら、長期の時間があれば機械や設備などの物理的資本も柔軟に変更をすることができます。実際、経済学でも長期では資本は労働力と同じく可変費用として捉えられます。すなわち、長期においては「サプライチェーンは戦略に従う」といえるのです。

このように時間の概念を用いることで、戦略が先か組織が先かという議論は整合性をもって説明できます。なお、経済学では短期や長期といった場合に、具体的な時間は想定されていません。資本を動かせない状況が短期であり、資本を自由に増減させられる状況を長期と捉えています。

長期と短期での比較画像
短期的な視点では「戦略はサプライチェーンに従う」となり、長期においては「サプライチェーンは戦略に従う」となる

機能別組織と事業部制組織のサプライチェーンの比較

組織と戦略の関係の解像度が上がった次に考えたいのは、組織の体制のあり方です。組織体制が変わると具体的にサプライチェーンはどのように変わるのでしょうか。以下では、組織とサプライチェーンの関係について見ていきましょう。

そもそも、企業の組織体制は「機能別組織(もしくは職能別組織)」と「事業部制組織」に大別されます。1つめの「機能別組織」では、機能ごとに複数の事業部署を担うことになります。ここでは、サプライチェーンの観点から、単純化した機能として、調達・製造・販売の3つを取り上げます。企業がA、B、Cの3つの事業を有している場合、機能別組織をサプライチェーンの観点から表現すると下の図表のようになります。

サプライチェーンの機能ごとに複数の事業が存在している状態
サプライチェーンの機能ごとに複数の事業が存在している状態

すなわち、それぞれの部門が先にあり、その部門内で各A〜Cの事業をすべて担当するような体制です。こういった体制にすることで、それぞれの部門の専門性が高まります。

このような組織体制を採用している企業として有名なのはアップルです。アップルの機能別組織がうまく機能しているのは、製品数を絞っているからだと考えられます。アップルのホームページに行けばわかりますが、製品はiPhone、Mac、iPad、apple watch、apple TV、そしてapple musicのわずか6種類です。時価総額200兆円を超える世界トップクラスの会社が主に6種類のプロダクトサービスだけで成り立っているのは、シンプルな機能別組織を上手に活用できているからだと言えます。

他方で、多くの企業は多角化を進めていくなかで、環境への柔軟な変化ができなかったり、製品やサービスをタイムリーに対応できなくなったりするなど機能別組織の課題にぶつかります。そこで生まれてきたのが2つめの「事業部制組織」です。一般的には、最初は機能別組織だったものが、企業の拡大にともない複数の事業を行っていく際に事業部制組織へ移行していく傾向にあります。

事業部制では、事業別に組織を構築します。サプライチェーンでいえば、以下の図表のように表現されます。

事業部ごとにそれぞれサプライチェーンが存在している状態
事業部ごとにそれぞれサプライチェーンが存在している状態

機能別組織とは異なり、事業部制組織では先に事業部が来ます。すなわち、A事業部門の中に、調達部・製造部・販売部をそれぞれ有しているような体制です。事業部門の類型には、製品別、地域別、ブランド別等があげられます。もちろん、事業部制組織にもデメリットはあります。最も大きいものは「多角化が進みすぎる」ことで、事業部間同士の連携がうまく取れなくなる可能性があることがあげられます。A事業部門とB事業部門が足並みを揃えれば、一緒に安く調達をしたり、製造の標準化ができたりする可能性があったとしても、事業部門の独立性が強すぎると、連携がうまくいかないことがあります。

実際、あるメーカーでは、20個をこえる製品をすべて並べると、互換性のない充電用のアダプターが20個出てくるという笑えない話がおきました。同じメーカーなので、アダプターを統一すれば効率性は高まると思うのですが、事業部の独立性が強すぎるとこのようなことが起きるのです。また、小回りがきくために多角化が進みやすく、事業部制組織では製品やサービスが乱立し、場合によってはカニバリゼーションが起きることもあります。

具体的な例として、テレビ事業と録画用のDVD事業の事業部が別だとして、ハードディスク内蔵型のテレビはどちらが主導権を握ることになるのでしょうか。テレビ事業部からしたらテレビが主で、DVDの録画は従と考えるかもしれませんが、DVD事業部からしたら録画のハードディスクが主でテレビが従と考えるかもしれません。このように別の事業部が似たような製品を出してしまう可能性もあるのです。

以上のように、事業部制は環境の変化に強く、多角化には向いているのですが、事業ごとのシナジーはうまく機能させるのが難しいという課題もあります。

機能別組織と事業部制組織のサプライチェーンの比較
機能別組織と事業部制組織のサプライチェーンの比較

この事業部制の「意思決定の素早さ」や「環境の変化に対応しやすくする」という良い部分をさらに伸ばしたものとしては「カンパニー制」があります。カンパニー制では、事業部制でいうそれぞれの事業部がカンパニーとして存在し、事業部制よりも一層独立性が高くなります。それぞれのカンパニーのトップ(プレジデント)はカンパニーのP/L(損益計算書)だけではなく、B/S(貸借対照表)にも責任を持つようになります。さらに、カンパニー制を通じて、権限を委譲することで経営者を育成するという観点もあります。

また、カンパニー制をさらに推し進めると持ち株会社(ホールディングス)になります。持ち株会社では、親会社である持ち株会社は、本社機能だけを担い、それぞれの事業は持ち株会社の子会社が担うことになります。会社が別になるので、意思決定はカンパニー制よりも柔軟になります。また、会社の再編に際しても、極端な話でいうと持ち株会社が子会社の株式を譲渡したり、他社を買収することで行うことができるようにもなったりします。

企業の動きをサプライチェーンと戦略の関係性から考える

ここまでの話を踏まえると企業の動きや組織変更のニュースから企業の戦略も予想できます。現在は、新型コロナウイルス感染症により経済の見通しを立てるのがこれまでよりも困難になり、企業はいままで以上に複雑な意思決定や戦略の変更をする必要が出てきています。

たとえば、今年の2月に資生堂はパーソナルケア事業をファンドに譲渡するとともに、 研究開発体制をカテゴリー別からブランド別に組織変更すると発表しました。くわえて、サプライチェーンの拠点を再編することで、生産効率の改善を目指すとしています。

冒頭のフレームを用いると、資生堂の意思決定は、「サプライチェーンは戦略に従う」かのごとく、企業全体の戦略を抜本的に変えているとわかります。このような大きな意思決定は、多くの調整を経ながらトップダウンで決めたものだと予想されます。事実、資生堂の決算説明資料では、今後の戦略として、サプライチェーンだけでなく、グローバルでの人事制度の整備や事業再編、そしてROE(自己資本利益率)を目標とした財務戦略などの計画を立てています。

そもそも経済が安定的な状況であれば、戦略や組織の抜本的な変更は必要ありません。上場企業は多くの場合、3カ年を目安に事業を遂行していきます。少なくとも中期経営計画を一度決めたら、戦略や組織形態を頻繁に変えることは多くなかったでしょう。 しかしながら、コロナ禍の不安定な状況の中、多くの企業がこれまで以上に短期間での経営戦略の見直しや、組織改革を行う動きを見せています。

GettyImages
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コロナ禍におけるサプライチェーンのあり方

今回は、戦略と組織の観点からサプライチェーンのあり方を見てきました。サプライチェーンに戦略が従うこともあれば、その逆で戦略にサプライチェーンが従うこともあります。これまでは数年をかけ、戦略にもとづいて組織を変更していたのがコロナ禍で短縮され、いまや1〜2年ほどで大きな組織変更を実行する企業も増えています。もちろん、いままでよりも短い期間で組織を戦略に従わせることが可能になった背景として、テクノロジーの進化も大きいと言えます。たとえば資生堂は、はじめての緊急事態宣言が発令されて間もない2020年5月時点でオフィスに出社する社員の人数を50%削減させ、社内の会議は原則ウェブ会議に変更することを発表しました。このような働き方や組織のあり方の大胆な変更ができるのはテクノロジーの進化によるものだといえます。

新型コロナウイルス感染症により我々の生活が変わり始めて1年が経過しました。そんな生活が当たり前となるなかで、今後の企業の戦略や組織のあり方もコロナ禍に合わせて変わっていくことが予想されます。ここまで見てきたように、企業の戦略や組織変更、またそれに伴うサプライチェーンの変化に注目すると、いつもとは違った企業の行動が見えるかもしれません。

村上 茂久(むらかみ しげひさ)

1980年生まれ。株式会社ファインディールズ代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社CFO、iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。新著に『決算書ナゾトキトレーニング』(PHP研究所)がある。