【安居昭博氏インタビュー】EUで注目される「サーキュラー・エコノミー」とは―― コロナ後のサプライチェーンを考える
ここ数年、「脱プラスチック」「SDGs」などのキーワードの広がりとともに、企業活動に「地球環境への配慮」が求められるようになってきた。しかし一方で、「環境対策の義務化は企業活動を停滞させる」という否定的な意見も根強くある。環境か、利益か。多くの企業が直面しているこの二項対立を解消し、両立するための考え方として、いま世界で「サーキュラー・エコノミー」が注目されている。オランダの首都・アムステルダムに活動拠点を置き、サーキュラー・エコノミーの研究と情報発信を行っている安居昭博さんに、なぜサーキュラー・エコノミーへの移行が必要なのかを伺った。
安居 昭博(やすい あきひろ)
1988年生まれ。東京都練馬区出身。ドイツ・キール大学大学院「Sustainability, Society and the Environment」プログラム卒業。Circular Initiatives&Partners代表。アムステルダム在住のサーキュラーエコノミー研究家。サスティナブル・ビジネスコンサルタント、映像クリエイターとしても活躍。2019年日経ビジネススクール x ETIC『SDGs時代の新規事業&起業力養成講座 ~資源循環から考えるサスティナブルなまちづくり~』講師。
環境負荷を減らしつつ、経済成長をめざす「サーキュラー・エコノミー」
――「サーキュラー・エコノミー」とはどういうものでしょうか。概要を教えてください。
安居:日本語では「循環型経済」や「循環型社会」と訳されるモデルに近い概念です。いままで廃棄されてきたものを、すべて「資源として活用できないか」と考える循環型の仕組みです。また、これから新しく作り上げる企業や行政のモデルでは、そもそも廃棄を出さずに資源として活用し続けようと考えます。
現在のリニア・エコノミー(直線型経済)では、資源を採取して(take)、製品をつくって(make)、捨てて(waste)いますが、サーキュラー・エコノミーでは、従来廃棄されていた資源を積極的に活用することで新しく調達する原材料を減らし(Reduce)、リユース(Reuse)やリサイクル(Recycle)が進められています。環境への負荷を減らしつつも調達コストの大幅な削減や、輸入資材調達リスクの抑制等を通じて、企業側にとっても大きな利点があるとして欧米の企業を中心に採用が進められています。
安居:サプライチェーンに取り込まれた資源が、廃棄されることなく、ぐるぐるとまわり続ける。姿や形を変えながら、社会で活用され続ける。こう聞くと「実現不可能な理想論だ」と思われる方もいるかもしれませんが、生態系をイメージしてみてください。本来、自然界に廃棄物はありません。たとえば牛の糞であっても、適切な量が適切な方法で供給されることにより自然界では何らかの役割を果たしています。 だから企業の廃棄物も、既存の設計やビジネスモデル、サプライチェーンを見直すことで自社内や他社との協働によって資源として活用できるはずだというのが、サーキュラー・エコノミー的な考え方です。 いままで廃棄物となっていたものを資源として活用し続けるための仕組みづくりのプロセスでは、自然由来の素材活用や単一素材使用への転換、製品・素材情報の透明化や共有、販売からリースへの移行といった考えが導入されていっています。
安居:上の図は、「バタフライダイアグラム」と呼ばれるものです。サーキュラー・エコノミーを実現するための優先度合いを表した図として注目されています。
従来のリニア・エコノミーでは図の上から資源が投入されて企業・消費者を渡った後にはそのまま下に落ちて焼却処分や埋め立てという流れでした。一方、サーキュラー・エコノミーでは消費者に渡った後に、いかにして上に円を描いて資源を戻すかと言うことが重視されます。円が閉じることから「Closed Loop」とも言いあらわされます。その際の円は、できる限り小さい方が企業と環境の双方にとって利益は大きくなることが、この図の特徴です。例えば、図の右側で外枠にある「リサイクル」ですと、企業側はリサイクルのための施設や輸送が必要になりますが、それより内側の「リユース」でしたらそういった投資が必要なく、環境への負荷も抑えられます。円の1番内側である「消費者にいかにして修理をしながら使い続けてもらうか」ということは、近年様々な企業で活発に議論が行われているポイントです。
――サーキュラー・エコノミーはいつごろ生まれた考えですか。
安居: 2008年のリーマンショック後からEUでさかんに資源循環を軸にした経済競争力の強化について議論されるようになりました。長期的な視点で環境への負荷を減らしつつも経済を復興させ、雇用創出にも繋げるビジョンについてです。そうした議論を経て2015年12月、EUの行政機関である欧州委員会(EC)で基本方針の「サーキュラー・エコノミー・パッケージ」が採択されたことにより、EU全体がサーキュラー・エコノミーへ移行することが決定しました。
そして環境への持続可能性を持たせなければこれからの経済は成り立たないという考えをもとに、現在EUでは行政のみならず名だたる有力な企業がこの「サーキュラー・エコノミー・パッケージ」に注目してサーキュラー・エコノミーへの移行を進めています。たとえば、オランダを代表するグローバル企業の「フィリップス」は、サーキュラー・エコノミーの事業ですでに全体収益の15%を獲得しています。
また、エレン・マッカーサー財団が2013年に設立したプラットフォーム「サーキュラー・エコノミー100」には、フリップスのほか、AppleやGoogleなどのアメリカのグローバル企業も参加。EUだけでなく、世界全体がサーキュラー・エコノミーへの移行を進めていると言っても過言ではないと思います。
【用語解説】
エレン・マッカーサー財団
企業や政府、研究機関と連携して、サーキュラー・エコノミーへの移行を推進することを目的に2010年にイギリスで設立された団体。
――欧州では「SDGs」よりも「サーキュラー・エコノミー」のほうが注目されているのでしょうか。
安居:そうですね、それを示すように「Google トレンド」でこの2つのワードを比較したものが下の図です。オランダでは「SDGs」(赤線)を「サーキュラー・エコノミー」(青線)が大きく上回ります。一方、日本では圧倒的にSDGsが多い。欧州に移り住んで5年ほど経ちますが、体感としても企業は表面的にSDGsという言葉を掲げるのではなく、サーキュラー・エコノミーの本質を理解した上で根本的な事業改革に取り組んでいる印象です 。
【用語解説】
Google トレンド
あるキーワードがGoogle上でどれだけ検索されているかが分かるサービス
利益よりも社会的インパクトを優先する「SirPlus」
――そもそも、安居さんはどうしてサーキュラー・エコノミーの研究をはじめたのですか。
安居:幼い頃から貧困問題や環境問題に興味があって、大学時代には、自然保護活動やフードロス問題に取り組むNPO法人に関わるようになりました。やりがいもあって、一生の仕事にすることも考えたのですが、日本のNPO法人では職員の方自身の収入が少なく困窮していることが珍しくありません。しかも国の補助金などに頼っているNPO法人も多く、補助金が打ち切られると、たちまち活動できなくなってしまうというケースも目にしてきました。
社会的な課題へアプローチしながらも収益をあげるモデルはできないものかと様々な活動に参加するなかで考えていました。 大学卒業後は自動車部品のメーカーに就職しましたが、震災をきっかけに関心を持っていたドイツで上記のようなテーマについて勉強したいという思いが強くなり2年で退職。 そしてドイツに移り住み、大学院に通いました。またそれと同時に、ドイツで社会課題に取り組む企業を取り上げるウェブマガジンでの仕事も始め、映像や写真でそういった事例を日本に伝える活動をしていました。
安居:そして2017年、ベルリンで誕生したスタートアップ「SirPlus(サープラス)」のイメージ映像を制作することになり、その活動に衝撃を受けました。「SirPlus」は賞味期限切れの食品ほか、規格外の野菜やパッケージに傷がつくなど、大手スーパーでは販売できなくなった商品を集め、定価の3割程の価格で販売しているストアです。賞味期限が切れていても通常のスーパーの商品と変わらないものが安く手に入るという理由から、環境問題に関心が高い人だけでなく一般の人からも絶大な人気を集めていることが最大の特徴です。
「SirPlus」が目指すのは、「利益の最大化」ではなく、自分たちが与えたい「社会的インパクトの最大化」です。フードロスの問題を改善しながらも、社会的インパクトを大きくするために利益をあげ企業としても成長していく。このビジョンを聞いたとき、学生時代から抱えていたモヤモヤが解消されて、これがこれからの企業に必要となってくる要素なのではと感じました。
――最後に、新型コロナウイルスの影響があるなかで、サーキュラー・エコノミーがどのような意味を持つのか、お考えを聞かせてください。
安居:コロナ禍により国境をまたいだグローバル・サプライチェーンが分断されたことで、あらためて輸入依存の危険性も露呈されました。日本やEUの多くの国は、石油やレアメタル、食糧といった資源を輸入に頼っています。今後新型コロナウイルスのような感染症が再度発生し、サプライチェーンが長期的に分断されることを想定すると、輸入に依存する割合を減らし自分たちの国で資源を自給自足できる循環の仕組みを整えていた方が柔軟な体制を築いておくことができる。こうした視点からも、資源を繰り返し使い続けられる社会システムを構築することが大切です。それは都市のレジリエンス(resilience,回復力、抵抗力)を高めることにもつながります。
そのために、日本ではまずサーキュラー・エコノミーの正しい考え方を浸透させる必要があると思っています。私自身も、昨年から官民一体でサーキュラー・エコノミーに取り組んでいるオランダのアムステルダムに拠点を移しました。そこで、日本の企業や自治体にアムステルダムに来てもらいサーキュラー・エコノミーの視察イベントの開催を行っており、2019年には50以上の企業の方々に参加してもらい日本での注目度が高まっていることを感じます。サーキュラー・エコノミー研究家として日本でサーキュラー・エコノミーが浸透し、逆に日本から世界へ好事例を発信していく手助けができればと考えております。
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