パナソニックのエバンジェリストに聞くBtoBテクノロジーの最新潮流ーー現場を変えるカギは「センシング」と「アクチュエーション」

現場を変えるカギは「センシング」と「アクチュエーション」―― パナソニックのエバンジェリストに聞くBtoBテクノロジーの最新潮流
取材・文:相澤良晃、写真:井上秀兵

近年、自動化・省力化のニーズが急激に高まっている日本のサプライチェーンの現場。いま、サプライチェーンの現場では何が起きているのか。2020年代には、どのような潮流が見えているのだろうか。IoTや5G、AIなどの最新技術をキーワードに、パナソニック コネクティッドソリューションズ社CTO室 室長の辻 敦宏氏に話をうかがった。

辻 敦宏(つじ・あつひろ)

パナソニック株式会社 コネクティッドソリューションズ社 エバンジェリスト/CTO室 室長

1996年に松下電器産業株式会社(現・パナソニック)入社後、本社R&D部門にて、放送機器向け通信プロトコルの開発、家電等に搭載するIPv4/IPv6通信ソフトウェアの開発、デジタルテレビのネットワーク対応開発に従事。2007年からデジタルテレビのLSI開発(通信対応)、TVにおけるVoDサービスのミドルウェア開発(通信、著作権保護など)とアプリ開発、医学系画像提供サービスなどの新規事業開発に従事。2013年より3年間、本社にて経営企画を担当、現在はCNS社CTO室にてカンパニー技術戦略策定と技術開発企画 室長。

現場を変える「センシング」と「アクチュエーション」

――はじめに、いま製造、物流、流通など、サプライチェーンの現場はどのような方向に進んでいるのか、技術的な潮流について教えてください。

辻:いま日本のサプライチェーンの現場で課題になっているのは、やはり人手不足です。それを補うためにAIやロボットの導入が進められているというのが大きな流れです。

そもそも、現場で人が行う業務は標準化が難しく、以前はテクノロジーの導入が諦められていた領域でした。しかし、近年は技術の進歩によってそういった現場にもテクノロジーの実装が進んでいます。人に近いフィジカル領域の業務をデジタル化するために、カギとなる技術は大きく2つあります。

ひとつは「センシング」。各種センサーを利用して、物量や速度、動き、温度、音、光、圧力、温度、湿度……など、ありとあらゆる情報を計測・判別して、デジタル化する技術です。近年は高精細カメラや高感度集音マイクなど、センサーそのものの性能が飛躍的に進化しました。

さらに「非接触によるセンシング技術」が発達したことにより、これまで計測が難しかったさまざまなものを「デジタル化=標準化」できるようになりました。

たとえば、これまで職人が感覚で行っていた作業をセンシングにして数値化することで、職人の仕事をロボットに再現させることも可能になります。また、カメラとAIと組み合わせた画像認識技術を活用することで、これまで人間が行っていた不良品検査の自動化も進んでいます。「センシング」は、自動化・省力化システムの入り口となる技術で、今後ますますその重要性が増していくと思います。

いまでは人や物、機器の位置情報を把握して、施設内の動きをリアルタイムに可視化する技術も研究されています。こうした現場の「見える化」が進めば、問題点を分析して、効率化のための改善策を打ち出しやすくなります。センシングは、現場の課題解決のための核となる技術です。

辻 敦宏氏
パナソニック株式会社 コネクティッドソリューションズ社 エバンジェリスト/CTO室 室長 辻 敦宏氏

――なるほど。「センシング」によって計測や数値化が可能になったことで、改善のための分析ができるようになったんですね。では、もうひとつのカギはなんでしょうか?

辻:「アクチュエーション」です。「センシング」がインプットだとすれば、「アクチュエーション」はいわば課題を解決するためのアウトプット。「センシングのデータをもとに実際に動作する装置」と広義に捉えてください。

ですから、自動で物を指定の位置まで運ぶロボットや、カメラで物体を認識して動作するロボットアームなど、物理的に作用するものは「アクチュエーション」だと思っていただいて結構です。このアクチュエーションが、センシングしたデータを活用して動作します。

たとえば、ひと昔前の大量生産大量消費の時代は、製造ラインが稼働すれば、採算がすぐに見込めました。それゆえ、コストをかけて製造ラインの機器をまるまる入れ替えることも選択肢に入れることができました。

しかし現在は、少量多品種の時代です。大がかりな設備投資をしても、なかなか簡単には投資費用を回収できません。また、多くの分野で商品の開発サイクルも短くなってきています。せっかく大掛かりな最新設備を導入しても、すぐに陳腐化してしまうということが容易に起こりえます。

そこで、導入しやすく、しかもすぐに効果が期待できるアクチュエーションが求められるようになりました。

サイバーフィジカルシステムモデル
パナソニックコネクティッドソリューションズ社提供資料を元にGEMBA編集部にて作図

具体的には、配送拠点のラインで、流れてくる段ボールのバーコードを頭上のカメラが読み込んで、プロジェクターで矢印を投影するというような技術も導入されています。その矢印をみて、作業員が配送先の仕分けをするという仕組みです。これにより、たとえばその日に初めて作業する熟練度の低いスタッフでも、ミスなく効率的に作業できるというわけです。

5Gの現場への普及はまだこれから

――技術のトレンドとして、2020年中に日本でもサービスが始まる「5G」が注目されています。サプライチェーンの現場でも活用は進むと思われますか?

辻:5Gのもつ「高速・大容量」「省電力」「一度に多くの端末と接続できる」といった特性は、現場でも大いに活躍する可能性があると思います。しかし導入にはそれなりの設備投資費がかかるため、多くの会社は「ひとまず様子見」というのが正直なところではないでしょうか。

例えば、パナソニックでは防災無線をはじめとして古くから培ってきた無線技術を発展させてプライベートLTEのような「自営ネットワーク」を工場などの敷地内に敷設していくことを検討しています。誰でも使えるパブリックな通信より、このような「自営ネットワーク」こそが、5Gをはじめとした新たな通信技術活用の端緒となるでしょう。工場では、高速性、多端末接続が求められる領域において、積極的に取り組んでいます。

他にはサプライチェーンとは少し離れますが、5Gは医療現場での活用も検討されています。5Gの高速性を利用して、映像を見ながら遠隔手術に応用するという研究が進んでいるようです。人の生死を左右しかねない「ミッションクリティカル」な領域であるため、実用化までには時間がかかると思いますが、大いに期待したいですね。

辻 敦宏氏

――では、ゲームなどエンタメの分野ではどうでしょう?

辻:個人的にはエンタメの分野でもBtoCビジネスに限って言えば、まだ時間がかかると思います。それは技術的な問題というよりも、日本の景気の問題です。デフレ不況が続いているいま、さらに通信費やアプリの使用料にお金をかけられる人はどれほどいるのでしょうか? 新型のiPhoneも高額のため、日本では買い控えが起こりました。5Gサービスが始まったからといって、すぐにサービスを利用できる人は限られているでしょう。だからこそ、BtoC よりもBtoB企業の演出などで5G活用が先行するのではないでしょうか。

最終判断をくだすのは人の役割

――ここ数年、AIの進化にはめざましいものがあります。AIがさらに進化してこれまで人の判断が必要だった業務まで自動化が進めば、サプライチェーンの現場で人間は不要になるのでしょうか?

辻:たしかに、人間が行っている単純作業の多くは、いずれAIが代替するようになると思います。しかし、完全に人間が必要なくなるとことは考えられません。AIは与えられた条件のなかで最適解を見つけることは得意ですが、それは逆にいえば、与えられた条件の中でしか思考できないということです。AIから画期的なアイデアは生まれません。結局、サプライチェーンの現場で「工夫」と「改善」は人間が担当しつづけることになると思います。

人間は、AIほど明快に最適解を導くことはできませんが、しかし「みんなが納得できる回答」を導くことができます。それが人間のもつ「コミュニケーション能力」や「共感する力」のすばらしさです。

AIが活用されている自動運転技術でも同様の問題が持ち上がっています。AIがデータ不足や認知バイアスなどによって事故を起こしたとき、多くの人は納得ができないので、技術的にはほぼ完成されているのに、いまだ実用化されていないわけです。

辻 敦宏氏

ただ、いまは「XAI(Explainable AIの略、説明可能なAIの意)」という、「AIの思考過程を明らかにするAI」の研究も進められています。たとえば、膨大なデータを活用してさまざまな問題の解を導き出してくれる「ディープラーニング」ですが、システム自らが膨大なデータを学習して“自律的”に答えを導き出しているため、 「その思考プロセスが人間にはわからない」という、いわゆるブラックボックス化してしまうという問題があります。XAIは、その思考プロセスを明らかにしてくれるAIです。

AIの思考プロセスがわかれば、多少、答えを信頼してもいいような気もしますが、結局プロセスを明らかにするのも「AI」ですから、堂々巡りに陥るおそれもあります。しばらくは、AIが導き出した答えに対して最終判断を下すのは、人間の役割になりそうです。

――どんなにAIが進化しても “人”の役割が重要なんですね。

辻:はい、そのことを忘れてはいけないと思います。我々パナソニックは長年、BtoCの家電製造を行ってきました。それは、「どうすれば消費者に喜んでもらえるか」ということを考え続けてきた歴史でもあります。使う人のことを考え、人の役に立つ製品を生み出すことを何より大切にしてきたわけです。

そしてその考え方はBtoBビジネスでも変わりません。ですから、個人的には、ロボットやAIだけが活躍する完全な無人化のために、技術や装置を提供する意味はないと思っています。人に喜んでもらえるからこそ、技術には価値がある。そのことを、忘れないようにしたいと思います。

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