長野県伊那市で進むロジスティクス改革ーー中山間地域の物流を変えるドローン活用とは
地域課題を解決するために先端技術を活用し、大規模な事業開発を行う長野県伊那市。そこでは、地域の物流網の新たなモデルが生まれようとしている。2018年には産学官連携の「ドローン物流プロジェクト」によって、国内行政で初となるドローン物流の事業化に向けての動きがスタートした。ドローン物流は、少子高齢化が進む地方都市の突破口となるのだろうか。白鳥孝(しろとりたかし)伊那市長に、ドローンが持つ可能性と未来へのビジョンについて語ってもらった。
必要なのは、地域の条件に合った物流網
――伊那市では物流にどのような課題を抱えているのでしょうか。
白鳥:伊那市の大きな特徴として、周囲を山に囲まれた山岳地帯であることが挙げられます。日本有数の雄大な山岳景観は我々の観光資源です。ですがそれと同時に、山間部やその周辺の地域での暮らしは高低差もあり移動が大変なところが多く、山あいの集落は少子高齢化も進んでいます。そうした中山間地域に住む市民の暮らしをより良いものにするためには、「買い物」「交通」「医療」などの生活インフラを快適にすることが不可欠でした。
なかでも「買い物」は、中山間地域に住むお年寄りを中心に、食料品などの生活必需品の購入に苦労する方が増えているという実情があります。これは、輸送コストが高く住民も少ないことから、そもそも中山間地域に商店がほとんどないことが原因です。ではECサイトを利用すれば解決するのかというと、すべてのお年寄りがインターネットを使いこなせるわけではありません。さらに、ECサイトで購入した商品を配送する物流の面では、採算の合わない人件費や労働力の不足といった問題がありました。少ない荷物を山間部までわざわざ運ぶには、都市部の物流よりもはるかにコストがかかるのです。
――行政主導では日本初となる「ドローン物流」プロジェクトが、伊那市で始まったのはなぜでしょうか。
白鳥:少子高齢化が進む伊那市では、民間企業のマンパワーが不足しています。そんな状況のなかで、中山間地域の物流をビジネスとして採算に乗せることは非常に困難です。そこで私たち行政が、本格的に物流改革に向けて乗り出したのです。
私たちが目指すのは、地理的に不利な条件を克服できる、地域に合った効率的な物流の仕組みをつくること。具体的には、ドローンを使って市内の物流を事業化しようとする取り組みです。これまでは時間をかけて人が運んでいたものを、ドローンによって集落の近くまで一気に運び、そこから各家庭に届けます。特に効果が高いのは、過疎地域にある集落への配達です。将来的には民間企業のビジネスとして採算がとれる環境を整え、持続可能なものにすることを目指しています。
ドローンで実現する、河川を用いた「空の物流」
――2018年から始まった「ドローン物流プロジェクト」は、具体的にはどのようなものですか。
白鳥:「空飛ぶデリバリーサービス事業」と「アクア・スカイウェイ構築事業」の2つのプロジェクトによって、市内中心部から山あいの地域までの全域をカバーする物流網を段階的に構築していきます。物の流れとしては、注文を受けた商品を中心市街地から各ローカルエリアの道の駅などに設置されたポートである「トランシップハブ」まで超大型のドローンでまとめて運び、そこで荷物を小型のドローンに積み替えて、よりローカルな集落に近いポートまで輸送するイメージです。
中山間地域を中心とした末端の地区をカバーする物流網では、技術面での開発をKDDIに委託しています。今年度までが実証フェーズで、来年からは社会実装に入っていく予定です。
また、中心市街地から中山間地域までのワイドエリアを結ぶドローン輸送のしくみは、地図情報分野の知見を有するゼンリンの「空の三次元地図」をベースとして構築しました。天竜川や三峰川(みぶがわ)の上空を長距離飛行します。
――実際に配達に使われるドローンの積載能力はどの程度ですか。
白鳥:現在は10キログラムの重さの荷物を20キロメートル以上飛ばせるドローンを開発しているところです。実用化の段階では、集落のエリアに少量の荷物を運ぶ場合はドローンを使用し、これ以上の重さの荷物や、大量の荷物を一度に運ぶ場合は軽自動車で輸送するのが効率的です。つまり、すべての荷物をドローンで運ぶのではなく、条件によって最適な輸送手段を選択していく必要があります。
――伊那市のドローン物流プロジェクトの特徴はなんでしょうか。
白鳥:ドローンによって無人で物を運べることはもちろんですが、私たちのプロジェクトのポイントは、「河川」に沿ってドローンを飛ばすことです。ドローンのような無人航空機が飛べるエリアは、安全のために航空法などによって規制されています。荷物を運べるような比較的大きな機体は、基本的に人口密集地区などを飛行することができません。そこで河川に沿って飛ばそうというのが伊那市独自のアイデアです。
伊那市には、「天竜川」と「三峰川」という大きな河川が流れ、さらにその先はいくつもの小さな河川につながっています。昔から人が住む集落はこれらの川に沿ってできているので、物流ルートとしては最適なのです。
もともと河川とは、水運の要であった存在です。それを現代の「空の水運」に置き換えて利用しようということで、国土交通省と連携して2016年に研究を始めました。まずはドローンが自律的に離発着できる「物流用ドローンポート」を、河川近くの道の駅に設置しました。機体に搭載されたGPSでポートの場所を検知し、画像認識で正確な位置に修正して、誤差なく離発着するというシステムです。荷物配送の実証試験を行い、実用化に向けての基礎的な運用方法を確立しました。
導入率ほぼ100%のケーブルテレビを情報インフラに
――伊那市が物流網を構築することにはどのような意義がありますか。
白鳥:私たち行政が行う意義は、単に技術やコストの面だけに着目するのではなく、利用者にとって快適なサービスに落とし込むところにあります。そこで、商品の注文と決済をすべて「ケーブルテレビ」を使って行えるシステムを作ります。なぜならば、中山間地域でのケーブルテレビ導入率はほぼ100%、市内全体でも65%程度と、すでに広く利用されているものだからです。
特にお年寄りにとっては、スマートフォンなどの最新のデバイスを使用するよりも、テレビの画面を見ながらオーダーする商品を選べた方がはるかに親しみやすいのです。このケーブルテレビのシステム導入は地元の企業と連携して行います。もちろん、そこから購入する商品も地域のスーパーや道の駅などの商店から仕入れることになるので、提携する店舗の活性化にもつながります。
さらに、ローカルエリアのポートから各家庭まで荷物を届けるラストワンマイルは、地域ボランティアなどの人の手によって行います。集落でひとり暮らしをしているお年寄りは何日も人と話さないこともあるので、最後は人を介在させて「お元気ですか」と会話を提供するきっかけにもなればと思っています。行政として、市民の生活をより良いものにしていくことを第一に考えています。
最も重要なのはサプライチェーンの「持続可能性」
――今後クリアしなければいけない課題には、どのようなものがありますか。
白鳥:2016年から続けている実証試験によって、技術的な部分はかなり完成に近づいています。現在進めていることの1つに、河川にかかる橋の上の飛行があります。橋には人や自動車の往来があるので、その上をドローンが通るときにどうやって安全性を担保するかが課題となっています。まだ研究段階ですが、カメラまたはセンサーで往来を検知して、人通りがある時はホバリングして橋の手前で待機し、途絶えたところで通るという仕組みを検討しています。これは線路の踏切のようなイメージです。
また安全基準という意味では、複数のドローンが上空を飛ぶことになるため、衝突しないような高さやルートの作成など、レギュレーションを固めている段階です。
――ドローン物流プロジェクトの成功に向けて、将来への展望をお聞かせください。
白鳥:このプロジェクトは、委託業者であるKDDIとゼンリンをはじめとして、日本気象協会、東京海洋大学、国土交通省、また多数の地元企業など、さまざまな専門機関や企業・団体の協力によって成り立っています。一般的には行政の事業というと、委託業者に任せきりということも多いですが、今回はそうではありません。関係者が毎月の定例会で顔を合わせて密接な連携をとり、それを私たち伊那市の行政が舵取りをする形で進行しています。
冒頭でも述べましたが、最終的には「持続可能性」が大きなポイントになります。まずはこうして行政が先頭に立ちますが、決して実験だけで終わりにするのではなく、ゆくゆくは民営化に向けてサプライチェーンを動かしていくことが不可欠です。そのためには、地元企業としっかり手を取り合い、参画するそれぞれの企業にとって利益がある現実的なプランであることを十分に理解してもらいながら、そのうえで総合的なサービスモデルを構築していきたいと思っています。