物流容器「パレット」から読み解く、日本の物流システムの課題

物流容器「パレット」から読み解く、日本の物流システムの課題
取材・文:小村トリコ(POWER NEWS)、写真:篠田勇

倉庫や工場などで製品を運ぶのに使われる「パレット」は、物流の現場において欠かすことのできない存在だ。戦後まもなくしてアメリカから輸入されたパレットは、物流を効率化するためのキーアイテムであるという。パレットをはじめとした物流容器の貸し出しを行う日本パレットレンタル株式会社(JPR)の加納尚美 代表取締役社長に、日本がパレットを導入するまでの歴史と、パレットが持つ役割や将来的な課題などについて解説してもらった。

パレットから見えるサプライチェーンの「全体最適」への課題

――まず物流の現場において、「パレット」はどのような役割を持っているのか教えてください。

加納:パレットとは、物品の積み下ろしや入出庫といった荷役(にやく)作業や、輸送、保管に用いられる荷役台です。パレットに複数の荷物を積んだ状態で、フォークリフトなどでパレットごと荷物を運搬するのに使います。

例えば倉庫で荷物を保管場所に持っていく時など、パレットを使えば一度にたくさんの荷物を移動することができて、スピーディに作業が進みます。こうしたパレット単位での輸送運搬を「パレット方式」または「パレチゼーション」と呼びます。

――パレット活用の課題は何ですか。

加納:パレットの「標準化」が課題の1つです。JISで規定されている1100mm×1100mmの「T11型」というサイズのパレットの使用率は、現在の日本のサプライチェーン全体の3割程度に過ぎません。それ以外は各社が独自サイズのパレットを使っています。

これは諸外国と比べても大きな差があります。国によって標準サイズは異なりますが、例えばオーストラリアでの標準化パレットの使用率は99%で、輸送の99%がパレチゼーション方式です。ヨーロッパでは90%、また日本より10年以上遅れてパレット普及が進んだ韓国であっても、すでに55%は標準化されています。

――なぜ日本では標準化が進みにくいのでしょうか。

加納:政府からの資金援助の有無なども要因になりますが、それだけではなく、「日本人ならではの性質」が関わっていると私は考えています。

日本人の基本的な仕事への姿勢として、とても真面目で誠実であることが挙げられます。例えば、アメリカで生まれた技術を輸入して使用する際、日本人はさらにそれを工夫して、自分たちの習慣に合ったものを作り出そうとします。これは「特定の問題に対してある一部分のみが最適化されている」状態、つまり「部分最適」です。

パレットも同様で、自社製品のサイズや形状に最適な独自のパレットが使われています。それは自社の物流だけを考えれば最も効率が良いのですが、デメリットは他社との連携がとりにくいことです。日本の場合は「部分最適」を得意とする反面、「全体最適」に弱みがあるのです。

戦後の日本にやってきたパレットによる物流標準化の波

JPRの「T11型プレスチック製レンタルパレット」
JPRの「T11型プレスチック製レンタルパレット」

――日本でのパレット標準化の歴史について教えてください。日本ではパレットはいつごろから使われ始めたのでしょうか。

加納:第2次世界大戦後、アメリカ軍が使用していたパレットが日本に入ってきたのが始まりです。それまで国内の物資輸送は「手荷役」という、人の手で1つずつ物を動かす方法が当たり前でした。利便性の高いパレットは日本でも急速に広まったものの、当時はまだ「保管」のためにしか使われていませんでした。

つまり、倉庫の中に荷物を置いておく時だけパレットを利用して、倉庫の外ではすべて手荷役だということです。そこで負担がかかるのはトラックのドライバーです。集荷の際、まず2時間ほどかけてパレットは残したまま荷物だけをトラックの荷台に積み込みます。そして到着地でまた2時間ほどかけて荷物を下ろすのです。これは今から50年近く前の話ですが、残念ながら現在でも一部の業界ではこのような手荷役が残っており、問題視されています。

加納尚美氏
日本パレットレンタル株式会社(JPR)代表取締役社長 加納尚美氏

――なぜ倉庫の中でしかパレットが使われなかったのですか。

加納:社外に出すと紛失してしまうからです。当時のパレットは、自社で購入して所有する「自社所有」が一般的でした。例えば、あるメーカーが商品と一緒に出荷したパレットは、製造と小売の仲介者である「卸売業」のもとへ届きます。その時点ではまだパレットの上に商品が載っているので、持ち帰ることはできません。そして卸が小売に商品を販売してパレットが空になるころには、倉庫内で他社のパレットと混ざって見つからなくなってしまうのです。自社所有のパレットを輸送に使用した場合、3割から5割が回収できずに紛失すると言われており、とても輸送には使えないような状況でした。

そうした中で1960年代後半、物流の効率化が必要だとして、当時の運輸省と通商産業省がパレットの本格的な活用推進に乗り出しました。

――行政によってどのような対策が取られたのでしょうか。

加納:まずはそれまで会社ごとにバラバラだったパレットのサイズを標準化しました。それが先ほど申しました「T11型」と呼ばれるパレットです。国内の一般的なトラックやコンテナのサイズと相性が良く、積載効率が上がります。1970年にJISにより正式に規格化されました。

続いて、サイズ統一したパレットを運用する方法として「レンタル方式」を採用することになりました。パレットの活用を阻んでいた原因は、自社所有であったからです。ならば誰かがパレットの運用を一元管理してしまえばいいのです。国の呼びかけによって1971年、東日本に私たち「日本パレットレンタル」(以下、JPR)が、翌72年に西日本に「日本パレットプール」が、パレットのレンタルサービスを行う企業として設立されました。

レンタル化で利用企業の負担を大幅に軽減

――パレットを自社所有からレンタルにすることで、どのようなメリットが生まれるのですか。

加納:最大の利点は「パレット管理の手間がない」ことです。当時のレンタルの基本的な流れは、まずパレットを利用企業の製造所や工場などに納品します。使い終わったら、貸し出しと返却の拠点である「デポ」にパレットを返却してもらいます。デポは全国各地にあり、どの拠点に持ち込んでも構いません。そして集まったパレットを、デポで洗浄などのメンテナンスをして、次回の貸し出しに備える、というものでした。

製品保管でパレットを利用する仕組みの図
製品保管でパレットを利用する仕組み。レンタルサービスを活用することで、企業はパレットの在庫を余分に持つ必要や、メンテナンスの手間から解放される(提供:日本パレットレンタル株式会社)

加納:ここでようやく、商品の発送から荷下ろしまでをパレットに積んだまま輸送する「一貫パレチゼーション」の方式が現実的になってきました。最初に大規模な導入が始まったのは石油関連業界でした。ただし、この時点ではあくまで自社内の物流における利用であり、本来の「輸送」ではありませんでした。そして1990年、味の素やハウス食品、UCCなど食品メーカー7社の協力により、レンタルパレットを商品の納品地で「乗り捨て」するための新たな仕組みをつくりました。

――パレットの「乗り捨て」とは何でしょうか。

加納:利用企業にとっての「回収」や「返却」の手間が完全になくなるということです。パレットを輸送に使ったらそのまま、デポに戻す必要をなくしました。つまり使い終わったパレットは卸の集積場にまとめてさえもらえれば、それを私たちが回収してデポまで運ぶことにしたのです。言うなればレンタカーの「乗り捨て」のような仕組みです。こうして利用の幅が大きく広がり、導入企業が増えていきました。

共同回収システムの仕組みの図
共同回収システムの仕組み。現在は約300社の企業がこのシステムを利用し、卸業者乗り捨てできる卸の拠点は全国約2000カ所。パレットの回収率は99%以上を誇るという(提供:日本パレットレンタル株式会社)

物流最適化のカギとなるパレットの存在

加納:現在、1年間でのべ約4500万枚ものパレットがJPRのデポから出て行きます。10トントラックにしておよそ18万台分ものパレットの量です。また、近年は「大量生産」から「多品種少量生産」のスタイルに変わったことで、使うパレットの量は加速度的に増えています。そのため物流コストはどんどん上がるなど、物流の最適化は多くの企業にとって経営上の重要な課題となっているのです。

――課題解決のカギは何でしょうか。

加納: サプライチェーンの全体最適のために有効なのは、デジタル技術の活用です。私たちJPRでは、2000年頃から「RFIDタグ」という、近距離の無線通信によって情報をやりとりできるICタグの研究を進めてきました。技術開発を進めて、12年に実用レベルまで仕組みを固めました。 パレットはサプライチェーンに対して非常に重要な役割を持っており、これを最適化することで、物流全体の課題を解決できる可能性を秘めています。次回はパレットの運用におけるデジタル技術の活用についてお話しします。

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