サッポロホールディングスが自社システムで「物流クライシス」に立ち向かう――持続可能な物流を実現するために

持続可能な物流を実現するために―― サッポロが自社システムで「物流クライシス」に立ち向かう
取材・文:小村トリコ(POWER NEWS)、写真:渡邊大智

2016年に始まった、サッポロホールディングスによる「ロジスティクス改革」。持続可能な物流体系を構築するためのこの取り組みは、大きく2つのフェーズに分けられるという。現在は第一段階である「業務の標準化」が着実に進み、第二段階である「シェアリング」に向けての一歩が踏み出されたばかり。今回のプロジェクトを推進する同社ロジスティクス部の松崎栄治 部長と、井上剛 グループリーダーの2人が見据えるのは、改革によって生まれるメーカー物流システムの新たな可能性だ。巨大グループのサプライチェーンの最適化を目指す取り組みは、物流業界に迫る危機的状況をどのように乗り越えていくのか。

自然災害、人手不足…これまでの体制では解決できない物流課題

――前回、貴社の物流拠点における課題について詳しくお話を伺いました。こういったサプライチェーンの課題はいつごろから意識されるようになったのでしょうか。

松崎:最初にサプライチェーンの改革が叫ばれ出したのは2000年前後のことで、当時は「在庫管理」への問題意識が中心でした。もともとは米国で起こったSCM改革の影響によるものです。それ以前の日本国内の商習慣では、常に在庫を多めに持つことが望ましいとされていたため、サプライチェーンのあらゆるポイントで在庫があふれかえっていました。しかし「過剰な在庫はリスクを生む」という新たな考え方が広まり、在庫に対する私たちの意識が変わっていきました。

また、配送に関して近年大きなインパクトがあったのは、2011年の東日本大震災をはじめとした数々の自然災害です。熊本や大阪、北海道における地震や、毎年のように起こる集中豪雨、そして台風やゲリラ豪雨の急増による大規模な洪水などです。特に2018年、洪水によって西日本の鉄道や高速道路が寸断されたことは、飲食料品の配送にすさまじい影響を与えました。ひとたび大災害が起こると、従来の物流体系がまったく通用しなくなると強く意識付けられたのです。

サッポロホールディングス ロジスティクス部 部長松崎栄治氏
サッポロホールディングス ロジスティクス部 部長松崎栄治氏

松崎:今年2019年はこの課題意識を踏まえ、全国各地の在庫拠点の新設に取り組んでいます。これまでのように製品を拠点間で長距離輸送して全国に届けるのではなく、たとえ災害で商品を運べない状況になっても、消費地付近の拠点に保管してある在庫で対応しようという試みです。メーカーである私たちの使命は、自分たちが作った製品をスピーディにお客様のもとにお届けすること。そのための最適な物流ネットワークの配置に向けて、今まさに過渡期にあると言えます。

――物流業界全体の社会的な課題としては、他にどのようなことが起こっていますか。

松崎:最近特に世間から注目されているのが、現場作業者の働き方に関する課題です。これまでの運送業界では「長時間労働を前提とした作業」が数多く存在していました。例えば長距離トラックドライバーは賃金体系が歩合制のため、少しでも長い距離を運んで高い収入を得ようと、ほとんど休まずに1日20時間も運転するドライバーがいるような状況でした。しかし現在、労働法令の改正のタイミングで各社がコンプライアンスを強化したことで、こういった過度な長時間労働は禁止されています。

これにより起こった次の課題は、人手不足の深刻化です。例えば以前は1人のドライバーが夜通し走って400キロ運んでいたものが、労働時間規制によって200キロしか運べなくなったとします。すると200キロ先の在庫拠点にいったん貨物を置いて、残りの200キロを次のドライバーに走ってもらわなければなりません。運送業界の実態として、これまでは足りない人手を長時間労働で埋めていたのです。

自然災害、人手不足…これまでの体制では解決できない物流課題

トラックドライバーの有効求人倍率は3.03倍(2019年1月時点)で、これは全産業平均に比べて約2倍の数字です。またドライバーだけでなく、フォークオペレーターと呼ばれる倉庫内作業員や、製品を小分けして発送するといった流通加工を行う作業員など、物流に携わるあらゆる人材が集まりにくくなっています。

近年、宅配業界の危機的状況を「宅配クライシス」と呼んで問題視する動きがあります。私たち「メーカー物流」は宅配とは別物だと考えられがちですが、問題の本質は同じです。さまざまな課題が複合的に重なり、物流業界全体が大きな危機を迎えていると言えます。

サプライチェーンは20億の投資をする価値のある経営課題

――前回はバリューチェーン全体を俯瞰できる人材を育成することで、これらの課題を解決しようとする試みを教えていただきました。それ以外にも新たに自社システムを構築するそうですが、詳しく教えてください。

松崎:現在の物流は、現場で働く人材がいてはじめて機能する「労働集約型」です。私たちが推進するロジシティクス改革が目指すのは、安定的かつ継続的な物流体系を構築すること。そのためにはIoTやAI、RPA(Robotic Process Automation)などの効率的な活用によって、人手に頼った現在の状況から脱却し、「装置集約型」の物流へと変えていくことが必要です。

井上:とはいえ、物流拠点に巨額の設備投資をしてすべてを機械化するような大きな変化は、今すぐに起こせるものではありません。特に私たちメーカーでは「作る」ことが重要視されるため、物流にかける投資の優先順位はどうしても低くなってしまいがちです。したがって私たちはロジスティクス改革を「2つのフェーズ」に分けて、段階的に変化を起こしていきます。

――改革では具体的にどのような取り組みを行うのですか。

井上:第1フェーズのキーワードは「標準化」と「可視化」です。まずはサッポログループ内の物流業務を整流化することで、次なる課題へのアプローチをしやすくすることがねらいです。

サッポロホールディングスロジスティクス部 グループリーダー 井上剛氏
サッポロホールディングスロジスティクス部 グループリーダー 井上剛氏

井上:対象は「需給計画・供給補充計画」「配車・請求支払」「輸出入」「倉庫」の4つ。現在は各セクションがまったく異なるデータ管理システムを使用しており、なかには先進的なシステムを導入しているところもあれば、いまだにExcelを使って手作業で入力しているところもあります。そのせいでセクションを横断する業務において、データの過不足などによって本来は不要なはずの確認や再入力の手作業が発生し、生産性を著しく落としているような状況です。

これを改善すべく、各セクションでの在庫状況などのデータを一本化する管理システムを構築しています。どのセクションのどの段階においてもデータがリアルタイムで共有され、いつでも取り出すことができるという仕組みです。このシステムはセクションごとに別々に開発を進めており、順次運用が始まっています。2021年までにはすべてのシステムが完成する予定です。

物流改革実行フェーズのイメージ

松崎:システムの開発にあたっては、全体でおよそ20億円弱の投資をしています。逆に言えば、それだけの価値があることを経営陣が認めているのです。今回の投資はシステム完成後、5年から7年のあいだに回収できる見込みです。

このプロジェクトの目的は、単に目先の作業を効率化することではなく、サプライチェーン全体の中での業務標準化を行うことにあります。物流の最上流である生産計画から始まって、在庫管理、下流の現場オペレーションに至るまで、最終的には一気通貫したシームレスな連携を実現させて、人手を介さない情報伝達のあり方に変えていきます。属人的な作業が多かった部分もすべて標準化することで、大幅な生産性向上が期待できるでしょう。

他社を巻き込んだ標準化や可視化で「ものの流れ」をもう一度シンプルに

――続く第2フェーズで目指されているものは何でしょうか。

松崎:第1フェーズにおけるグループ内での取り組みは、いわば改革への土台づくりです。事業部ごとにバラバラだったものを標準化し、先進的な管理システムを取り入れ、現在の世の中の流れにマッチするような仕組みを整えていきます。

そうなれば第2フェーズのキーワードである「シェアリング」が可能になり、ロジスティクス改革が加速します。シェアリングとは、倉庫や情報、人材などさまざまなものを他の企業と共有して、より効率的な物流の運用体制を推進していくことです。

他社を巻き込んだ標準化や可視化で「ものの流れ」をもう一度シンプルに

すでに同業他社と連携して実施している「共同配送」についても、今後は一歩進んだシェアリングを進めていかなければなりません。それはつまり、配送業務のインフラを合わせることです。インフラとは例えば「伝票」で、現在ビールはメーカー4社、飲食料品は8〜10社での共同配送を行っていますが、各社が独自のスタイルの伝票を使用しています。ドライバーの方は大量の伝票を抱えて、1枚ずつハンコをもらっていく。共同配送と言いながら、これでは単なる「詰め合わせ」に過ぎません。

であれば、業界全体のくくりで配送に必要なインフラを整えていく。サッポロビールだけでなく、アサヒビール、キリンビール、サントリーのビールにも共通するスタンダードを作って、例えば外装の表示のこの部分を見ればすぐに商品データを参照できるといった効率的な仕組みを導入して、最終的には紙の伝票を一切なくすことが理想です。協業先や取引先を巻き込んだ改革となるため実現には時間がかかりますが、業界全体で取り組むべき課題です。

また、これまでは同業他社との共同配送がメインでしたが、より効率的な輸送を行うために異業種の企業と組むことも視野に入れています。なぜなら同業では繁忙期と閑散期のタイミングが重なるので、物流量のピークが各社同時にやってくるからです。例えばビールは夏場に大きくものが動き、寒い時期は生産が減ります。冬場に需要が高まる商品として、サッポログループ内であればスープ、まったくの異業種であれば例えばストーブなどの暖房器具など、同じ飲食料品に限らず広い視点を持ってパートナーを探している状況です。

――他社と積極的にリソースをシェアすることで、物流に新たな可能性が見えてくるということですね。

松崎:私たちだけでできることにはどうしても限界があります。例えばリードタイム短縮の近道となる倉庫内の機械化や自動化は、そのための設備投資にかかる金額があまりにも大きく、自社だけではなかなか導入が難しい。これを競合、同業、異業種の方々とシェアすることができれば、実現はより現実的なものになります。現在すでに倉庫のシェア自体は行われており、サッポロの倉庫に他社製品を置くこともあれば、他社倉庫にサッポロ製品を預けることもあります。倉庫という「場所」のシェアだけでなく、投資を含めた「アセット」のシェアとして協業していくという考え方です。

サッポロホールディングス ロジスティクス部 部長松崎栄治氏

現在は第1フェーズの改革を進めながら、第2フェーズの実現に向けた取り組みを開始しています。かつて物流は私たちにとって今よりずっとシンプルなものでしたが、製品数が激増し、さまざまな課題が積み重なる中で複雑化してきました。標準化や可視化によってルールを統一することで、「ものの流れ」をもう一度シンプルにする。シンプルになれば適正在庫で回るようになり、自然と物流の無駄は減っていき、さらに他社との協業で新たな利益を生み出すことも可能になるでしょう。目下の目標は、10年先の未来。ロジスティクス改革を宣言してから10年後となる2026年までに、将来のグループ事業を支える持続可能な物流体系の運用を軌道に乗せていきます。