荷主と配送ドライバーの即時マッチングシステム「PickGo」の挑戦――「物流版Uber」でドライバーが尊敬される世の中に
2016年に始まった物流マッチングサービスが話題を呼んでいる。CBcloud株式会社が運営する「PickGo」(ピックゴー)は、荷主が運送会社を通すことなく配送ドライバーに直接仕事を依頼できるというプラットフォームだ。荷主にとってはスピーディな配送依頼を行えることが大きな魅力だが、その真の目的は「ドライバーの労働環境改善」にあるという。同社の松本隆一 代表取締役CEOは「本来配送はスキルと経験が求められる高度な仕事だが、実際には過小評価されている。ドライバーに対する世の中のイメージを一新したい」と話す。配送ドライバーの人手不足問題が深刻化する中、このサービスは物流業界の未来を変える切り札となるのか。
「PickGo」開発はドライバーの過酷な環境を改善したいという思いから
――どのような課題意識のもと、起業に至ったのかを教えてください。
松本:きっかけになったのは2012年、軽自動車の販売会社を経営していた義理の父親から、個人事業主のフリーランスドライバーの方々がおかれている過酷な環境について教えてもらったことです。
彼らは小型のバンや軽トラックを利用して荷物を配送する「軽貨物運送」という事業に従事しています。大型のトラックでは運べないような個人宅への荷物や少量の荷物など、いわゆる「ラストワンマイル」の配送です。車1台から起業できるため、個人が参入することが多く、事業主数15万7000のうち、ほとんどが個人事業主と言われています。
松本:軽貨物運送業のなかでも特に過酷なのが、「緊急配送」と呼ばれる配送形態です。これは定期的な配送とは異なり「スポット的」に発生する配送のことで、例えば建築の現場である部品が足りないことが判明して工事が進まなくなったとき、一刻も早くその部品を現場に届けなければならない、といった状況で発生します。
荷主から緊急配送の依頼を受けた運送会社は、とにかく早く荷物を運んでくれるドライバーを探します。ドライバーのもとには、取引のある運送会社から突然電話がかかってきて「今すぐA地点からB地点まで走ってくれ」などと言われます。下請けの個人事業主であるドライバーは、条件が悪くても基本的にこの依頼を断れません。一度荷主からの依頼を断ると、次からは声がかからなくなるケースが多いからです。ドライバー側にはほとんど意思決定権がないような状況でした。
この理不尽な構造を改善しようとして、義父が配車サービスの事業を始めました。運送会社から配送依頼の電話を受けて、その仕事を登録ドライバーの方に紹介するという仕組みです。そこでプログラミングの知識を持っていた私が、1年かけて配車の流れをデジタル化するシステムを作りました。しかし2013年、CBcloudを設立した矢先、義父が急逝してしまったのです。私が当時勤めていた国土交通省を退職した翌月のことでした。
松本:それから2年間は、私が義父の事業を丸ごと引き継いで実務作業をこなしました。ドライバーの方々と接する中でわかったのは、彼らは配送に関して高い技能を持っているにもかかわらず、年収や待遇の面であまりにも過小評価されているという現実です。
現在、日本には個人事業主が登録している軽貨物車両は約26万台ありますが、個人ドライバーの環境を根本的に変えなければ、どんどん減っていくだけになってしまいます。何とかしなければならないという思いが募り、2015年末にこれまでの事業をすべてリセットして、ベンチャー企業として「PickGo」のシステム構築に乗り出しました。
評価制度が荷主とドライバー双方の課題を解決
――PickGoとは具体的にどのようなサービスなのか教えてください。
松本:軽貨物に特化した、全国の荷主企業と配送ドライバーを直接マッチングさせるプラットフォームです。発注側の荷主と受注側のドライバーそれぞれに意思決定権があり、仕組みとしては個人タクシーの配車サービスアプリ「Uber」に似ています。現在、登録ドライバーは約1万人、毎月500人程度のペースで増えている状況です。
大きな特徴は「早い者勝ち」のマッチングではないということ。「早ければ誰でもいい」という環境ではドライバーのモチベーションが上がらず、新たにドライバーになろうとする人は現れません。
そこでポイントになるのは「評価制度」です。ドライバーは1つの仕事が完了した時点で毎回フィードバックを受けます。評価の軸は主に2つで、目的地への到着時刻から配送の遅延が発生していないかをシステムが自動的に数値化する「定量的」な評価と、荷受人がドライバーの対応などを見て判断する「定性的」な評価です。総合的に出された5段階の評価は、オープンな情報としてドライバーのプロフィール画面に表示されます。
――評価制度によって何が変わるのでしょうか。
松本:マッチングまでの流れとして、まず荷主がパソコンのフォーム上で配送依頼をかけます。すると、全国のドライバーのスマートフォンアプリに一斉にプッシュ通知が行くので、それを見て仕事を受けたいと思ったドライバーがエントリーします。過去のケースを見ると、1つの案件に対するエントリーは平均7.3人で、荷主はその中から依頼相手を選ぶのです。当然、評価の高いドライバーが選ばれやすくなります。努力した人に仕事が集まり、収入が上がるという仕組みです。
また、ドライバーの仕事は単純に「物を運ぶ」だけではありません。倉庫によって異なるルールを覚えることや、荷受人との円滑なコミュニケーション、商品の仕分けなど配送以外の作業が求められることもあります。意欲の高いドライバーとそうでないドライバーでは仕事の質が大きく異なりますが、今までその差を正しく評価するシステムがなかったのです。
――荷主企業にとって、このサービスを利用するメリットは何でしょうか。
松本:評価制度によって品質が担保された状況の中で、効率的に緊急配送の手配が行えることです。急に発生した案件に対応できるドライバーを探すのは、これまでは非常に困難なことでした。企業の配車担当が運送会社に1件ずつ電話をかけて確認していたので、無駄な時間とコストがかかっていたのです。PickGoのマッチング率は99.2%で、全体の9割が依頼から15分以内に決定されています。
また、依頼決定後はGPSで取得したドライバーの位置情報が荷主に送られるので、運送状況をリアルタイムで追跡できます。
宅配のラストワンマイルを効率化し不在配送を減らす「LAMS」
――PickGoはBtoBの軽貨物運送における課題を解決するサービスだとわかりました。BtoCの配送である「宅配」に関してはいかがでしょうか。
松本:当初は私たちの事業は企業間配送のみを対象にしていたのですが、サービスの拡大と共に「宅配もやってほしい」という荷主企業からの要望を受けるようになりました。
しかし実際にPickGoの登録ドライバーに話を聞いてみると、宅配は彼らにとって「最もやりたくない」分野だと言います。理由はとにかく売り上げが立ちにくいからです。荷物を1つ届けて得られる収入は手取りにしてわずか150円程度で、しかも不在だと0円です。配送件数を増やすためには、宅配ボックスのある家だけをまとめて早い時間に回ったり、「あの家族は何時頃なら家にいるだろう」と予測をつけながらルートを組んだりと、極めて属人的な判断力が求められます。これでは宅配に人が集まらないのも当然です。とはいえ、EC市場が年々伸びている中で宅配を無視することはできません。
松本:そこで、宅配の現場の環境を変えるソリューション「LAMS」を作りました。倉庫から集荷する際に荷物のラベルをスマートフォンでスキャンすると、過去の配達実績などのデータを元にして、配達先の順番など最適なルートが自動的に作成され、ドライバーはそれに沿って配達をしていきます。LAMSには、時間帯によって不在の可能性の高い家をスキップする機能などもあり、効率的な配送ができるようになります。この「LAMS」は現在クローズドにテストをし、ローンチに向けて準備を進めています。
配送の価値を可視化し、ドライバーが尊敬される世の中に
――ドライバーの人手不足という社会課題に対して、どのようなステップで解決されようとしているのでしょうか。
松本: まずはドライバーが自分のやりたい仕事を個々に選択していける仕組みを整えることが私たちの役目だと考えています。弊社のサービスを利用すれば、例えば午前中から夕方までは緊急配送の依頼があればエントリーして、夕方からは宅配で安定収入を得るなど、これまでは不可能であった柔軟な働き方も可能になります。選択肢が広がり、下請けのイメージが強かったドライバーの仕事がより魅力あるものとして認識されることで、ドライバーのなり手を増やしていければと思っています。
実際に、最近では「ドライバーになりたいが、車はどうしたらいいのか」といった問い合わせを受けるようにもなりました。そこで2018年7月に開始したのが、軽貨物車両のリース事業です。想定以上の反響があって納車がまったく追いつかず、今も100人程度の方にお待ちいただいている状況です。少しずつですが、こうして着実に新しいドライバーを生み出すことができています。
――物流業界の課題を解決するために、将来に向けて他に取り組まれていることはありますか。
松本:軽貨物運送だけでなく、大型トラックによる「一般貨物」の領域も改善を進めていきます。2018年に運用を始めたソリューション「イチマナ~AI動態管理~(以下「イチマナ」)」は、車両とドライバーの位置情報やステータスをリアルタイムで確認する「動態管理」がクラウド上で行えます。これは運送会社に向けて無料配布しているもので、現時点でおよそ1000台の車両に導入いただいています。
なぜ無料なのかというと、将来的にはイチマナで得たデータを活用して、遠距離の配送依頼を最適な運送会社のトラックにマッチングさせるシステムの構築を目指しているからです。近年、トラックの積載効率が40%まで低下していることが、日本の物流における深刻な課題として叫ばれています。これは「本来は走らなくてもいい」トラックが数多く走っていることが原因の1つです。
松本:例えば、東京から静岡への配送依頼を東京にある運送会社が受けたとき、そのトラックの行きの便は積載率100%でも、帰りの便は荷台が空っぽということがよく起こっています。マッチングを最適化して、帰りの便に静岡から東京への荷物を積めるようにすれば、全体の積載効率は大幅にアップします。これはトラックの排気ガスによる環境負荷の低減にもつながります。
私たちの理想は、ドライバーにとって最適な環境をつくることで、物流業界全体をより良くすることです。ドライバーの方々は、1分1秒を大切にしながら日々クオリティの高い業務をこなしています。決して「誰にでもできる仕事」ではありません。その価値が正当に評価され、ドライバーという職業が尊敬される世の中に変えていきたい。その思いが私の原動力です。