遊ぶ鉄工所「HILLTOP」の働き方改革と教育プログラム
デジタル化の本当の意義は単純作業からの解放――そう山本昌作副社長が語る通り、HILLTOPでは社員の働き方改革が実現している。社員は、人にしかできない、人が働く喜びを感じられるような知的作業を担当し、その表情はみな生き生きと明るい。工場の24時間無人稼働のほかに、同社はどのような方法で改革を成し遂げ、社員のモチベーションを維持しているのか。また、入社から半年で一人前に育て上げる教育カリキュラムとは。山本副社長に聞いた。
デジタル化で変わる働き方と社員のモチベーション
――社員のみなさんの楽しそうに生き生きと仕事をしている姿がとても印象的で、まさに「遊ぶ鉄工所」といった感じを受けます。
山本:弊社でお受けする仕事は、できる限り「儲かるか」よりも「社員のスキルが上がりそうか」で、選ばせてもらっています。会社の利益を向上させるのは経営者の当然の義務ですが、私が追うのは、利益よりも人の成長です。社員のスキルやモチベーションを上げることが、会社にとっての最大の存在理由だと考えているからです。
山本:人は好奇心を抱いたときに最も成長できるものです。つまり社員の成長のためには、仕事に楽しみが必要ということになります。そう考えると、退屈な単純作業は成長にとって邪魔でしかない。
弊社がかつて大量生産をこなす鉄工所だったころは、工場を自動化できれば、人が働く意味は随分変わるだろうと思っていました。それが実現すれば、人は単純作業から解放され、もっと別の世界が広がるだろうと。そうした考えが正しかったと、いま社員の表情を見て実感しています。
一般的な鉄工所だと、全体の仕事の8割が加工作業、2割がデスク作業ぐらいの割合でしょうか。しかし、弊社では割合がその逆です。日中はデスクで人がプログラムをつくり、人が帰った後、夜中に機械が全自動で加工をします。工場の自動化により、人は創造力が求められる知的作業に集中できるようになったのです。
人手不足になったいまでこそ「インダストリー4.0」や「スマートファクトリー」などのコンセプトや、デジタル化の重要性が注目されるようになってきました。それは、デジタル化のための設備費より人件費のほうが高くなってきたという外部環境の変化からでしょう。
また、私は何ごとも挑戦だと考えているので、社員には新しいことにどんどんチャレンジしてもらっています。そして失敗にも寛容です。失敗は挑戦の証ですし、挑戦なくして新しいものは生み出されないからです。
知識がなくてもすぐにプログラマーになれる理由
――山本副社長の著書『ディズニー、NASAが認めた 遊ぶ鉄工所』を拝読し、わずか入社半年で社員を一人前に育て上げる人材教育も大変興味深いと思いました。
山本:HILLTOPは「多品種単品生産」をメインとしているため、製品1つ1つに対してプログラムをつくらなくてはならず、かなりの数のプログラマーが必要になります。逆に、加工は機械任せなので、作業員はほとんど要りません。
一般的な鉄工所だと、一通りの加工技術を5年ぐらいかけて覚えた後、ようやくプログラマーになりますが、弊社の場合、加工技術を習得させないまま、入社後すぐプログラムを教えるようなカリキュラムを組んでいます。
具体的には、いわゆる職人技を①「歴史」と②「論理」と③「技術」に分解して考えます。①「歴史」というのは、時代の流れにより陳腐化したノウハウです。陶芸のろくろはご存知だと思いますが、昔は切削加工にろくろのような機械を使い、アルミなどの塊(かたまり)を回転させ、そこに刃物をあてて、手作業で削り出していました。かつてのこうした方法なら、職人の経験や勘などの暗黙知が必要になったでしょう。しかし近代工業では、コンピュータ制御の工作機械を用いたものづくりが主流です。コンピュータ制御による自動化でたいていの製品はつくれます。この方法だと、職人技のうち3分の1ぐらいは習得の必要がなくなると考えています。
次に②「論理」ですが、なぜそうするのか、どうしてその数値なのかなど、論理的に整理して覚えるべきことで、これは座学で教えています。
③「技術」は、ある刃物に対してどの回転数、送り速度が最適かなど、工作機械のプログラミングでも用いるノウハウです。これは近代工業においても重要な職人技なので、座学で教えています。専門用語の説明や図面の見方、CAD(コンピュータ支援設計)、CAM(コンピュータ支援製造)の操作方法、加工機の使用方法などですね。
ただし弊社では、刃物の最適な加工条件など、基本的なノウハウはすべてデータ化しているので、プログラマーはどの面にどの刃物を使うかを図面上で指定すればいいだけです。だから、ものづくりについて何も知らない入社半年の新入社員がプログラムを組めるようになるのです。
加えて、現場研修で手作業による加工を体験してもらいます。弊社の加工は全自動で行われるため、手作業することは基本的にはないのですが、アルミを削るとどんな音がするのかなど、削る感触をリアルに知ることで、機械の動きをイメージしながら効率的にプログラムを組めるようになると考えます。そのため、現場研修を行っています。
近代工業の中心的担い手はITに強い若い世代
――無人稼働、プログラマーによるものづくりとなると、HILLTOPに職人は不在なのでしょうか。
山本:いえ、弊社には技能検定(国家資格)の特級を3つもっているような“超職人”がいます。全自動で加工をしていても、さまざまなトラブルが起こります。私たちに解決策がまったく思いつかないようなことでも、超職人なら当たりを付けられる。経験値が高いからですね。社長で兄の正範も黄綬褒章を受賞した職人で、そのような本物の職人は、ものづくりになくてはならない存在であり、非常に尊敬しています。
しかし、にわか職人はダメです。少しキツい言い方ですが、多少の技術しかもっていないのに、職人と呼ばれて思い上がっているような人のことです。また、そういう人に限って、ノウハウを隠そうとする。私は人間の成長にとって大切なのは経験だと考えています。それなのに技を隠して仕事を独占していては、毎日同じ仕事をこなすのみで、新しい経験をする暇がありません。
本来であれば、ノウハウを人に伝えて自分はその仕事を手放し、新しい技の獲得に向かって挑戦していくべきです。なぜなら、いつまでその仕事があるかわかりませんし、もしかしたら5年後には機械化されているかもしれないからです。経験を積まず、同じ仕事にしがみついていたのでは、そうした変化に取り残されます。大切に隠しもっていた技術でさえ、時代遅れとなり、いつか必要とされなくなる日が来るでしょう。
社員にも同じように言い聞かせています。この会社が5年後あるかどうかなんてわかりません。だから、どの場所でも一番でいられるように社員を育てたい。そしてそのために重要なのも、やはり経験だと思います。そのため弊社では、多くの業務を経験できるよう、定期的に人を異動させています。新しい環境に身を置くことで活性化し、能力が磨かれ、社員の“引き出し”が増えるとの考えからです。
――社員の平均年齢はどれくらいですか。
山本:弊社を中心で動かしているのは、20代後半から30代の社員です。年寄りがいつまでもグズグズ言っているような会社ではダメだと思っています(笑)。業界を動かす中心的役割は、それぐらいの年齢層が担うべきです。もっと若い世代に現場を任せ、先輩は裏方に回ってサポートに徹するべきです。
というのも、近代工業ではITに対する理解がとても重要ですが、知識やオペレーションの面で、小さいころからITに触れてきているため、若い世代は飲み込みが早い。残念ながら、年配者だと理解も追いつかないし、こればかりは敵いません。私も、若手が上手にパソコンを使いこなすのを見て「よくあちこち開いて、次々に何か見つけてくるな」と力の差を感じています。
「Foo's Lab」で夢から広がるものづくりの輪
――ところで貴社の本社内には、デザイナーや設計技術者を常駐させたラボ「Foo's Lab」が設けられています。Foo's Labは何をするための施設ですか。
山本:新しいアイデアや製品を生み出すための試作開発ラボです。簡単な切削加工機や、基盤をつくるための機械、3Dプリンター、レーザーカッターなどさまざまな工作ツールを取りそろえています。ラボは社員だけでなく、誰でも気楽に使ってもらえるオープンなスペースで現在、年間1000人ほどの起業家たちが訪れています。
夢を形にするためのラボが欲しいと思ったのが、Foo's Labをつくったきっかけです。私の夢はロボットをつくることなのですが、ラボにはそのように夢をもつ人が集まり、技術やアイデアを交換しています。仕事では出会うことのなかった人と知り合えて、いい相乗効果が生まれていると感じています。
――今後、山本副社長はHILLTOPのものづくりで何を目指そうとお考えですか?
山本:少し突飛な話に聞こえるかもしれませんが、知性をもつ人型のロボット、アンドロイドをつくりたいです。やはり、幼いころに観た『鉄腕アトム』の世界に対する憧れからでしょうか。でも、まだまだ技術も足りていないので、本業と両輪で進めていくつもりです。
ロボットの話もそうですが、「利益にならない」、「すぐに成果が上がらない」とわかっていても、売上の一部は「純粋に楽しそう」、「挑戦したい」と思うことに充てるようにしています。それが人のモチベーションを高めるからで、社員教育の観点から見ても重要です。おもしろいこと、新しいことをやるために、本業の方で利益を上げる。これが弊社の基本的な考え方です。これからもその姿勢で前進していきたいと思います。
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