【慶應義塾大学・田中浩也教授インタビュー】技術が成熟し、真価を発揮!3Dプリンタの現在に迫る
3Dプリンタが再び注目を集め、活用領域を広げている――2013年ごろから日本でも盛り上がりをみせたメイカームーブメントが過ぎ去った後も3Dプリンタは技術開発が進んだ。その成果として、実製品の本格的な流通がついに始まった。長年3Dプリンタの研究に携わってきた慶應義塾大学環境情報学部の田中浩也教授は、3Dプリンタのどういった点に価値を見出し、社会実装に向けた研究プロジェクトに取り組んでいるのか。デジタルファブリケーションの最前線に迫る。
田中浩也(たなかひろや)
慶應義塾大学環境情報学部教授
1975年北海道札幌市生まれ。京都大学総合人間学部人間環境学研究科修了後、東京大学大学院工学系研究科社会基盤工学専攻にて博士を取得。その後、慶應義塾大学環境情報学部で教鞭をとり、2016年より教授。専門は3Dモデリング、創造性支援システム、デジタルファブリケーション。著書に『SFを実現する』『FabLife』など。
目覚ましい技術進歩で再び注目される「3Dプリンタ」
――ドイツの自動車メーカー「BMW」は2018年に発売を開始した「BMW i8 ロードスター」に3Dプリントの部品を採用しました。スポーツ用品メーカー「アディダス」も同年、靴底を3Dプリンタで製造した「ALPHAEDGE 4D」の販売を開始するなど、3Dプリンティング技術の実製品が相次いで世に送り出されています。いま再び3Dプリンタによるものづくりが活発になっているのには、何か理由があるのでしょうか。
田中:おっしゃるとおり、ここ数年での大きな変化は、3Dプリンタで試作ではなく実製品がつくられ、販売されていることだと思います。
3Dプリンタは、90年代から試作の用途では使われてきました。2013年ごろにはメイカームーブメントが世界的に巻き起こり、3Dプリンタも「あらゆるものがスイッチ1つでつくれる!」などと過剰に喧伝されました。しかし、まだその当時は実際には製品がつくれる技術レベルではなかったのです。
その後、当時多くの人が“がっかりした”という造形物のクオリティ、素材が限定される問題などを克服すべく、着々と技術開発が進められました。その成果が現れ始め、実用に耐え得るクオリティのものを出力できるようになったのが、2017から2018年ごろではないか、と思っています。
精度や速度など、装置の性能はここ数年で格段に上がりました。使用できる素材についても、金属粉末で数種類、樹脂では数十種類、光硬化式など全種類を含めれば100種類以上あると思います。メイカームーブメントが巻き起こった当時は、小型の3Dプリンタでは、素材はABS樹脂(アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン)とPLA樹脂(ポリ乳酸)にほぼ限定されていたのですが、いまでは多様なフィラメントを使うことができ、カーボンファイバーのものなどもあります。3D Hubsの「Material Index」 をみるとその素材の多様さが理解できるでしょう。
――3Dプリンタによるものづくりには、どのような点で優れているのですか。
田中:まず「製造側のメリット」についていえば、従来方式のように金型などの中間工程を必要とせず、デジタルデータを作ってプリントすれば、最終製品に近い状態ができあがります。そのため、製造にかかるコストや手間が短縮されます。
また、同じ生産物を同時にたくさん作る「大量生産」とは異なり、1個からでも出力できるので、カスタマイズが自在になります。受注生産とすれば、無駄な生産がなくなり、在庫という概念がなくなります。さらに、複雑な形状のモノでも難なく造形できます。金型では絶対に不可能だった複雑な内部構造の設計が可能で、それによる部品の軽量化や、新しいクッション性能の設計などは3Dプリンティングの真骨頂でしょう。
ただ、私はもう1つ、「製造側のメリット」だけでなく、「製品企画」や「流通」におけるメリットについても言及してきました。3Dプリントは、製造中にゴミや騒音を出さず、いくつかの方式はそこまで危険でもないため、病院やカフェ、図書館や教室など、あらゆる場所でプリントできます。その結果、「実際にモノを使うのと同じ場所で」製品のアイディアを考えることができる。そして、「実際に使う場所で」3Dプリント品を印刷して受け取ることもできるようになってきます。このことで、これまで分かれてきた「つくる場所」と「使う場所」が重なり合っていき、さらにはサプライチェーン全体が再編されていくところに、イノベーションの鍵があると考えています。
「歯」や「医療用装具」、「靴」などオーダーメイド品で普及が進む
――具体的に、3Dプリンティング技術はどういったモノの生産に向いていますか。
田中:こちらの図に示したように、3Dプリントの価値は1つではなく、特徴は多面的です。この図で示した特徴のうちのいくつかが、各産業分野でこれまで課題要素と捉えられてきたボトルネックに対する解決策になり得ることが理解されれば、そこが起点となって社会実装が進んでいきます。
例えば金属部品の場合、形状的にも構造的にも軽量化できるメリットは、エネルギー効率を重視する航空機、自動車、船舶分野などで重要ですし、金属パーツ1点交換サービスは、3Dプリントの1点生産がよくマッチします。住宅や橋の3Dプリント建設は、型枠が不要になりますし、建設現場で3Dプリントできれば、製品を長距離運ばなくてもよくなる。この輸送費削減のメリットは、モノのサイズが大きくなればなるほど増します。
コンシューマープロダクトでは、1個からでも、その人の身体に合わせたカスタマイズが求められるものが向いています。最も分かりやすいのは、人工歯だと思います。人工歯の場合、まずは口の中を3Dスキャンでデジタルデータ化し、そこにぴったりとフィットするものをつくる必要があり、すでにビジネス化が進んでいます。
私の研究室ではいま、文部科学省のCOI (Center Of Innovation)「ファブ地球社会創造拠点」という研究プロジェクトの中で、「人工歯」のようなこれまでも世の中にあったプロダクト以外に、誰かの身体に合わせてぴったりフィットさせる必要のあるものについての研究を行っています。それを「スーパーフィット品」と名付けているのですが、これからの高齢化社会では、これまでなかった新しいフィット製品のニーズが爆発的に増えてくると予想しているのです。その1つが「装具」です。装具とは、身体の機能が低下し、あるいは失われた場合に、その機能を補ったり患部を保護したりするために体に装着する器具のことです。
装具は、個々の身体にぴったりフィットさせる必要があります。そのため、オーダーメイドが基本で、複雑な形状のモノを1つ1つ生み出せる3Dプリンタは、その生産に非常に適しています。
さらに、3Dプリンタが有効なのは、実際にモノを使ってみてもらいながら、気になるところを指摘してもらい、それを即座にデジタルデータを修正して3Dプリントし直す高速な改善プロセスを回せる点です。改善を繰り返していくことで、だんだんとフィット感が高まり、「モノ」と「心」の両面で満足感やエンゲージメントが高まっていくことが分かってきたのです。
例えば、昨年、肩を切断された特定非営利活動法人 Mission ARM Japan(ミッション アーム ジャパン)の倉澤奈津子さんと一緒に肩パットを制作しました。最初に作ったプロトタイプは、素材が固いからダメ。次に、柔らかいものを作ったけれど、重さが気になると言われました。軽くしたら、今度は強度に問題が出て、それを解消したら、素材の問題で蒸れる。さらに、リュックサックをかけられる構造にしたいという希望も……。そのように、モノを作って使ってみることで、初めて顕在化するユーザーの欲求に耳を傾けながら、改良を重ねて装具を進化させていきます。
どこかで「完成」があるわけではなく、ある意味、どこまででも続けられるプロセスです。手軽にデータを修正し、再制作できる3Dプリンティング技術だからこそ実現するわけで、過去には絶対に不可能だったやり方でしょう。こういったユーザーとデザイナーとの絶えざるコラボレーションでモノを洗練させていく際の、共創原理を明らかにしようとしています。
――人工歯や装具以外にも、実用化が間近な製品やサービスはありますか。
田中:実は3Dプリント品の実用化が最も進んでいるジャンルは「靴」なんです。各スニーカーブランドが3Dプリンタシューズを製品化していて、スポーツメーカー「アディダス」や「ニューバランス」のシューズは既に市販されていますし、「ナイキ」のシューズは、オリンピック選手の専用品として作られています。「リーボック」のコンセプト靴もなかなか衝撃的です。私も靴メーカーと少しずつお話をしています。
靴は、スニーカーや革靴、パンプス、ブーツなどとにかく種類が多いのに加え、いくつものサイズを用意しなくてはなりません。さらに、デザインや機能に対して、消費者のニーズの多様化も進んでいるため、シューズメーカーは在庫の管理にかなりの困難を抱えています。
そうした状況から、靴の未来のひとつとしてオーダーメイド生産になるという予測があります。その証拠に、スニーカーの素材やカラーをカスタマイズできる「NIKEiD」をナイキは何年も前から行っていますし、実店舗でオリジナルの靴をアドバイスも受けながら顧客自身がデザインするサービスも人気ですよね。
こうした技術が洗練されていけば、例えば自動販売機のように、店頭や街中のあちこちに靴を作る3Dプリンタが設置され、装置に好みのデザインやサイズ、足形などを入力すれば、そのとおりの靴が、目の前で3Dプリントされて出てくるような未来がイメージできます。また、使い終えた3Dプリント靴は、リサイクル用に回収されてまた素材に戻る。そんなサービスが今後10年ぐらいで実現するような気がしています。
30年後にはあらゆるモノを3Dプリンタで生産!?
――製作を急ぐモノ、形が複雑なモノ、オーダーメイドの需要があるモノなどが、将来的に3Dプリンタで生産されるようになるというわけですね。
田中:現時点では、そうした要求に見合うジャンルから3Dプリンタの活用領域が広がっていくと思っています。ただし、段階を経て、およそ30年後には、ほぼすべての日用品が3Dプリンタで作られるようになると私は見込んでいます。
――どういう過程を経て、ほぼすべてのモノが3Dプリント品に置き換わっていくのでしょうか。
田中: 3Dプリンティングの永遠の課題は「品質」と「コスト」ですが、その壁が超えられるようになれば、あとは「デジタル」の論理の方が、すべてに上回るのではないでしょうか。これは、音楽の流通で、レコードからCDを経てmp3になったり、映像コンテンツの流通で、VHSビデオがDVDを経てネット映像配信になったり、雑誌がウェブメディアになったり、書籍が電子書籍にデジタル化していくことと同じで、大きな「デジタル化」の歴史の一部であり、不可逆な変化だと思います。
また、「ものづくりのデジタル化」を後押しするもう1つの視点として、私はいま、「地球環境に対してエコだ」という、これまであまり語られてこなかった側面をきちんと証明する新プロジェクトを始めようとしています。
簡単にいうと、製品の企画から設計・製造・流通・販売・修理や改善までの全プロセスが、3Dデジタルデータに置き換わっていった場合、従来のアナログなものづくりと輸送に比べて、CO2(温室効果ガス)の排出量がどれくらい削減できるのかを計算するというプロジェクトです。サプライチェーンをシンプルにし、特に飛行機や船、トラックでの製品輸送中のCO2排出量を削っていけると考えています。
この構想は、『環境省(令和元年度) 脱炭素社会を支えるプラスチック等資源循環システム構築実証事業』に『バイオポリエチレン家具3Dプリント製造実証事業』と題して採択されて、まずは家具分野から試行させていただけることになりました。
ここまでやれれば、あとは社会の受容の問題がありますが、これはもう、やり続けるしかありません。例えばインターネットもそうでしたが、1つの技術が生まれてから世の中に完全に普及するまでに、およそ30年かかっています。
その間に、生産側も、消費側も、流通側も含めて、仕組みが変わり、制度が変わり、人の意識も変わっていく。いつのまにか「当たり前」になっていきます。すべての条件が揃うのがいつになるかは分かりませんが、現代の変化の速度を考えれば、30年以内には確実に起こるとはいえると思います。
サプライチェーンにも大きな変化をもたらす3Dプリンティング技術
――3Dプリンタの普及に関して、なにか課題はありますか。
田中: 3Dプリントの話をすると、どうしても「できあがったモノ」ばかりに目が向いてしまって、今日お話ししているような「見えない構造的変化」までの想像力が社会に広がっていないことでしょうかね。
インターネットは、もともと眼には見えないレイヤー、つまりインフラや通信の世界の話だったので、その技術がどれだけ私たちの生活や世界にインパクトを与えるものなのか、最初はなかなかイメージしづらかった。だからこそ、いろんな関係者が一生懸命可視化したり言語化したりして、その可能性を描いてきました。いまでいうと、AIやIoT、フィンテックといった領域が同じような対象になっていると思います。逆に3Dプリンティングは、「モノ」という、誰もが手に取れ、直感的に理解できる物理的なアウトプットがあるがゆえに、逆に意識がそこに留まってしまいがちで、本当の大きな構造的変化をイメージすることが阻害されているように感じます。ここを突破して、「ものづくりにおけるデジタル化」の最大値を描き出すことが、「ファブ地球社会」という壮大な名前を付けた、我々の文部科学省COI研究プロジェクトが果たすべき使命なのでしょう。
3Dプリンティング技術は、ものづくりに変化をもたらすばかりでなく、モノを運ぶ、物流や流通など、サプライチェーン全体に大きな変革をもたらすと考えられます。実は、それも併せて3Dプリンタの真価なのですが、サプライチェーンの話題については、次回お話ししましょう。